二軍
日差しが強くなってきた正午、沖縄の日差しは
東京よりもキツイ。
「聞いてんのか一輝!」
そんな事を思っている俺に智幸さんがポコッと頭を小突く。
いかんな。集中しないとな。
目線をグラウンド向けると1番の鷹宮が打席に入っていた。
左打席の少し荒らされたバッターボックスに
怪訝な顔をしながら。
「プレイ!!」
主審の声でマウンドの冬木が振りかぶる。
手を頭の上にグラブを伸ばすワインドアップ。
実に美しいフォームだ。無駄がない。
そこから体を縮ませ腕を振り下ろした。
インコースの真っ直ぐだ。鷹宮はそれを見逃す。
速い。焦斗程ではないにしろ、充分豪速球と言えよう。
バックネットの計測器には141キロと出ていた。
いきなり最速だ。向こうも投手が豊富だ。
練習試合だからな、継投で行くのだろう。
と、思ったのも束の間、鷹宮が出塁した。
フォアボールでの出塁だ。
確かに冬木は立ち上がりが良くないのが昨日のビデオを見ても感じれた。
0アウトランナー一塁。鷹宮の足なら単打で3つまで行けるだろうし長打なら帰ってくる可能性が高い。うしろの良平や大吾に任せてもいい。
俺がここでやる事はホームランを打つのではなく
後続にチャンスのバトンを渡すことだ。
先程ワインドアップだった冬木がセットポジションの体勢を取る。
俺への初球、134キロのボールが向かってくる。
俺はそれを見逃す。真っ直ぐ?いや、手元で変化した気がするな。ツーシームか。
2球目、カーブがベース手前でバウンドする。
ワンバン...鷹宮が走る!俺はすぐさま鷹宮を見るが走っていない。なぜだ?バウンドGOはアイツの
徹底していることなのに...
瞬間、右打席に入っている俺に寒気が襲う。
後ろからだ...後ろから感じる。
既に捕球し投げる体勢バッチリと言わんばかりの
夏目がいた。
速い。横目だが立ち上がるまでの動作を見ていた。でも鷹宮なら放った瞬間に行くか決めるはず
いまのはあえて行かなかったのか??
俺がそんな考えをしていると、ベンチから声がかかる。
智幸さんがサインを出していた。
カウントは1-1。やるなら...よし。
俺の考えと全くおなじサインが出されていた。
塁上の鷹宮も同じ考えだったのかニヤケながら
帽子のつばを触った。
俺らがサインを確認したのを見て冬木が首を横に振る。夏目がなにか勘づいてサインを出している??噛み合わないバッテリー。2球ほど牽制を入れていたが、気を紛らわせるためにしか見えなかった。
少しの沈黙の後、冬木がセットポジションに入る
俺はバットを肩に背負ったままだ。
瞬間、バッ!っと冬木がクイックをした。
(さっきより速いクイック?!)
俺がそう思うのとは裏腹に鷹宮は完璧なスタートを切っていた。
俺は冷静になり、バットを前に出す。
左手はグリップ、右手はバットの芯へ。
「セーフティバントエンドラン」
ランナーが駆け出してからバントをする。
軌道は真っ直ぐ...いや、少し遅い。得意のシュートか。だが決まる!!
パァァン!
「?!」
乾いたミットの音が後ろから聞こえた。
(え?は?...空振った??)
そんな事を俺が考えている間、夏目が素早い
足運びでステップを踏み、腕を振る。
先程の長房のような...いや、さっきの長房よりも速い矢のような送球がショートの春野のグラブに吸い込まれていく。
完璧なスタートを切った鷹宮だ。タイミングはセーフ。上手いスライディングで春野のタッチを躱す。
カウントは悪くしたが、得点圏だ。焦らず対処すれば...
「アウト!!」
「「はぁ?!」」
つい口にしてしまう俺と鷹宮。
タイミングは完璧だった。多分鷹宮も完全にセーフだと思っていただろう。
ジャッジミス...か...
鷹宮はしばらくその場に突っ立っていたが、審判が近づいてくるのを察してベンチへ戻って行った
俺もつい反抗的なリアクションをしてしまった...
