解決編①
それから私たちは夜が明けるまで、哲学部に居た。もう終電はとっくに出てしまったし、家に帰ることができなくなってしまったからだ。
私は本を読んで過ごす、ということはできなかった。犯人が分かったかもという興奮で仮眠もできなかった。ただ、教室の端を行ったり来たりして時間を潰した。
朝倉くんと話せば良かったのだけど、彼は「ちょっと仮眠するね」と言って椅子に座りながら寝てしまった。
よくもまあ、他人が居るのに平然と寝られるなあと感心してしまう。いや、寝不足だからそう思ってしまうだけで、デフォルトの精神状態ならば、呆れてしまうのだろうけど。
それに男子と一緒に居て寝られるわけがない。私の女子としての危機管理はちゃんとしているのだ。
日が出てきたので、私は歩き回るのをやめて、椅子に座って今後のことを考える。
しかし、考えても考えがまとまることはなかった。
仕方がないので、私はあきらちゃんとの思い出を振り返ることにした。
あきらちゃんと出会ったのは、入学して間もないとき。
初めてのクラスで隣同士だった。
「私は浅井涼子! よろしくね!」
そう声をかけた、気がした。
「……柿本あきら。こちらこそ、よろしく」
硬い表情に硬い言葉。今思えば、人見知りで緊張していたのかもしれない。
それで毎日話していたら自然と友達になって、ひかりちゃんとあかねちゃんを紹介されて、友達になって。
阪本先輩があきらちゃんの従姉妹だって知って驚いて。
一年間、いろいろなイベントがあって、振り返ってみても面白かったと思う。
だけど、もう二度とそんな気持ちは味わえないんだろうな。
だって、あきらちゃんが死んじゃったんだもん。
「あきらちゃん、どうして――」
思わず口に出して言ってしまう。
「今日分かるよそれは」
声がしたので振り向くと、朝倉くんは起きて、目をこすりながら、私のほうを見ていた。
「起こしちゃったかな? ごめん」
「いや、自分で起きた。もうすぐ始発電車が出るから、駅へ向かおう」
スマホを見ると、四時五十八分。始発電車は五時二十分だから今出たら、十分間に合うだろう。
「そうだね。行こうか」
私たちはそれぞれ自分のカバンを持って哲学部を出る。下駄箱に向かう。靴を履き替えなければならなかったから。
深夜の校舎は怖かったけど、早朝の校舎もなかなか怖かった。中途半端に明るいからだろうか。
「とりあえず、放課後にまた集合しよう。部室を開けておくよ。そうだね、四時半くらいに全員を集めてね」
「うん。分かった。だけど、どうやって呼び出せばいいんだろう?」
「ストレートに柿本さんを殺した犯人が分かったでいいんじゃないの?」
流石にそれは不味いと思うので、心の中で却下した。
「どうして四時半なのかな?」
「ぼくにもちょっと考えがあってね。まあ言ってしまうと警察の人にも立ち会ってもらえればいいかなと思って。そのための準備時間だよ」
警察の人が居てくれるのは心強いけど、私たちに協力してくれるのだろうか。
「なんとかするよ。任せておいて」
そう言って、ニッコリ笑ったので、なんだか知らないけど、任せてもいいかなと思ってしまった。
それから私たちは学校を出て、始発電車に乗り、それぞれの家に帰ることにした。
私の両親は木曜日に帰ってこない。仕事の関係だけど、もうすっかり慣れてしまった。
「朝倉くんは親とか大丈夫なの?」
電車の中で訊ねると「ぼく、一人暮らしだから平気なんだ」と答えた。
「今みたいに黙って学校で泊まったこともあるしね」
「ふうん。何して過ごすの?」
「本を読んだり、哲学やったり、それを文章にしたりしているよ」
「それって家でもできるんじゃない?」
「まあ、そうだけど、スリルがあっていいじゃん」
スリルを求める気持ちが分からない。ジェットコースターとかバンジージャンプをやる神経を疑ってしまう。
家から最寄りの駅についたので、朝倉くんと別れて、家まで歩いた。私の家は歩いて十分くらいにある。
「眠いなあ……」
家に着くと制服を脱いでお風呂に入る。シャワーを浴びて髪と身体を洗い、すっきりさせた。
