本当の君
「あ。」
数分後、僕らは丸く開けた所にでた。中心にはサファイアクレストが植わっている。この木は周囲の魔力を吸い込み、より広く根を広げる特性がある。お陰で近くには木が生えず、こうして円上の広場が出来上がり、更には魔物も出現しにくいという休憩にうってつけの場所を作り出してくれる。
「ベストタイミング!今日はここで野宿ね。」
そう言うやいなやリーシャはテキパキと野営の準備を始めた。さすが冒険者、手馴れている。
リーシャはあっという間に準備を終えると、火を起こし、夕食を作り始める。
僕はする事もなく、リーシャを眺めていた。
「はい、アル君の分。」
干し肉を黒パンに挟んだ簡単なサンドイッチとコーヒーをリーシャは僕に渡してくれた。
「・・・ありがとう。」
リーシャの手から受け取ったサンドイッチは、暖かかった。
「隣いい?」
「どうぞ。」
「ありがと。」
そう言って、リーシャは僕の隣、人一人分の隙間を開けて座った。
「お味はどう?」
「美味しいよ。」
「それは何より。」
もぐもぐと、二人が咀嚼する音だけが辺りに響いている。
「ねぇ。」
先に食べ終わったリーシャが話しかけてきた。
「何?」
サンドイッチを食べ終えた手を舐めながら僕は答える。
「アル君さ。さっき君は、英雄に憧れてたって言ったよね。」
「・・・・・うん。」
「どうして諦めたの?」
予想していた通り、リーシャは核心をついてきた。
「その話は・・・。」
「いいから、聞かせてよ。」
リーシャは、今度は引いてくれなかった。
「・・・・。」
コーヒーを口に含む。苦い。
「・・・・。だって僕は、農家の息子で、次男だから。」
「ありふれた話じゃん。」
「・・・・・。」
「本当の理由は?」
「・・・・。僕は、普通の魔法が使えないんだ。」
喉の奥から絞り出したような、かすれた声がでた。
「使えない・・・・って、どういうこと?」
この時ばかりは、リーシャも流石に驚いたような顔をしていた。
「・・・・特異体質なんだ、僕。魔力を吸収出来ても、身体を通して放出できないんだ。子供だって出来るような、火を起こしたり、水を出したり、そんな簡単な魔法だって、僕にはできない。僕は・・・・、役立たずなんだ。」
パチパチと、火の粉が爆ぜて音を立てる。
「・・・あれ?でもそれなら、ディガウトならアル君でも使えるんじゃない?」
パッと顔を明るくしてリーシャは問いかけてくる。
「ああ、ディガウトね。うん。使えるよ。」
その顔を見て、僕の心は更に沈む。
「子供の頃から、僕は英雄の物語が大好きだった。大きくなって、普通の魔法が使えないって知ったとき、ディガウトなら僕でも使えるってすぐに思った。魔法の使えない訳立たずな僕でも、この物語の英雄達みたいに活躍出来るんじゃないかって、思った。」
「うん。」
「その時から必死でディガウトの練習をしたよ。6歳からだ。」
「え?すごいじゃん!ディガウトって普通習得するのに10年かかるって言われてるのに。」
「必死だったからね。」
「見せて見せて!」
「いいよ。」
そう言って僕は手近な石を掴み、昼と同じ要領で壊してみせた。
「すごいすごい!それでそれで?」
「これだけだよ。」
「え?嘘でしょ?」
「本当さ。」
自然と顔が笑ってしまう。自分を、笑ってしまう。
「僕のディガウトは『御伽噺のお告げ』。効果は癇癪玉で、掌の先で小さな爆発を起こす。これだけさ。普通に使うと転ぶし、日常じゃ精々火起こしに使えるくらいだ。正に僕を表した訳立たずの魔法だよ。空でも飛べる魔法だったら良かったのに。
もう分かっただろ?こんな僕は、英雄になんてなれないって」
話を聞くと、リーシャはしばらく黙っていた。
僕は、焚き火の炎を見ていた。話すことに夢中で薪をいれていなかったから、火は今にも消えそうなほど、弱々しくなっていた。僕はそれを見ても、なぜか薪を足す気にはならなかった。
「アル君」
呼ばれて、僕はリーシャの顔を見た。
「それはきっと、まだ本当の君じゃない。」
彼女は薪を手に取り、焚き火に投げ入れながらそう言った。
「え・・・・?」
リーシャの言葉に、思わず柳眉が上がる。
「本当の君じゃないって・・・。疑ってるの?確かにあんなショボイの見せられて、信じられないのも分かるけど、僕のディガウトはさっき見せたので―――」
