異常編⑤
「一つは自殺。一つは他殺。もう一つは誰かに協力してもらっての自殺。最後は複数犯による他殺。この四つに分類されるね」
「四つ……」
私は立てられた四つの指を見つめた。
「まず自殺は可能性としてはある。他の三つに比べれば薄いけどね。これなら話は簡単……ああ、ごめん。簡単というのはいけない表現だったね。本当にごめん。とにかく解決はできる。自殺の方法を知ることができればだけど」
まあそうだろう。しかし、中庭の中央に自分から飛び降りることが可能だろうか?
「二つ目は他殺。これも自殺と同じく方法さえ知ることができれば、解決できる」
「どうやって? トリックは犯人に直接関係ないでしょ?」
「罠をかける。今言えるのはそれだけだよ」
もったいぶるように言う朝倉くんに私は少し不安に思った。
「三つ目。これは犯人は自殺幇助の罪になるけど、追い詰めかたは二番目の他殺と同じだね。むしろ自殺幇助だから自白する可能性がある」
まあ殺人よりも刑は軽くなるのだから、理屈ではそうなるんだろうけど、それでも自白、もしくは自首するとは思えない。
「最後。これは厄介だけど、一人を特定すれば芋づる式に分かるから楽だ」
問題は、その最初の一人が分からないってことだけど。
「だけど、ずいぶん楽観的じゃないの? 簡単とか楽とか言ってるけど」
「まあね。これは言おうかどうか迷ったけど究極的にはぼく以外に人間が冤罪でも逮捕されればいいんだよ」
最低なことをさらりと言う。
「でもそれじゃあ駄目なんだ」
「駄目なのは朝倉くんの考え方だけど……でも一応聞いてあげる」
「ありがとう。真相を明らかにしないと――柿本さんが浮かばれない」
また朝倉くんは優しいことを言った。
「もし他殺だったら、柿本さんは浮かばれないと思う。嫌われていたぼくが言うのもなんだけど、それでも可哀想だと思うんだ」
その気持ちは、よく分かる。
私も、あきらちゃんの友達として、はっきりさせたいのだ。
だから私は、ここにいる。
「浅井さんは魂とか信じている?」
朝倉くんは唐突に訊ねてきた。
「どうだろ? あったら素敵だなって思うくらいかな?」
「素敵? メルヘン的な意味で?」
「うーん、それもあるけど、死んだらそれでおしまいって、なんだか夢がないじゃん」
魂があって、他の人間に生まれ変わる。
確か、仏教の輪廻転生だっけ。
「ここに居たって証が魂とかに刻まれていたら素敵だと思うよ」
「魂に刻む、か……いい表現だね」
「朝倉くんは信じているの?」
「うん。信じているよ」
一瞬だけ、悲しい顔をした、気がした。
「哲学を学ぶ人間としたら、永劫回帰を信じなきゃいけないだろうけど、同じ人生を繰り返すのは楽しくもなんともないからね」
永劫回帰とは同じ経験や人生を繰り返し行なうというニーチェの思想である。さっき朝倉くんの借りた本に載っていたので、記憶力のない私でも覚えていた。
「朝倉くんは繰り返すのが嫌いなんだね」
「うん。嫌いだ。嫌で嫌でしょうがない」
朝倉くんは本当に嫌そうな顔をした。
「だから、どうにかならないのかって、いつも考えている」
「…………」
「徒労だけどね」
そう言って、朝倉くんは目を閉じた。
そうして、しばらく沈黙が続いた。
「……証拠も見つからないし、そろそろ戻らない?」
四月とはいえ、夜は冬のように寒い。
気づけばもう十二時近い。ということは日が跨いでしまう。
「時間はまだあるんだから、今日は引き上げようよ。こんだけ探したんだから、証拠は別の場所に――」
「今、なんて言った?」
朝倉くんは真面目な顔で私を見つめた。
「えっ? ど、どうしたの――」
「浅井さん、今、なんて言ったの?」
私は何か不味いことを言ったんじゃないかと、ドキドキした。
「えと、今日は引き上げて、別のところに証拠があるんじゃないかなって――」
「それだ! ナイスだよ浅井さん!」
朝倉くんは立ち上がると中庭のほうへ走っていく。
「どうしたの朝倉くん!」
私は急いで追いかけた。まるで飛び降りそうな勢いだった。
朝倉くんはフェンスの前で中庭を隈なく見ていた。
「もしかすると、だけど、難しい、いや、でも、ひょっとすると――」
かなり興奮して、傍目から見ると狂人そのものだった。
「あ、朝倉くん? 何か分かった――」
「浅井さん、中庭に行こう! 急ごう!」
朝倉くんは早足で屋上の出入り口に向かう。
私も、何がなんだか分からないまま、朝倉くんの後を追った。
屋上の鍵を施錠し、教科棟の一階から中庭へ直接出た。
出たといっても窓を開けて、そこから出た。ドアは鍵がかかっていて開かなかったから。
中庭へ行くと朝倉くんはあきらちゃんが倒れていた場所を素通りした。
「朝倉くん! 倒れていたのはそこじゃなくて――」
「そこじゃない、ポプラだ!」
朝倉くんは真っ先に中庭の奥のほうに植えてある、ポプラの木を目指した。
ポプラの木は三メートルくらいの大きな木だ。それが五つぐらい間隔を開けて植えてあった。
朝倉くんはポプラの根元を、スマホの光を照らしながら確認していく。
「そんなところに証拠なんて――」
「あった! あったよ!」
えっ? 証拠があったの?
