解決編②
「まず、柿本さんの殺害方法を言おう」
朝倉くんまるで推理小説の探偵のように語りだす。みんなは黙ったまま、彼の言葉に耳を傾ける。
「犯行に使われたのは長いロープとこの学校全体だ。これら二つで柿本さんはあんな奇妙な殺され方をした」
「奇妙な殺され方? それってどういう意味だ?」
阪本先輩は疑問に思ったらしい。
「私は直接あきらの死体を見ていないが、飛び降りだと聞いている。なのにロープだとか奇妙だとか、そういうのは聞かされていない」
「ええ。これは警察内部の情報で一般には公開されていない。それだったら、浅井さんに説明してもらおう。浅井さんは直接、死体を見たのだから」
全員の視線が私に注目する。
「説明って、何を言えばいいの?」
「死体の位置を言ってほしい」
「ああ、あきらちゃんは中庭の中央に……いたの」
私は死体という言葉を避けた。
「これが奇妙だと思われている原因の一つだよ」
「アッキーが中庭の中央にいたのが、奇妙なの?」
ひかりちゃんの疑問に朝倉くんが答える前にあかねちゃんは「つまり、こういうことなの」と言った。
「屋上から飛び降りても、死体は中庭の中央には落ちないってことなの」
「その通り。一番高い、この教科棟から飛び降りても、中央には飛べない。助走しようにも手すりが邪魔してできない。だから自殺ではないってことになる」
「自殺ではない? それはどうして――」
阪本先輩の質問に朝倉くんは「自殺だったら自分であの位置に動かせないでしょ」と言った。
「それで、まず自殺の線は消える。現に警察は他殺で捜査していたんでしょ?」
朝倉くんの言葉に男性の刑事――直江さんは「そうだ」と答えた。
「我々は自殺がありえないと考えている。それは先程朝倉くんが言ったとおりだ」
「それに、柿本さんは屋上の鍵を持っていなかった。さらに鍵はちゃんと学校側が保管していた。だから屋上で飛び降りて死ぬのはほとんど不可能に近いんだ」
「それだったら、どうやって涼子は殺されたの?」
あかねちゃんの疑問に朝倉くんは「うん、その前にまた、浅井さんに答えてほしいことがあるんだ」と言った。
「現場は血まみれだった?」
「うーんと、はっきり覚えてないけど、血だまりがあったような」
「直江さん、現場はどうでしたか?」
直江さんは即座にこう答えた。
「血痕が大量に残されていたのは確かだな」
「自殺ってそこまで血がたくさん出るものですか?」
「場合による。頭から落ちれば出血量は多いし、脚から落ちたならそれほど多くは出ないだろう」
「そうですか。ありがとうございます」
何の確認だろうか。私にはよく分からなかった。
「以上の点を念頭に置いて、これから言うことをしっかり理解してほしい」
そういうと朝倉くんは椅子から立ち上がって、奥のほうにあった机を持ってくる。
「口で説明するよりも、図で示したほうがわかりやすい。まずは中庭」
そう言って、朝倉くんは一冊の薄い大学ノートを机の中央に置いた。
「次に校舎。その次は渡り廊下」
朝倉くんは分厚い本の背表紙を上にしてノートの両端に置き、その二冊の本の上に渡り廊下に見立てた定規を設置する。
「これが簡単だけど、この不動尊高校を上から見た俯瞰図になっている」
昨日、屋上から見た光景に似ている。
「それで、どういう方法で従姉妹を殺したんだよ?」
阪本先輩が急かすように言った。
「さっき言っていたこと、覚えている? ぼくは校舎と長いロープで柿本さんを殺したって」
「言っていたけど、どういう風に殺したのか、まるで分からないの」
「工藤さん。まずは順を追って説明したい」
朝倉くんは机の中から一本の長い毛糸を取り出した。
「最初に、柿本さんをこの学校に呼び出し、殺すなり気絶させるなりして、身動きの取れないようにする。まあ気絶よりも殺したほうが目覚める心配もないから、殺したんだろう」
あっさりとした言い方なので、この場にいる全員が口を挟むことができなかった。
「次に、死体もしくは気絶した柿本さんを中庭中央に運ぶ。いや、中庭の中央で殺した可能性もある」
「それは一体どうして?」
そう質問したのは女性警察官の大江さんだった。
「警察だって調べたでしょ? 他の場所で殺されたんなら血痕があったり、拭いても化学反応で特定できる。取調べで聞いたとき、そんなことは一切言わなかった。だから中庭で殺した可能性があると言ったんです」
「……誰です? そんなことを言ったのは」
「内緒です。とにかく中庭の中央に置いて、一旦そのままにしておく。そしてロープの端をポプラの木にしっかりと結ぶ。途中で解けたりしないようにね」
朝倉くんは机からボールペンを取り出し、毛糸の端をペンに結んだ。
「まさか、ポプラの木から落としたの? 涼子を!」
あかねちゃんの発言に「違うよ。もっと面倒くさいよ」と朝倉くんは答えた。
「そして結んだロープを固定した後、もう片方の端を上に通したんだ」
「上? 上って、屋上ではないし……」
「屋上ではなくて、渡り廊下の上に通したんだ。下から投げて、渡り廊下に乗るように、上手く投げて」
朝倉くんは定規で模した渡り廊下の上に毛糸を乗せる。
「そんなこと、本当にできるの?」
ひかりちゃんは呟くように言った。
「練習すれば誰でもできるよ。ロープにボールでもなんでも重りをつけてやればできる。犯人には時間がたっぷりあったからね」
