心の中の英雄
僕らの存在を嗅ぎつけて、やってきたのだろう。
目を凝らすと、辺りの木の陰や茂みからわずかに蠢いている影が見える。
ウルフマンだ。
魔物には様々な種類がいて、それぞれに特徴を持つ。
ウルフマンとはその手足の鋭い爪と牙が特徴の魔物だ。ウルフマンは人型をしていて体中に毛皮を纏っており、狼のように集団で狩りをする。
魔物とは魔力が寄り集まって生まれたものであり、つまりは純粋な力の塊だ。
魔物は本能として、その力を放出したいという欲求を持っている。故に魔物は暴れまわり、周囲に被害を及ぼす。そして魔物は下位存在であり、他の生物に比べて体内に魔力を多く有する人間に惹かれて優先的に狙う性質を持つ。ウルフマンは単体ではそれほどの驚異ではないのだが、その繁殖力と群れで行動し人を狙う性質によって危険度は高い。
「囲まれたね。数は10、20・・・いや、もっと多い。50は居る。」
「そんな!」
絶望的だ。
ウルフマンの群れは普通10体ほどであり、冒険者は囲まれないように事前に策を練って1匹ずつ個別に討伐していくのが一般的だ。
通常の5倍の数に囲まれて、更には僕という足手まといまで抱えている。
リーシャの実力は知らないが、流石にこれは厳しいだろう。
瞬時にそこまで考えてしまい、僕は恐怖で足が竦んでしまう。
こんなことなら、村で大人しく農民になっていれば良かった。それで十分だったじゃないか。
英雄を名乗る彼女についていけば、何かが変わるなんて考えていた僕は甘すぎた。
僕は馬鹿だ。僕みたいな役立たずが英雄になれるはずがないなんて分かりきっていたはずじゃないか。なんで言われるままに付いて来たんだ。
僕が自分の選択に後悔をしていた時、リーシャが場にそぐわない明るい声で話しかけてきた。
「さて、アル君に質問です。君の思う英雄ってどんな人だと思う?」
「何?こんな時に。」
「良いから、答えて。」
「それは・・・、強くて、偉くて、皆を守れる凄い人の事だよ。」
「うん。皆は普通そういうよね。・・・でもね。私の思う英雄って、それとはちょっと違うんだ。」
辺りに油断なく視線を巡らせながら、リーシャは続ける。
「君の大好きな物語の中の主人公達は、最初から偉くて強い人だったのかな?」
「それは・・・そうじゃないけど。」
「だよね?彼らも最初はきっと怖がったり、怯えたり、迷ったりしたんじゃないかな?それでも絶対に守りたい、そんな大切な人が居たから、辛くても苦しくても、勇気出して頑張って、強くなったんだ。
そしてそんな彼らに憧れて、同じように大切な人を守りたいって思った人達の心の道標になったから、いつしか人は彼らのことを英雄って呼んだんだよ。強い力を持っているから、その人は英雄と認められたんじゃない。・・・何が言いたいか、もう分かるよね?