審判への悪態はいい事ないってのに...くそっ。
いや、そんなことはいい。(良くない)
それよりも空振ったことだ。
今まで綺麗なバントを毎回決めてきた訳じゃない。ただ空振ったことなんて無かったんだ。
軌道は見えていた。バットの出し方も悪くなかったはず。なのに空振った...
冬木のシュート、キレてるなんてもんじゃない。消えたようだった。
「楓のシュートを甘く見てたろ」
「ッ...!!」
ホームベースの土を払いながら夏目が言う
「お前達がどれだけ研究したのかは知らないが...あんまり俺らシニア勢を舐めるな」
舐めてなんてない。想定外だっただけだ...
でも、確かに確実に決まるっていう確信があった
そのあと俺は、まるで言い訳するように冬木の
シュートに空振りをして三振となった。
...
続く3番の良平も、冬木のシュート、夏目のリードに面白いように踊ろされてサードフライで討ち取られる。
真っ直ぐにはめっぽう強いが、彼いわく変化球をホームランにしたことがないらしい。
チームのみんなも良いようにやられた上位打線を見て若干指揮が下がっていた。
「さぁ!切り替えて行くぞ!まだ1回だ!」
俺がそういうも、ベンチにいた選手たちの足取りは重く感じた。
まだ1回なのに...
すると、「チクショー!」っとバッターボックスから出てきた良平が叫びながらベンチへ戻ってくる。
よほど悔しかったのか、MLBの選手みたいに
太ももでバットを折ろうとしていた。
当たり前だが折れず、悶絶していた。
金属バットなんだから折れるわけないだろ...
智幸さんに「馬鹿なことすんな」って頭を小突かれていた。
「ぷっ...」
ひとりが堪えきれず吹き出す。
すると連鎖するように皆が笑い出す
「良平!お前アホやろ!メジャーリーガーでも金属は折れへんぞ?!」
「いや!1度やってみたかったんだよ!」
「バット曲げたらそのバット使えねーだろ!
俺もそのバット気に入ってんだからよ!」
「え?!それはすまん!」
一瞬にしてベンチに活気が戻った。
みんな笑顔だ。さっきまでの雰囲気が嘘のように
「よっしゃ!みんな行こうぜ!!」
「「おぉ!!」」
俺はそれに乗っかり再び声を掛ける。
みんなもさっきと違い、答えてくれる。
計算していたのかどうかは知らないが、良平には助けられた。
ポジションに着こうとキャッチャーボックスへ
向かう。そこには夏目が待ち構えていた
....
ー夏目視点ー
気に食わない
ボーイズ側でも指折りの鷹宮、星、那須野を討ち取っても落ち込むどころがそれを糧に盛り上がる
アイツらが。
こんなヤツらに...俺らはお株を奪われたのか?
俺がそう思っていると、星が近づいてくる。
警戒しているような面持ちだ...
「君!交代だよ!駆け足で!」
「...はい」
主審に促されベンチへ下がっていく。
ベンチへ着くとチームメイトが声をかけてくる。
監督、ボーイズの奴ら、ポニーの奴ら、ヤングの奴ら...
こいつらは腹が立たないのか?
アイツら...ボーイズ代表が、俺たちU15代表より
注目されているのに...
そう思いながらも、防具を取り外しバッターボックスへ向かう。
....
〜2年前〜
カァァァン!! ドンッ!
「行ったー!世田谷区シニアの夏目だ!
まだ1年だってのにとんでもねー奴だ!!」
「エースの冬木って子も1年らしいぞ?
