再会
(速い!)
ルネはアルクの懐の中で驚愕していた。
空を飛ぶ一般的な方法として飛行魔法エアウィングがあるが、それは高度な魔法であり熟練したものにしか扱えない。姿勢の制御や加減速といった自身のことに比べ、周囲の風向きや抵抗など、様々な要素が複雑に絡み合っているからだ。
さらにその速度や機動力も使える魔力の総量が決まっているために配分の関係でどちらかを重視するしかなく両立することなど不可能だ。
(それをこの者は、速度も機動力も高い次元で両立させている。)
彼の飛行速度に追いつける者は果たしてどれだけいるのか。
(しかし何よりも信じがたいのは・・・。)
「近づいてきたわ!」
思考に没頭していた意識が現実に引き戻される。
(そうだ。今はリーシャだ。)
「レイス!詳しい位置は分かるか?」
「任せて。」
レイスは樹木妖精であり、森の木々と会話する事が出来る。
「・・・・・ここから南南東に約3キロ!」
「聞こえましたかアルク君!?」
「はい!!」
アルクは言われた地点を目指し、ひたすら空を駆ける。
(もうすぐだ。リーシャ、無事でいてくれ!)
「はあ、はあ、はあ・・。」
「よくあれを避けたな。感心したぜ。」
リーシャは咄嗟に砂を巻き上げてその砂の動きから最も刃の薄かった空間を見極め、その身を投げ込むことによって体中に傷を負いながらも致命傷を避けていた。
「でもまあ、・・・・ここまでだろ?」
その後も戦闘は続いたが、体から力が抜け体中に傷を負ったリーシャの動きは精彩を欠き、徐々にバランスは相手へと崩れていった。
そして今、大きな岩を背にリーシャは追い詰められていた。
『迷い戸惑う者に力を』を地面に突き刺し、それによりかかって体を支えている。鎧には所々血が滲み、満身創痍であることがひと目に分かる。
(おかしい・・・。)
あれからリーシャは幾度となく男の体を斬りつけたが、その度に傷は瞬時に塞がり男は何事も無かったかのように責め立ててきた。
(それに、なんで・・・・、体に力が入らない・・。)
何故か分からないが、戦闘中男から拳を打ち込まれる度にリーシャの体からは力が抜けていった。疲労や出血による体調不良とはまた違うようだ。
なにせまだ戦闘が開始してから20分程しか経っていない。
熟練のリーシャが、これしきの戦闘で音を上げるはずがなかった。
(なにか・・・・恐らくあの黒いグローブの効果・・・。でも、正体が分からない。)
「全く、とんだ化物だった。お前本当に人間かよ?俺じゃなきゃヤバかったぜ。」
「・・・さて、それじゃあ教えてもらうぜ?アルクはどこだ?」
「・・・・・嫌よ。」
リーシャはキッと男を睨みつける。
ドゴッ
「ぐ・・・・。」
男の拳が腹に突き刺さる。
「手間をかけさせんな。」
「・・・・最初に言ったでしょ。教える気はない。」
「それならこっちにも手があるぜ。」
そう言って、男はその手に紫色の光を纏わせて見せてくる。
「何をする気?」
「自白魔法さ。こいつでお前の頭を直接覗かせてもらう。ただ、こいつには一つ欠点がある。」
「欠点?」
「ああ、こいつは相手の精神を強制的に従わせてその記憶を覗く魔法だ。その副作用でこいつを使われた奴は精神をやられて気が狂っちまう。正直使いたくないが。」
「・・・・・。」
「教える気になったか?」
「私は、英雄よ。自分の命欲しさに仲間を売るものですか。」
「仕方ない。・・・・・恨むぜ。」
そう言った男の声は、悲痛だった。
(・・・ここまでかな・・・・。)
いつかこうなる時が来るのは覚悟していた。分かっていたことだ。
だからこれまで自分の信念に従って、精一杯生きてきた。
(・・・でも、やっぱりまだ死ぬのはゴメンかな・・・。)
後悔が無いなどとは決して言わない。まだ成し遂げてない。やり残した事ばかりだ。
まだ家の近所にできたばかりのカネヤのローベリーケーキを食べていない。家には昨日となりのおばあちゃんに貰ってきた煮物が置いてある。あの居眠り魔法使いに騙された借りも返していない。
(それに、英雄になるという私の夢。)
