解決編④
「朝倉、あんたがそいつと出会ったからだ」
そいつとはつまり、私のことだ。
「分からないな。ぼくと浅井さんが出会ったから柿本さんを殺した? 因果関係が見つからないな」
「関係あるよ。朝倉と出会ったから、アッキーが涼子のほうが私よりも大事だって気がついたんだ」
意味が分からない。何を言っているの?
「先週の月曜日、アッキーは私に相談したんだ。『涼子と朝倉が話しているのを聞いた。どうすれば涼子を守れるかな?』ってね。私はそのとき嫌な予感をしていたの。もしかしたら、涼子はアッキーの一番だってことになってしまうんじゃないかって」
「そ、そんなこと、ない! あきらちゃんはひかりちゃんのことを――」
耐え切れなくなって思わず言ったけど、ひかりちゃんは「ふざけないで!」と遮った。
「前々からアッキーはあんたのことを話していたんだ。涼子は涼子は涼子は――もううんざりしてたんだ!」
「そんなの、私、知らなかった!」
「そうだろうね。私は黙っていたから。そんなあんたを遠ざけるのに、私は悩んだ。だけど、それを解消できる方法が見つかったの。いや、たまたま見たって感じかな」
ひかりちゃんはそこで皮肉を込めた笑みを見せた。
「火曜日、あんたがこの哲学部から出てくるのを偶然見た。その前の昼休みで朝倉のことを話していたから、もしかしてと思った。私は安心したよ。これでアッキーが私だけのものになるって」
「つまり、ぼくなんかと黙って会う行為は君たちへの裏切りだと思わせること、だったかな?」
「そうだよ。よく分かっているじゃない。朝倉、あんたはこの学校における狂気かつ脅威だって自覚していた?」
「分かるよ。ぼくもそう思うから」
そこで朝倉くんは認めるようなことを言った。
「だけど、私の予想と反して、アッキーは涼子を見捨てたりしなかった。むしろ救おうとしたの。それがまた許せなかった。そんなに大切だって、私はショックだった。きっと私なんかよりも涼子のほうが大事だって気づいたのよ」
ひかりちゃんはまるで能面のように表情を消した。
「だから、私は涼子を殺そうとしたの」
「わ、私を? でも――」
「殺せなかったんだね。浅井さんは早退してしまったから」
朝倉くんの言葉に、私は思い出す。
先週の水曜日。私は勝手に早退しちゃったんだっけ。
「電話やラインで呼び出すことはできない。通話記録などの何らかの記録は残ってしまう。それは避けなければならなかった。そうだろう?」
「そう。その通りだよ」
「だったら、日時を変えて殺すことは考えなかったのかな?」
「……一日も早く、アッキーを開放してあげたかった。それだけだよ」
開放。殺すことで私からあきらちゃんを奪おうと考えたんだろう。
「なるほど。納得したよ。でもぼくを殺すことは考えなかったのかな?」
朝倉くんの突拍子のない言葉にひかりちゃんは「考えなくもなかったよ」と言った。
「でも殺してもアッキーが私のものになってくれる保証がなかった。だからアッキーを殺した」
「どうやって呼び出したんだ?」
「気に食わないけど、涼子について話したいことがあるのって言った。遅い時間帯でも特に疑問に思わずに、頷いてくれた。よっぽど余裕がなかったんだね」
ひかりちゃんの言葉は私の理解を超えていた。たったそれだけで、人を殺す。あんな幼稚な殺し方で――
「この質問は何度目か忘れたけど、もう一度訊くよ。どうして、あんな殺し方をしたのかな?」
朝倉くんは繰り返すように訊いた。
「アリバイを作るわけでもなく、それでいて手の込んだ殺し方でやる意味はあったのかな? ぼくは、それが理解できない。いくら考えても思いつかないんだ」
朝倉くんは分からないことを嫌う性格だ。だから聞きたいのだろう。知りたいのだろう。
なぜなら、彼は哲学者だから。
「……いいよ。教えてあげる」
「ありがとう」
「あんたも言ったように、私はアッキーを中庭に呼び出した。そして殺したの。トリックなんて使わずにね」
「……どうやって?」
「殴って殺したの。撲殺でね」
「ああ、なんとなく分かった気がする。言ってもいいかな?」
朝倉くんの言葉に、ひかりちゃんは答えなかった。
「つまり、撲殺だと知られたくないから、トリックを使って殺した。飛び降り自殺だったら、頭が割れていようが痣があろうが、落ちた衝撃でできた傷だと警察に思わせることができるってわけだ」
「…………」
ひかりちゃんも、あかねちゃんも、阪本先輩も、直江さんも、大江さんも、そして私も誰も言葉を発しなかった。
「だけど、ここでも疑問が残る。なぜ、撲殺であることを隠したかったのかということ。その答えは――証拠を処分できないから、だとぼくは思う」
「……そうだね」
「処分できないほどのもので、山城さんが持っていておかしくないもの。それでいて怪しまれることないもの。そして、夜中という時間帯。それらを組み合わせて思いつくのは――」