そう言って、みんなからの反論を待った朝倉くんだけど、誰も何も言わなかったので、続けることにしたようだ。
「通したロープを中央に向かうように下へ落とし、山なりにするようにすると今度は柿本さんの脚にロープを巻く。このときは逆にしっかりと巻かないことが重要だね。自然と解ける結び方、スマホで調べたら『引き解け結び』をしたかどうかは微妙だけど、とにかくそんな結びかたで柿本さんに巻いたんだ」
朝倉くんは次に鉛筆を取り出して毛糸を結んだ。普通の結び方ではない。これが引き解け結びなのかもしれない。
「そしてまたロープの先端をもう一つの渡り廊下の上に置く。これで準備は万全だ」
横から見るとMみたいにロープが通っている。
「それでどうやって、飛び降り自殺に見せかけたんだ? その後ロープを引っ張って上にあげるつもりだろうけど、それじゃあ途中で従姉妹に結んだロープは解けるし、なにしろロープの跡が残ってしまうだろう」
阪本先輩の指摘に朝倉くんは「ええ。しっかりとロープの跡は残ってました」とあっさり言った。
「ポプラの木の根元と渡り廊下の上にくっきりと。まあ警察もそこまで調べなかったんでしょうね」
「……そこまで調べなかったのではない。まさかそんな方法で殺すなんて思いつかなかったんだ」
直江さんが呆れた感じを出して言った。まあ私もそんな方法があるなんて思いも寄らなかった。
「それに、ロープを引っ張って落としたんじゃない。ロープで引き上げて落としたんだ」
「……ごめん、意味が分からない」
阪本先輩の理解が越えてしまったようだ。
「引き上げるって、どういう――」
「逆バンジーって知ってます? 最近の遊園地にあるようですけど」
不意にそう訊かれた阪本先輩は、初め理解できなくて、次の瞬間、理解する。
「ま、まさか――」
「そう。つまりこういうことですよ」
朝倉くんは端のボールペンを押さえてから、素早く毛糸の端を引っ張った。
あきらちゃん役の鉛筆は勢い良く上へ飛び上がり、途中で毛糸が解けてそのまま鉛筆は机に落下した。
芯が折れて、ころころと転がった。
「このように強制的に引き上げられて、落下したんです。後はロープを血だまりにつけないように慎重に回収する。これで柿本さんを殺したトリックは完成です」
「そ、そんな遊戯みたいな殺され方をしたのか、従姉妹は……」
阪本先輩はへなへなと崩れ落ちてしまった。あかねちゃんもひかりちゃんも呆然としていた。
私も初めて聞かされたときは同じ心情だった。
こんな遊び半分で殺されたなんて――
「でも、分からないことがあるの」
あかねちゃんはようやく訊けるように回復したようだ。
「その勢い良く引っ張るのって、どうやってするの?」
「重りをつけて下に落とせばいい」
「その重りって――」
「簡単だよ。ぼくたち人間がいるじゃない」
朝倉くんはあっけらかんとしていた。もう説明は終わったも同然だからだ。
「犯人は自分の体重を利用して、引き上げたんだ。まるでバンジージャンプよろしくね」
本当にまるで遊戯で幼稚なトリックだ。ただ単に思いついただけのトリック。アリバイ工作も絡んでいない、お遊びな仕掛け。
「以上が柿本さんを殺した方法です。他に質問はありますか?」
先生のように質問を求める朝倉くん。しかし誰も反応してくれない。
「じゃあ、次は犯人を特定する方法だね」
朝倉くんは明るい声で言った。
「隣で身体検査を受けて」
「……身体検査? どうして?」
ひかりちゃんが酷く驚いて訊ねる。
「あれ? 言ってなかったっけ? 五人の中に犯人がいるって」
「それは言っていたけど……どうして身体検査を受けないといけないのかな?」
「山城さん、決まっているじゃない。さっきバンジージャンプみたいに犯人が飛び降りたって」
「そのときに、できた傷でも探そうっていうの?」
阪本先輩の指摘に「おしいですね」と言う朝倉くん。
「あるかどうか探すのは傷じゃなくて、ロープの跡です」
「ロープの跡? ポプラの木にあったような……ああ!」
「そうバンジージャンプをしたとき、確実にロープの跡が身体に残っているはずなんですよ」
事件から一週間。
もう残っていない可能性もあるが、人一人引き上げる衝撃を与えるほどの強い力ならばまだくっきりと残っているはずだ。
「婦人警官もいるし、大江さんに調べてもらうから安心だよ。ぼくたちはここにいるしね。
じゃあ誰から調べてもらおうかな」
これが朝倉くんの考えていた犯人を特定できる方法だ。
「私、見せます」
真っ先に手を挙げたのは、私だった。
「私は私が犯人ではないって分かっています。容疑が晴れるなら、犯人が見つかるなら、喜んで協力します」
この一言のために私はこの場に居たのだ。
「誰か一人が言ってしまえば協力しやすいからね。だから浅井さん、タイミングは任せるから言ってくれないかな」
そう頼まれたのは今日の明け方だった。
私は承諾した。これであきらちゃんの死の真相、つまりは犯人が分かるのだから、乗らないわけがない。
「私もやります」
「私もです」
私と同じく手を挙げたのは、二人。
最後の一人は手を挙げることなく、顔を蒼白にして、ブルブルと震えていた。
まさか――
「はい。あなたが犯人です」
朝倉くんにそう指摘されたのは――