子供の頃から心に描いていたある一人の英雄がいた。彼みたいになりたいと、ひたすらに励んできた。彼に近づくために周りの反対を押し切って家を飛び出て、師匠と呼べる人を見つけて弟子入りして、漸くディガウトを習得して、冒険者として沢山の依頼をこなして、沢山の人から感謝をされてきたけど、それでもまだまだ目指す人物の足元にも及ばない。
(・・・・でも、なんでかな。)
最後に心に浮かんできたのは、一年前、ある依頼を受けて行った村で出会った男の子の姿だった。
(・・・・もう一度、彼に会いたかったなぁ)
唯一、自分の事を英雄と呼んでくれた少年がいた。
年下のくせに生意気で、でも、とても真っ直ぐな男の子。
数百年に1人の非魔法使い(ノーリス)であったにも関わらず、彼は腐らないで必死で夢に向かってもがいていた。そうじゃなきゃ、8年でディガウトなんて習得できない。
出会った時、彼は壁にぶち当たって悩んでいたけど、私が背中を押してあげたから大丈夫。
あれからすぐにまた夢を目指して、自分の力で歩き出しただろう。
そんな、夢を諦めない愚直な彼なら、いつか本当の英雄になれると私は信じてる。
「覚悟はできてるか?」
男はそう声をかけた。
その言葉に、ハッとした。
覚悟?覚悟ってなんだ?夢を諦めて黙って死を受け入れることか?
自問して、直ぐに答えは出た。
そんな事、馬鹿げてる!
体中から力が抜けて、無力感に苛まれて、私はどれだけ弱っていたのか。
何が「覚悟はしていた」だ。そんな覚悟なんていらないじゃないか。
リーシャの瞳に再び火が灯る。
そうだ。私は、何を諦めていたんだろう。
彼に歩けと背中を叩いた私が、諦めてどうするんだ。
私が夢を諦めたら、彼に会った時に顔向けできないじゃないか。
私だって、英雄になるんだ。なりたいんだ!
こんなところで、夢を放り出してたまるか!
リーシャの心は再び燃え上がり、ボロボロだった体に力がみなぎってくる。
私の可能性はこんなもんじゃない!
『迷い戸惑う者に力を』を握る手に、力がこもる。
私は諦めない!!
その両足に、熱がたぎる。
私は生きて、英雄になる!!!
その顔に、決意が浮かぶ。
リーシャは無言のままに俯いた。
「そうか・・・。それなら、」
リーシャの態度を肯定と受け取った男は、その手を近づけてくる。
「さよならだ。」
男がその手のひらをかざした瞬間、
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!」
リーシャは全身の力を振り絞って『迷い戸惑う者に力を』を男の顔目がけて切り上げた。
「なっ!!!」
反撃など想定していなかった男は、咄嗟にそのかざしていた手で顔をかばう。
ギャリリンと剣がグローブを弾く音がして、男はその手を高く跳ね上げられた。
「はあ、はあ、はあ・・・!!」
『迷い戸惑う者に力を』を振り上げたまま、リーシャは固まっていた。
彼女の体は既に限界を通り越していた。
しかし、
(まだだ!まだ終わっていない!)
リーシャの心は未だ折れていなかった。
反撃されたと気づいた男の顔が怒りに赤く染まっていく。
「この野郎!!」
男は拳を振りかぶり、一息に振り下ろす。
(動け!動け!動け!)
必死でそう念じるリーシャに、男の拳が襲い来る。
(動け!!!)
「ボルトバレット!!!」
その時、どこかから光速で放たれた雷弾が男の拳を弾き飛ばした。
「え・・・?」「あ??」
「ガイアルウィップ!」
それとほぼ同時に地面から伸びた太い綱のような木の根が男を縛り体を宙へと持ち上げる。
「爆炎拳!!!!!!」
「んなっ!?」
その瞬間に、空の彼方から飛んできた紅い流れ星がその腹のど真ん中を打ち抜いた。
衝撃を受けた男は後ろの大木を何本もなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
「・・・・え?」
状況が掴めないままに空を見上げると、その流れ星はゆっくりと目の前に着地した。
「ごめんリーシャ、遅くなった。」
そう言って振り返ったその男の子は、少しだけ得意げな顔をしていた。
次の投稿は明日です。感想お待ちしています。