そこで朝倉くんは、言葉を切って、そして言う。
「望遠鏡、だね。それなら天文部の山城さんが持っていても誰も不思議に思わない」
「……その通り。私は望遠鏡で殴った」
ひかりちゃんの正解を聞いて、朝倉くんは晴れやかな笑みを見せた。
「望遠鏡か。やっとすっきりしたよ。ありがとう」
「だが、なぜ望遠鏡を処分したくなかったんだ?」
直江さんは朝倉くんに訊いた。
「犯人だという証拠をいつまでも持っておくほうが、危険だと思うんだが」
「捨てたくなかったからですよ」
朝倉くんはひかりちゃんよりも先に答えた。
「天文部で思い入れがあったのか、それは分かりませんが、とにかく捨てたくなかった。そうでしょ? 山城さん」
「捨てたくなかったのは当たっているけど、理由は違う」
ひかりちゃんは目を伏せて言った。
「アッキーと一緒に買った、大切な望遠鏡だったから、捨てたくなかった」
「大事な望遠鏡で友達を殺したっていうの? イカレてるよ」
阪本先輩はゾッとした感じでぼそりと呟いた。
「まあ決別の意味も込めて、大事な望遠鏡で殴ったと考えるのは妥当だけど、それでも少し変わっているのは否めないな」
変人哲学者が言うのも相当おかしいと思ったけど、誰もつっこまなかった。
「山城さん、殺意はあったはずだけど、それでも殺さないという選択肢もあったはずだ。殺人に至った理由も浅井さんにあるのかな」
「星を見ようって言って誘ったの」
ひかりちゃんは誰にでも言うわけでもなく自答するかのように話し出す。
「もし、涼子のことを話題に出さなかったら殺さないって決めたの。だけど、待ち合わせに来てすぐ、『私、涼子に酷いこと言ってしまったわ』と言った。そして『良かったら相談に乗ってほしい』とか言うものだから、思わず、殺してしまったの」
「だから中庭の中央に死体があったんだね」
朝倉くんも自然と呟くような小声になる。
「そう。それに殺し方は天文部で屋上に来たときに思いついた。この殺し方だったら、私でも殺せると思ったから」
「うん? ああ、山城さんの体格だと屋上まで運べないからね」
朝倉くんの言葉にこくりと頷いたひかりちゃん。
「さて、訊きたいことも訊けたし、直江さん、もういいですよ」
「いいのか? なら連行していく。車はすでに用意してある」
直江さんは阪本先輩を離して、ひかりちゃんに近づいて、こう言った。
「山城ひかり。殺人容疑で逮捕する」
手錠はかけなかった。
直江さんと大江さんを伴って、哲学部を出て行くひかりちゃん。
私はこのとき、何かを言うべきだったのかもしれない。
だけど――
「涼子、あんたのせいなんだからね」
ひかりちゃんがこっちを振り返って言った。
「えっ? なんで――」
「あんたが朝倉なんかと友達になったから、私はアッキーを殺すことになっちゃったの」
ひかりちゃんは言う。
「もしも朝倉と出会わなければ、今までどおり平和で居られたのに」
ひかりちゃんは言う。
「もしもあんたが早退なんかしなければ、アッキーは生きていてくれたのに」
ひかりちゃんは、言う。
「全部全部、あんたのせいなんだから」
ひかりちゃんはこらえきれなくなって、笑いながら、狂いながら、言った。
「きゃはは! この人殺し! きゃはは、きゃはは、きゃははははは!」
そんなひかりちゃんに、私は何も、言えなかった。
その通りだと思ったから。
私がこの学校を選ばなかったら、あきらちゃんと友達にならなかったら。
そもそも、こんな事件は起きなかったのだ。
「それは違うと思うよ」
何も言えない私に代わって、朝倉くんが口を開いた。
「柿本さんを殺したのは山城さん本人だよ。それを誤って認識してはいけない」
「きゃはは、あんた何を言って――」
「一つ良いことを教えてあげよう」
朝倉くんは残酷に笑って言った。
「この世界は必ず君に報いを与える。友達を殺すような人間は過ちを何度も繰り返すんだよ。君は何度生まれ変わっても同じように友達を殺す。来世でも今の人生も、必ずね」
ひかりちゃんは反論しようとして、声が出なかった。
「これを永劫回帰という。同じ人生を繰り返し生きるんだ。君は永遠に柿本さんを殺す。自分の身勝手な考えで、何度でも」
「う、嘘……」
「嘘なんかじゃない。ぼくが言っているんだ、間違いない」
朝倉くんは最後にこう言った。
「一瞬でも信じてしまえば、それこそが実と成る。これが君の戒めだ」
それを聞いて、ひかりちゃんはその場にへたり込んでしまった。
「嫌だ、嫌だ……」
最後に聞いたのは、呪いをかけられた者の懺悔の声だった。
こうして、事件は解決した。
この事件で私が得たのは真相という空しいもので。
失ったのは友達というかけがえのないものだった。