人は力持つ者を英雄と呼ぶんじゃない。誰かを守りたい心を持ち、同じ心を持つ人々の心の道標たり得る人を、英雄と呼ぶんだ。私の思う英雄は、そんな人だよ。」
そう語ったリーシャは、誇らしげだった。
「私はね、アル君」
言葉を切り、リーシャは僕へと顔を向ける。
「人はね、心に思い浮かべた英雄に近づきたいから、無い知恵絞って勇気出して、前に進んでいくんだと思う。
私は、そんな皆の心の中の英雄になりたい。頑張る皆の心の中で、励ましたり、元気づけたりしてあげたい。私は、そんな存在になりたい。」
そう言って、彼女は僕に穏やかに笑いかけた。
「・・・・心の中の・・・・英雄・・。」
リーシャの言葉を繰り返す。
こんな時なのに、僕は全てを忘れて彼女に見とれていた。
「だから、ここは私にまっかせなさい。」
にひひっと笑って顔を背けたリーシャは、なんとなく嬉しそうに見えた。
「無茶だよ。」
口をついて言葉が出る。
「大丈夫。」
彼女の声は、こんな時でも変わらずに楽しげだった。
「まだまだ物語の主人公には遠く及ばないけど、安心して。アル君は絶対に守ってみせる。約束したじゃない?こんなに華奢で可憐な私だけど、けっこう強いんだから。」
そう言ってリーシャは一歩前に進み出て、呪文を唱える。
「ディガウト!!」
彼女の全身から虹色の光が溢れてその両手に収束していく。
光の奔流が収まったとき、その手にはオレンジ色のサーベルが握られていた。
「『迷い戸惑う者に力を』」
僕はリーシャの姿に目を丸くして驚いた。
「リーシャも、ディガウトを・・・?」
「えへへ、驚いた?」
リーシャはイタズラが成功してご満悦だ。
「なんで?」
僕は思わず問いかける。
「なんでって・・・・・・、それは愚問という奴だよ。」
リーシャは振り向き僕の顔を見て言った。
「英雄が使う魔法は、英雄の魔法しかないでしょ!」
大真面目なその言葉に僕は納得した。
(この人も、英雄に憧れた人なんだ。)
「ぷっ。」
なんだか嬉しくて、それが可笑しくて、僕は吹き出してしまった。
「ふふっ。さーて、準備はいいかしら?」
笑い返すと彼女は再び前を向き、『迷い戸惑う者に力を』を構えて叫ぶ。
「英雄リーシャちゃんの大活躍、心に刻みつけてあげる!」
そう言うと、彼女はフッとその場から姿を消した。
次の瞬間には正面に隠れていたウルフマンが3頭、一瞬で頭を切り飛ばされていた。
リーシャは圧倒的だった。
目に止まらない速さで闇の中を縦横無尽に駆け回り、瞬く間にウルフマンを切り裂いていく。ウルフマンの爪が彼女を捉えたかと思った時にはその身を既に切り裂いて遥か彼方にいる。
サファイアクレストの広場の外で月光を浴びて煌くリーシャのサーベルの光が、まるでイルミネーションのように輝いていた。
・・・凄い。これが、リーシャの可能性・・・。
リーシャの姿を見て、僕は幼い頃の情熱が再び燃え上がってくるのを感じていた。
彼女のさっきの言葉を思い出す。僕にも、あんなに凄い可能性が眠ってるのかな。
心臓がドックンドックンと、息苦しいほどに熱く脈を打っている。
思い出した。
子供の頃の僕は、僕が何者かなんて気にしていなかった。ただただ英雄になりたいって、それだけだった。
御伽噺のお告げ・・・か。なんだよ自分自身で気づいていたんじゃないか。
そうさ、君の言うとおりだよ。僕は自分で気づいてた。人に願ったんじゃない。僕は自分でなりたいと思ったんだ。
身を焦がすほどの熱が、体の内側から湧き上がり、胸の中で得体の知れない熱い何かが暴れまわっている。
その正体を僕は知っている
そうだ。僕は―――
掌をぐっと、力の限り握り締める。
「僕もなりたい。」
自然と、口から言葉が溢れ出ていた。
「リーシャみたいに、英雄に!英雄に、なりたいんだ!!」
諦めかけていた幼い頃の夢を、大人になるにつれ歪み霞んで見失いかけた情熱を、僕は再び掴み直した。
辺りのウルフマンを一掃したリーシャが帰ってきた。いつものように、楽しそうな笑顔で。その体には怪我一つ負っていない。
