異常編④
飛び降り死体という言葉で、私はあきらちゃんの死体を思い出した。
思い出したといっても、もやがかかって鮮明ではないけど。
「屋上なら警察も調べたんじゃないの?」
「うん。ぼくは警察の資料を見たわけじゃないけど、どうやら謎があるらしいよ」
朝倉くんは真っ暗な廊下をずんずんと歩いていく。蛍光灯と月明かりが照らすだけで、光もなくて足元もおぼつかない道をよく怖くもなく行けると思う。
「謎? トリックってことかな?」
「なんて言ってもいいさ。浅井さんは直接死体を見たんでしょ?」
容赦のない言葉。私は「そうだけど……」と答えた。
「死体はどうだった?」
「……思い出したくない」
「ああ、違う。死体の位置を聞きたかったんだよ」
「位置って……」
「死体の位置は通常棟寄りか教科棟寄りか、どっちだった?」
どっちだっけ? 私はなけなしの記憶力を動員して、必死に思い出す。
「確か、教科棟寄りだったけど、ほとんど真ん中だった」
そう。中庭の中央に、あきらちゃんの死体があった。
「それのどこがおかしいの?」
「中庭は狭くない。一番高い教科棟から飛び降りたとしても中庭の真ん中に落ちたりはしないんだよ」
あ、そういえばそうだ。
「だから屋上に行って、調べるんだよ。本当にそこから飛び降りたのかをね」
「でもさ、そんなの分かっても、犯人が誰だか分からないよ。証拠があるなら別だけど」
そうなのだ。いくらトリックを暴いたところで、それが犯人に直接関わっているとは思えない。
「確かにアリバイ工作の為にトリックを使うのは推理小説で読んだことはあるけど、容疑者のアリバイが全員成立していないから無意味だというのはよく分かるよ」
回りくどい言い方だが、つまりはこうだ。
アリバイを作る為にトリックを考えるのは分かるが、トリックの為にアリバイを無視するということはありえない。
本末転倒という四字熟語が似つかわしい。
「だからトリックを明らかにしても、特に進展しないんじゃないのかな?」
「それでも、犯人にプレッシャーをかけられるし、なにより説得ができる」
「説得? 犯人を?」
「いや、その逆」
朝倉くんは思わせぶりなことを言ったちょうどに屋上のドアに到着した。
なので追求できずに会話は終わってしまった。
「これからどうするの? 鍵がないと開けられないよ」
「それもトリックの一つさ」
朝倉くんは立ち止まって説明を続ける。
「柿本さんの衣服に屋上の鍵はなかった。それと屋上の鍵はしっかりと保管されていた」
「……じゃあどうやって開けたの?」
「多分、それで他殺に絞って警察は捜査しているみたいだ。だからぼくも疑われている」
そう言いながら、学生服のポケットから、朝倉くんは鍵を取り出した。
「それって、屋上の鍵!? どうやって手に入れたの!?」
大声が出そうになるのをこらえて、早口で問い詰める。
「ああ、一年のときに合鍵を作っておいたんだ」
「あの、疑いたくないけど、朝倉くんが犯人じゃないよね?」
鍵を持っている朝倉くんが疑わしく感じてくる。
「だとしたら、この鍵を柿本さんの衣服に紛れ込ませるよ。そうすれば自殺に見せかけられる」
「その鍵から特定されるんじゃないの?」
「ああ、そうだね。でも尚更屋上から落とすことはしないんじゃない? 第一、こんな面倒な真似するくらいだったら、刺殺なり撲殺するなりすればいいんだよ」
そうかな……? 朝倉くんの性格だと、こういうことしそうな感じがする。自分に得のないことを勢いでしそうな危うさがあるし。
「それより、早く調べよう。ぼやぼやしていたら朝になってしまう」
そう言って、朝倉くんは屋上の鍵を開けた。そしてドアを開ける。
屋上に入ると満天の星空が私を出迎えてくれた――なんてことはなかった。
月が眩しすぎて、星が見えない。それに少し曇っているようだ。
「これじゃあ天体観測はできないね。する気も無いけど」
朝倉くんは伸びをして身体をほぐした。
私は初めて屋上に来たのでキョロキョロと辺りを見回してしまう。
周りをフェンスで囲っている。フェンスの高さは私の背と同じくらい。よじ登ろうと思えば登れるだろうけど、したくはない。
給水タンクが二つあって、近くには天体ドームの上体部がある。
なんてことのない平凡そのものの屋上だ。
「ほら見てごらん。浅井さん。これじゃあますますあの位置に飛び降りるのは無理だ」
朝倉くんは中庭の方向のフェンスを指差した。
「別に変わったところはないけど」
「屋上の床とフェンスの間が狭いだろう? これじゃあ助走できないし、普通に飛び降りても教科棟に近いから、ベランダに当たってしまうんだよ」
よく考えれば分かることだった。そういえば、あきらちゃんは私に『観察が足りないから失敗するのよ』と言っていたっけ。
もうあの小言が聞けないと思うと、寂しく感じる。
「浅井さん、何かあったら教えてよ。ぼくも分かったら教えるから」
「ちょっと気になったことがあるんだけど」
私は今更ながら気づいたことを言った。
「この学校、公立だから警備員とかいないじゃん」
「まあ用務員さんはいるけど」
「だけど見回りの先生とか居たりしない? 私たちがこんなことしているってバレたら停学じゃあ済まないよ?」
本当に今更なことに気づく、自分の頭の悪さに嫌気が差す。
「大丈夫。誰もいないよ。まあ警備員や見回りの先生がいないから、事件が起こったってわけだけど」
「それじゃあもしかすると、あきらちゃんは死ななかった可能性があったわけ?」
「あるいは殺されなかった可能性があったかもね」
そう考えてしまうとやるせない気持ちになってくる。
もしも。
もしも警備員さんが居たら。
もしも見回りの先生が居たら。
そもそもこの学校に入学しなければ、あきらちゃんは今でも笑っていられたのかな?
「朝倉くん。もしも――」
「浅井さん、もしもなんて言い続けても、柿本さんは生き返ったりしないよ」
厳しい声。いつもの朝倉くんと違った声色だった。
「もしもなんてことがありえたら、人類は進歩することはなかったと思うね。願望は人間を強くするけど、弱くもするんだ。それを認識したほうがいい」
「朝倉くん……?」
「……ごめん。言い過ぎたのかもね」
どうしたんだろう? 真相が分からなくて苛々してるのかな?
それから私たちは何か痕跡がないか調べることにした。だけど時間が経っても、結局は分からずじまいだった。
「駄目だな。どうしても分からない」
朝倉くんはその場に座り込んでしまった。
「さっきまでの自信はどうなったの?」
私もスカートが皺にならないように折りたたんで座る。
「ていうか分かっていたはずでしょ? 警察が分からないことが、私たちみたいな高校生に分かるはずがなかったんだよ」
「いや、もう少しで分かりそうなんだけどなあ」
「うん? 何がわかったっていうの?」
「柿本さんはここから突き落とされたんじゃないってことさ。それが収穫といえば収穫かな」
それは私でも分かることだった。
「自殺ではないってことが分かれば、後はぼくたち五人の中から犯人を突き止めればいんだけど」
「自殺の可能性があったの?」
「うーん、そうだね。順を追って話そうか」
朝倉くんは指を立てながら説明を始める――