その後、自分の部屋に入ってそのままベッドに倒れこむ。
「とりあえず、十二時に起きよう」
目覚まし時計をセットして目を瞑る。
と思ったら、目覚まし時計が鳴った。
「えっ? 早くない?」
そう思って、時計を見ると、もう十二時だった。
「寝た記憶がないんだけど……そんなに疲れていたのかな?」
さっき寝たばかりだと思っていたけど、一瞬で寝ちゃったのかな。
一応、スマホでも確認したけど、もう十二時だった。
まだまだ眠い。いやそれよりも空腹を感じてしまう。
とりあえず、何か作ろうと思って、リビングに向かう。冷蔵庫の中にベーコンとタマゴがあったので目玉焼きとトースト、それにヨーグルトを作って食べた。
その後、三人にラインを送った。
阪本歩と工藤あかねと山城ひかりの三人。
文面は『話したいことがあるので四時に二年四組に来てください』と打った。
しばらくして、三人から返事が来た。
三人とも文章は違うけど、内容は同じだった。
つまり、来てくれるそうだ。
私は制服に着替えて、時間が来るまでテレビを見ていた。
もう流石にあきらちゃんの事件の報道はしていなかった。
私は途端に悲しくなった。あきらちゃんが生きていた痕跡が消えていくようで、むなしく感じた。
そして、四時。
私は学校の校内、二年四組で三人を待つつもりだった。
教室のドアを開けた。
そこにはあかねちゃんとひかりちゃん、阪本先輩がすでに居た。
「あ、りょーちん。久しぶりだね。元気そうではないけど、こうして会えて良かったよ」
そう言ってくれたのはひかりちゃんだった。
「人に心配かけて、ごめんなさいの一言は必要だと思うぞ?」
そう言いながらも笑顔で出迎えてくれたのは阪本先輩だった。
「それで、私たちに何の用なの?」
あかねちゃんは不思議そうに訊ねる。
三人とも普段の精神状態に戻っているようだ。
「そうだね。まずは心配かけたみたいで、ごめんなさい」
深く頭を下げると「うん。許す」と阪本先輩が手を振って答えた。
「三人にどうしても話したいことがあるの」
私は挨拶もほどほどに、単刀直入に話を切り出した。
「話って何かな? アッキーのことかな?」
ひかりちゃんが軽く言うと、私は「実はそうなんだ」と答えた。
「私、あきらちゃんを殺した犯人が分かった――」
言い終わる前に言えなくなる。
阪本先輩が私の首元を掴んでそのまま壁に叩きつけてきた。
「さ、阪本、先輩――」
「誰だ! 私の従姉妹を! あきらを殺したのは誰なんだ!」
見誤ったようだ。何が普段の精神状態だ。
少し触れてしまえば爆弾のように爆発してしまうって、どうして気づかなかったんだろうか?
「歩さん! 落ち着いて!」
「涼子を放すの! 離れて!」
阪本先輩を二人で引き離す。
「はあ、はあ、はあ」
やっと呼吸ができる。苦しかった。
「ごめん。私、ちょっと酷いよね……」
「いえ、いいんです」
咳き込んでしまったけど、気にしないことにした。
「涼子? 本当なの? あきらを殺した人が居るって」
「うん。本当。その証拠もある」
あかねちゃんの疑問に私が答えるとひかりちゃんは「誰か知ってるの?」と訊いてくる。
「うん、その話をするために、三人を呼んだの。さあ、移動しよう」
「……ここじゃ駄目なの?」
あかねちゃんが訝しげに訊いてくる。
「うん。哲学部の部室で説明する」
「……朝倉が犯人だって言うわけ?」
阪本先輩も不審げな顔をした。
「えーと、哲学部に行けば犯人が絶対分かるんです。信用してくれませんか?」
私のふわっとした言葉に三人は難色を示したけど、あかねちゃんが「じゃあ行くの」と言ってくれた。
「あーちゃん、本当に行くの?」
「ひかり、私は犯人が知りたいの。あきらにあんなことをした報いを受けさせたいの」
「私も行く。従姉妹を殺した犯人をなんとしても知りたい」
阪本先輩もそう言ったので、ひかりちゃんも「みんながそういうなら」と従ってくれた。
自分でも言うのもなんだけど、どうしてみんな疑いもせずに私の言葉を信じてくれたんだろう?