私も覗くと、根元には何か紐状の傷がつけられていた。
「なんだろう? これは紐かな?」
「いや、ロープだね」
朝倉くんは断言すると、今度は何も言わずにさっさと教科棟の中に入っていく。
「ちょっと、待ってよ!」
私と朝倉くんの歩幅はそう変わらないけど、そんなに早足で歩かれると追いつくのがしんどく感じる。
朝倉くんは何も言わずに階段を昇っていく。
私は疑問に思いながら着いていく。
「浅井さん、一緒に来てくれるかな?」
四階まで一気に駆け上がったので、息が切れてしまったけど「うん、いいよ……」と答えてしまった。
朝倉くんは四階の窓を開けて、外に出た。
「えっ? そこって――」
一瞬飛び降りたと思ったけど、窓の下は渡り廊下だった。
二つあるうちの、三階につけられた、渡り廊下の上に飛び乗ったのだった。
「浅井さん、気をつけて来てね」
朝倉くんはそのまま歩いていく。
渡り廊下の上には手すりはなく、結構高さもあるので怖かった。
「朝倉くん、ここに証拠なんてあるの? さっきから説明もしないで、どうしてそんな――」
「浅井さん、これ見てよ」
そう言われたので、文句をやめて見てみる。
ここにもロープの跡があった。
くっきりと黒い跡が残っていた。
「朝倉くん。これが証拠なの?」
「ああ、これで証拠が揃った。後は犯人を当てるだけ。そして犯人は隠しきれない証拠を持っている」
朝倉くんはホッとした顔でこう言った。
「これで、柿本さんの魂も、安らかに眠れるね」
「ねえ。朝倉くん。さっぱり分からないよ」
ポプラの木と渡り廊下の上のロープの跡。
それとあきらちゃんの死にどう関わってくるのか、理解できなかった。
「まずは一度、哲学部に戻ろう。考えをまとめたい」
私の疑問を解消しようとはせずに、一方的に言い出す朝倉くん。
「あのさ、そんなに慌てても本当かどうか分からないよ? 説明してよ」
「待って。必ず説明するから」
そう言われても納得はできない。
しかし、ちゃんとした説明が今の興奮した朝倉くんにできるとは思えない。なので朝倉くんの提案に乗って、私たちは一度、哲学部部室に戻ることにした。
だけど戻ってもなかなか話を始めようとはしなかった。うろうろとうろつき回り、せわしくなく髪の毛を弄り、まるで研究に行き詰った学者のような有様だった。
やっぱり変人なんだなあと思った。
ようやく落ち着いたのは十分後。
「ごめん。やっと考えがまとまった」
朝倉くんは謝りつつも興奮を隠せないようだった。
「トリックは分かったんだ。間違いない。これで犯人を特定できるよ」
「それは分かったよ。じゃあトリックを説明してよ」
私は気になって仕方がなかった。
あきらちゃんを殺した犯人につながるのだから、もしかすると、朝倉くん以上に落ち着きがないのかも。
「うん。それじゃあ説明するね――」
「その前に座りなよ」
「ああ、ごめんごめん」
それから語られた、朝倉くんの推理は、私の想像を遥かに超えていた。
「それって本当にできるのかな?」
「成功率は低いけど、できなくはないと思う。現に成功したからこそ、柿本さんは死んだんだから」
「まあそうだけど……」
そんな大掛かりな仕掛けかつ自分にも影響があるトリックを行なうのは、普通に殺すほうが大変じゃあないかな。
「どうして犯人は、そんな殺し方をしたのかな?」
私が訊くと朝倉くんは「そこが分からないんだ」と答えた。
「計画的のような、それでいて突拍子もないような、なんて言ったほうがいいのか分からない。いや、幼稚と言ってほうが的を射ているかもね」
まあ、本人に訊くしかないよと朝倉くんは背もたれに身を預けた。
「動機も分からないから犯人に訊こう。そうしよう」
「なんだか適当になっていない?」
「だって、トリックが分かったんだから、いいじゃない」
朝倉くんって躁病なのかなと思うくらい、テンションが高くなっている。
「警察も分からなかったことを高校生が解けたんだよ? すごくない?」
「多分、警察は分かっていたのかもしれないよ」
私のこの言葉に朝倉くんの顔はクエスチョンマークで一杯になった。
「それって、どういうことかな?」
「分かっていたけど、さっき朝倉くんも言ったように、まるで子供が考えたような幼稚なトリックだからだよ」
私は少しだけ怒りを覚えた。
「そんな幼稚な考えで人を殺すなんて、許せないよ。人の命をなんだって思っているのか……」
「気持ちは分かるよ」
「分かるだけで共感していないでしょ」
「……そんなことないよ」
朝倉くんの様子を見て、やっぱりわかっていなかったんだと思った。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「だから、朝倉くん、トリックが分かったんだから、警察に知らせるの?」
私の言葉に、朝倉くんはにやりと笑った。
「うん。せっかくだから、推理を聞いてもらおうよ」
朝倉くんの言葉に、私は何か企んでいるなあとぼんやり思った。
「それと、浅井さんに頼みたいことがあるんだ」
朝倉くんの頼みか。聞きたくないけど、あきらちゃんの為だから聞くことにした。
「なあに? 言ってみて」
「簡単なことだよ」
朝倉くんは言った。
まるで推理小説には必須だと言わんばかりにこう言った。
「容疑者の三人、阪本歩、工藤あかね、山城ひかりをこの哲学部に呼んできて」
それは――この学校において、最大難度を意味していた。
私はすぐに「いいよ」と答えられなかった。
さて。
阪本歩。
工藤あかね。
山城ひかり。
朝倉哲也。
浅井涼子。
一体犯人は誰なんだろうか?