牧形シニアの秋山、取袖シニアの春野といい、
この世代は化け物かよ!!」
当時、俺たちの世代で1番輝いていたのは、
間違いなく俺と楓だった。
いや、俺たちの世代だけじゃない。1個上も、
2個上の先輩たちより俺たちの方が優れていた。
これはそう思い込んでいたとか、調子に乗っていたとかじゃない。実際に、試合の結果がそれを表していたんだ。
地元の新聞に乗った時は、それはもう嬉しかった。まるで自分達を中心に野球界が回っている様だった。
父はスポーツ紙の部長だった。
よく俺らのことも取り上げてくれていたんだ。
小さい頃から厳しい人で、そんな厳格な父が
自分に期待してくれていると思うと嬉しかった。
「良い事を書けるからお前らを取り上げてるだけだ。
記者ってのはそういうもんだ。」
父はいつもこう言っていたが、父なりの愛だと、そう思っていた。
その期待に答えたかった。そして答えてきた。
星たちボーイズ勢が出てくるまでは。
[不幸な運命を乗り越えた野球界の超新星]
そんな記事が、父の会社から出た。
早くに父を亡くした少年が、野球界に台頭したと。
その記事は野球界のみならず、美談として日本中にも知れ渡った。
そして藤、鷹宮、那須野、泉、天野と、元々力のあった者、次々に頭角を表してきた者と話題が尽きなかったのだろう。
[星辰世代、集結!!」]
俺がU15に選ばれた時と同時に、そんな記事が出た。
U15の話は記事をスクロールして下の方にあった。
ただ、星やその他の奴においしいストーリーがあっただけ、たったそれだけで、その他大勢が奴らの引き立て役、いや、脇役のようだった
「良いことを書けるから取り上げる」
父のその言葉が頭の中をぐるぐる回った。
誰も俺たちを見ない。まるでボーイズリーグ以外のクラブチームが二軍チームのように。
ふざけるな。俺たちの野球人生を甘く見るな
俺たちは、「ここで」野球をやってるんだ
〜現在〜
焦斗が夏目に放った初球、アウトコース真ん中に行った真っ直ぐを右打席に立つ夏目が思いの限り踏み込みヘッドを走らせる。
カァァァン!!
「長房ー!!」
鋭く、低い弾道。 ショートの鷹宮が思い切り
ジャンプをするも、ギリギリ届かないくらいの
弾道だ。
ドンッ!っと左中間のフェンスに激突した。
夏目は腕を振り足を前に、前に出す。
ー夏目視点ー
誰がなんと言おうと、なんと書こうとプレーしているのは俺らなんだ。
それでも、それでも必死に、いつも必死に野球をしてるんだ。
誰かに評価されたい。「夏目世代」とか言われてみたい。そう思って何が悪いんだ
....
左中間長打コース、アウトコースに構えていた
一輝に合わせ、守備形態もライト寄りだったため
センターの那須野のカバーが遅れる。
夏目は一目散に二塁へ走る。
(ツーベース...痛いが後続を抑えれば...)
一輝がそう思った瞬間と同時に、夏目の足が
加速する。
「...まさか...」
一言そう呟く一輝。
バッと三塁へ指を刺し、指示を送る
「長房!!みっつだ!!」
「え?!」
捕球した長房が顔をダイヤモンドへ向ける。
夏目が二塁ベースを蹴る勢いで駆け出していたのだ。
「暴走だ!!長房に刺されるぞ!!」
観客の誰かが、そう言った。
長房はグッと力を溜め、その長い腕を思い切り振る。
先程同様、凄まじい送球だ。ボールが夏目を追うように走る。
ー再び夏目視点ー
バッティング、捕球、肩の強さ、野球の考え方...
全て星に勝っているなんて思っていない。
ただ、それがなんだ。俺は...俺たちは勝ちたいんだ。
ボールが夏目の数メートルに迫る。
瞬間、夏目が飛び込む。頭から飛び込んだ。
(負けられ...無い!!)
勢いのいいヘッドスライディングのせいか、ヘルメットが脱げる。
サードを守る剣心がボールを捕球した瞬間、タッチしにベースの角に、グラブを置く。
(アウトだ!!)
全員がそう思った瞬間、飛び込んだ夏目は右手を引っ込め、左手でグラブの置かれていないベースの角を触る。
「セーーフ!!」
三塁審判が勢いよく手を広げ、そう告げる
ボーイズ代表チームの全員が、苦い顔をする。
星...いや、ボーイズリーグ日本代表。
お前らが俺をアウトに出来なかったのは...
俺の...俺たちの「覚悟」を見誤ったからだ。