普通はひかりちゃんのような反応が正しいはずなのに。
それくらい、追い詰められているのかな?
それくらい、あきらちゃんが大切な存在だったのかな?
そう思うと、友達でいられたことに感謝する気持ちが芽生え始めた。
私は三人を連れて哲学部に向かった。その間、私たちは一言も話さなかった。
部室のドアの前で一応ノックをした。中から「入っていいよー」の声がする。
ドアを開けると、そこには朝倉くん以外に男性と女性が一人ずついた。
二人ともスーツを着ていた。男性は中年のおじさんでメガネをかけて、髪型はオールバック。背はすらりと高い。
女性は二十代前半のようで、モデルみたいにぱっつんとした髪型。
三人とも椅子に座っていた。
これが朝倉くんの言っていた――
「その人たち、誰なの?」
あかねちゃんが警戒しているのか声が厳しい。
「ああ、警察の人たちだよ、工藤さん」
朝倉くんが警察の人の代わりに答える。
「ぼくの考えを言ったら協力してくれたんだ。男性のほうは直江さん。女性のほうは大江さん」
「直江です。どうも」
「大江です。よろしくお願いします」
警察の人の挨拶に私たちは戸惑いながらも「よろしくお願いします」と返す。
「それで、朝倉だっけ? あんたはどうしてここにいるわけ? いや、あんたの部活だからいるのは当然だけどさ」
阪本先輩は不機嫌になってそう言った。
あかねちゃんもひかりちゃんも言葉にはしないけど、少し動揺している。
というか、警察の目の前でそんなことを言える阪本先輩のメンタルが強いわけで。
「それは、柿本さんを殺した犯人を、ぼくが知っているからですけど」
朝倉くんの言葉に、三人は息を飲んだ。
「そ、それって、本当なの?」
あかねちゃんが訊くと「だから、警察の人がいるんじゃない」と平気そうに答える。
「それに、警察の人を除いて、この中の五人に犯人がいるよ」
そう言った朝倉くんに阪本先輩は「なんだよ、探偵のつもりかよ」と吐き捨てた。
「悪いけど、警察の人もいる中でこういうこと言うのはどうかと思うけど、あんたが一番怪しいんだよ」
「私も、そう思う」
ひかりちゃんもおずおずと答えた。楽観的な性格のひかりちゃんでさえ、少しおとなしくなっている。
「アッキーが死んだのは、朝倉と揉めたからって噂もあるし」
「酷い噂だ。人権侵害だね。悲しくなるよ」
朝倉くんはまるで気にしないように言う。
「逆に訊くけど、みんなは犯人を知りたくないわけ?」
その言葉に、私たちは誰も口を出さなかった。
「知りたいに決まっているよね。大切な幼馴染、大切な友達、大切な従姉妹を失って、悔しくてしょうがないんでしょ? だったら聞いてほしい。誰が犯人かを」
朝倉くんの言葉に、みんなは黙ったままだった。
「それじゃあ、みんなの都合とかもあるし、さっさと始めようか」
朝倉くんはそう切り出した。
「これから始まるのはぼくの推測です。推理なんて高尚なものじゃない。かといって妄想でもない。真実に限りなく近い推測だということを認識して聞いてください」
朝倉くんは私たちの顔を見渡した。
「ぼくを含めて、五人の容疑者がいる。そして犯人はこの五人の中にいる。確実にね。それでは始めよう」
ようやく――朝倉くんは真相を語りだした。