「ディガウトは、可能性。」
僕の言葉を無視して、彼女は続ける。
「この魔法は本人すら知らない、その人の奥底に眠る心を具現化し、意志の力として現出する。君の可能性はそんなものじゃない。君はまだ、本当の君じゃない。」
その言葉を聞いた瞬間、カーっと、一瞬で頭が赤熱したのを感じた。
「嘘だ!」
じっとしていられず、僕は立ち上がった。隣に座るリーシャを睨みつけて、叫ぶ。
「僕は、頑張ったんだ。これしかないから、これだけはって。他の皆の何倍も、何倍も、何倍も頑張ったんだ。訳立たずな僕でも、皆みたいになれるようにって。僕だけが魔法を使えない。僕だけが・・・・。僕だけが・・・・・!!だから僕は願ったんだ。英雄の魔法に、英雄になれますようにって!!・・・・そう願ったのに、僕は・・・。」
以前と同じ、・・・・役立たずで。
僕の声は燃え上がった感情が小さくなると共に次第に小さくなっていき、やがて夜空に吸い込まれて消えていった。
リーシャは、睨みつける僕の視線から、目を逸らすことはなかった。
「・・・・・苦しいんだ。誰でもいい・・・助けてよ。」
ポツリと、友達にも家族にも話したことのない、ずっと心の中に閉じ込めていたはずの言葉が、口からこぼれ落ちていった。
不意に頬を、何か暖かいものが流れていった。拭うと、その手が濡れていた。拭っても拭っても、溢れた涙は尽きることなく流れ続けて足元へと染み込んでいった。
リーシャは、黙ったまま僕が泣き止むまで待っていた。
「アル君。」
再び薪を手に、リーシャは声をかけてきた。
「・・・なんだよ。」
僕は泣きはらした目を隠し、そっぽを向いたまま答える。
彼女が薪を投げ入れた音がした。
「・・・ディガウトは、願いを現実化する魔法じゃない。君の意思を現出し、その願いを叶えるための力を与えてくれる魔法だよ。
君の努力は認める。その年でもうディガウトを使えるなんて、凄いことだ。今まで沢山の人に会ってきたけど、そんな人、私はあなたしか知らないよ。・・・でもね?心の奥底で君は、ただ幻に縋っていただけじゃない?頑張れば、特別な力が突然神様から授けられて、自分は救われる、そんな幻。それこそ御伽噺のお姫様みたいに。」
君は男の子だったね。
からかわれたが、無視する。
「・・・助けなんて来ない。神様なんていない。君は、君を救うために、君自身で立ち上がらなくちゃならない。助かりたいなら、助かりなさい。何かに縋らないで、自分の力で。」
彼女は言葉を切り、腰を上げて僕の目の前に移動してから僕の顔を正面から見て、続けた。
「断言する。あなたの可能性はそんなものじゃない。君はもっと、もっともっともっと、凄い可能性を持ってる。空を駆けたい?やればいいじゃん。英雄になりたい?上等。目指しなよ。言ったでしょ?君を決めるのは、君自身なんだ。ディガウトは自分の心の現出。それで得られる力は全て君自身の中に秘められているもの。
君が何者にも願わず、ただ自分でその願いを叶えたいと心の底から思えたとき、ディガウトは君に力を貸してくれるよ。」
気づけば僕は、彼女から目を逸らせなくなっていた。
弱くなっていた焚き火は、リーシャの投げ入れた薪で再び、寧ろ最初よりも強く大きくなっていて、僕らを明るく照らしていた。
焚き火の光で照らされて彼女の瞳の中に僕が写りこんでいるのが見える。
僕の頬を濡らしていた涙は、既に乾いていた。
僕が彼女の言った言葉の意味を考えようとした時、リーシャは身体ごと僕に近寄り、顔を寄せてきた。
「ちょっ」
「静かに」
「もがっ」
突然口を塞がれて僕は目を白黒させる。
顔が近い。目と鼻の先だ。
彼女は今までに見たことのない真剣な顔をしている。
一体何を。
「リ―」
「おかしい。」
「はえ?」
「静かすぎると思わない?」
間抜けな返事をしてしまったが、リーシャは動じずに辺りを伺っている。
「・・・・確かに。」
そういわれてみれば、辺りは不自然なほど静かだった。
いつもはうるさく響いている虫の音も、鳥の鳴き声もしない。
「・・・もしかして」
「・・・お出ましかしら。」
闇の中で、幾つもの影が蠢いていた。
次の投稿は明日です。