「ふう、無事クエスト達成。よく働いた私偉い!アル君も、怪我はない?」
「うん。」
僕は小さく笑いつつ答えた。
「そっ。良かった。」
彼女も釣られて小さく笑う。
「・・・リーシャ」
「んー?」
ディガウトを解きながら、彼女は顔だけを向けてきた。
「さっきの、英雄の話なんだけど。」
「うん。」
「僕、・・・・・やっぱり英雄になりたい。」
そう聞くと彼女はゆっくりと顔を綻ばせていく。
「・・・うん。アル君なら、そう言うと思ってた。」
そう言った彼女は、本当に嬉しそうな顔をしていた。
「でも」
「うん?」
小首を傾げて彼女は体ごと振り向くと続きを促す。
「さっきリーシャは言ったよね。英雄とは皆を守りたい心を持つ人だって。」
「うん言った。」
「でも、僕は違うんだ。僕はそんな立派な志なんて持ってない。英雄に憧れたのは、ただ彼らがかっこよかったから。やっぱりこんな僕には英雄になる資格なんて―――」
「いいじゃんそれで。」
あっけらかんと彼女は言った。
「・・・は?」
僕は思わず聞き返す。
「え?」
対する彼女は不思議そうだ。
「え?じゃないよ!だってリーシャがそう言ったのに!」
もしや忘れたわけでもあるまい。僕は口から唾を飛ばす勢いで問いかけた。
「私はそう思うって言っただけ。人の数だけ英雄はいるんだよ。私には私の、アル君にはアル君の英雄がいるって事でしょ。難しいことはなってから考えればいいの。」
そう答えた彼女はいつもどおりだった。
「なんだそれ・・・・。」
肩透かしを食らってぼーっとしている僕に、リーシャは「いい?アル君?」と念を押して話し始めた。
「大切な事は、自分が何者であるかじゃない。何者で在りたいか、だよ。君を縛るのは、自分の存在や肩書き、資格なんてモノじゃない。いつだって自分自身なんだよ。君が何者かは、君が決めるんだ。君はどうしたいの?英雄になりたいんでしょ?資格なんて、それだけで十分じゃない。」
その言葉を聞いた瞬間に、頭の端っこにかかっていた最後の靄が晴れたように感じた。
全く、この人は。
「やっぱり、リーシャは英雄だね。」
「当然!」
そう言って胸を張るリーシャ。
その顔はキラキラと、星が瞬くように輝いていて―――
すごく誇らしげだった。
「僕・・・、リーシャみたいな英雄を目指すよ。いつか、あなたに追いついてみせる。」
「お?挑戦状かい?いいよ!追いかけて来なさい!」
「うん。絶対!絶対追いついてみせる!」
「ふふん。私は早いよ?走って来ないと、置いてけぼりにしちゃうんだから。」
リーシャとまたいつの日か会う約束をして、リーシャは村を去っていった。
僕とリーシャは、お互いの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
彼女にあって幼い頃の情熱を取り戻した僕は、夢に向かって歩き始めた。
僕が村を飛び出すのは、それから1年後の成人式だった。
「ふふっ。」
あの日から、リーシャは僕の心の中の英雄になった。
僕は、彼女に近づけているだろうか。
「どうしたのアルク?」
突然笑い出した僕を、隣でサンドイッチを食べていたティアが不思議そうに見てきた。
「何でもない。・・・そろそろ出発しようか、ティア。」
「・・・うん。」
サンドイッチを食べ終えたティアが、指先を舐めながら立ち上がる。
「美味しかった?」
「・・・とても。」
別れ際に、リーシャが僕に言った言葉が脳裏を過ぎった。
走って来いとリーシャは言ったけど、彼女みたいに元気いっぱい走り続けたらすぐに疲れちゃいそうだ。
だから僕は、僕のペースで歩いていくよ。
そうして今日も僕は、夢に向かって歩き出す。
ふと空を見上げると、そこにはあの日と同じような綺麗な青空が広がっていた。
「進めアル君!君の道を、歩き出すんだ!」
あの時別れ際にリーシャが言った言葉。それは今でも心の中で響き続けていて、まるで彼女が傍で励まし続けてくれているようだった。
次の掲載は明日の18時となってます。
感想お待ちしています。




