異常編③
始まったといっても、すぐに捜査を行なったわけではない。
私たちは待たなければいけなかった。
なぜなら生徒や先生が居る中で、堂々と探偵の真似事ができるわけがないのだ。
片方は容疑者、もう片方は原因となった生徒。怪しく思われるに決まっている。
だから、生徒と先生が完全にいなくなる、午後九時まで、私たちは哲学部に引きこもった。
途中で暗くなったのだけど、電気は点けずにスマホの明かりで本を読んだり、ゲームしたりした。
本といえば朝倉くんの言ったように、哲学部には本がたくさんあり、それらは朝倉くんの私物らしい。
そのせいか、私は少し哲学と哲学者に詳しくなった。
まあプラトンとアリストテレスの違い程度の知識量だけど。
「ところでさ、朝倉くんは目星があるの?」
もうすぐ夜の九時になろうかという時刻。
私は訊きたくてたまらなかったことを訊いてみた。
「目星? ああ、犯人のことかな?」
朝倉くんは本から目を離して、姿勢を正した。
「ぼくの知る限り、アリバイがなくて、怪しいのは五人いるよ」
「……もう五人も絞れたの?」
千人近い生徒の中からよくもそう絞れたのか。これはちょっと驚きだった。
「柿本さんって意外と交友関係が狭いからね。それに、調理部の生徒は除外できたのはラッキーだった」
「どうして、調理部の生徒を除外したの?」
そもそも、朝倉くんがあきらちゃんの所属していた部活を知っているのだろうか?
「調理部の生徒は犯行時刻――死亡時刻と言い換えた方がいいか。ともかくその時刻は全員アリバイがあったんだ。まあ元々十人ほどしかいない部活だったから、確率としては有り得るんだけど」
「朝倉くん、誰に訊いたの? それ」
「ああ、取調べをした刑事さんから教えてもらったんだ。『調理部の生徒を疑ったほうがいいんじゃないですか?』って言ったら『全員アリバイがある』って答えてくれたよ」
なんて口の軽い刑事さんなんだろう。
税金を払っているんだからしっかりしてほしいと思った。
私は未成年だから税金払ってないけど。
「というわけで調理部の部員は無視していいんだ。それに、アリバイがなくて何らかの交流があったのは五人。そうぼくは認識している」
五人か……多いのか少ないのか分からないけど、千人と比べたら圧倒的に少ないんだろう。
「疑問に思ったんだけど、どうして柿本さんって友達が少ないのかな? 結構フレンドリーなイメージがあったんだけど」
「あきらちゃんは結構人見知りだからね」
あきらちゃんの友達は調理部の生徒を入れなければ、あかねちゃん、ひかりちゃん、そして私だけ。
そして高校からの友達は私だけだ。
だけど、高校はどこか排他的なところがあるから、友達を作るのは中学と比べて難易度が高いところがある。
「ふうん。そうなんだ。だから友達に危害を加えられると思ったら、あんなに恐くなったんだね。なるほどなるほど」
「ところでさ、怪しい五人って一体誰のことなのかな?」
さっきから気になって仕方がなかった。私の知っている人がいるかもしれないとなんとなく気づき始めていたこともあったから。
「その前に訊きたいんだけど」
朝倉くんは何気ない態度で私に訊いた。
「柿本さんの死亡時刻、浅井さんは何をしていた?」
「……いや、死亡時刻なんて私知らないし……」
ニュースでも規制がかけられているのか、報道されていない。
「えっとね、これは取り調べのとき訊いたんだけど、午後九時時から午後十一時の間なんだけど」
「ああ、それだったら、家で寝ていたと思うけど」
「そう。証明できる人は?」
「……私の両親は共働きで、その時間は二人とも会社に居て――」
「証明、できないんだね」
「……うん。あのさ、もしかして、私も五人の中に入っているのかな?」
「そうだよ。五人の中にいるよ」
あっさりと朝倉くんは言った。
「アリバイがないのともう一つ、刑事さんにぼくを庇うようなこといったでしょ」
「……言ったかも」
「共犯だって疑われているよ?」
「……本当?」
だけど不思議と庇わなければ良かったとは思わなかった。
「そして、ぼくも五人の中に入っている」
朝倉くんはまるで天気の話をするようにさりげなく言った。
「どうして自分も入れているのかな?」
「もちろんぼくはぼくが犯人ではないと知っている。だけど、浅井さんと同じくらい疑われている事実を認識しておかないといけないんだ。だから一応、ぼくも容疑者に入れている」
変わった平等主義だと思う。しかし自分が疑われていることを確認するのは決して悪いことではない。
そもそも、探偵もどきをするって決めたのは、朝倉くんが疑われているからである。
「じゃあさ、もう残りの三人教えてくれないかな? 気になって集中できないから」
何に集中すればいいのか、分からないけど頭脳労働であることは間違いない。
「ああ、教えるよ。浅井さんも知っているひとだけどね」
そう前置きしておいて、朝倉くんはなんでもないように言う。
「アリバイのない生徒で柿本さんに近しい人物。阪本歩、工藤あかね、山城ひかり。この三人が怪しいと睨んでいる」
文学部部長、阪本歩。
写真部部員、工藤あかね。
天文部部員、山城ひかり。
私の先輩と友達たち。
私はここで怒るべきだったのかもしれない。ただでさえ友達が殺されているのに、その友達を殺した犯人を見つけようと遊び半分かつゲーム感覚で楽しんでいる朝倉くんに怒りを覚えるべきだったのかもしれない。
だけど、容疑者を聞いた瞬間に納得してしまった自分が居た。
この三人なら、可能性はあると。
「……どうして、そう思うの?」
「あれ? 道徳的な一言でもあるのかなと覚悟していたんだけど、否定しないんだ」
ここで朝倉くんは疑問という言葉ではなく、否定という言葉を使った。
すなわちそれは、私が心の中で認めてしまったと、肯定してしまったと判断されてしまったのと同じだった。
「全然知らない人が通り魔的に殺すよりも可能性はあるでしょ」
「まあそういう考え方もあるよね」
「それより動機とか証拠とかあるの?」
「動機は分からないし証拠はこれから探す。とにかく、この五人の中に犯人はいるんだと思うんだ」
朝倉くんは断言した。何も考えていないようで、その実、深く考えているようだ。
「世界にこの五人しかいないってわけじゃない。他のアリバイのない生徒が殺したのかもしれないし、そもそも自殺かもしれない。分からないことだらけだけど、それでも犯人を捕まえなければいけないんだ」
「まあ、朝倉くんのこれからの学園生活の為にも頑張らないといけないね」
「何言っているの? 一番は柿本さんの為だよ」
不意にそんなことを言うので、私は耳を疑った。
「あきらちゃんとは、ケンカしていたんじゃないの?」
「ケンカじゃないよ。一方的に殴られただけだし。それに――」
朝倉くんは目を伏せて、悲しそうに言った。
「なんだか可哀想じゃん。たかだか十六年ぐらいしか生きていなかったんでしょ? これからが人生の楽しいときなのに」
朝倉くんは変わっていると思った。実際、死人が出ているのに、それを楽しそうに犯人当てなんかしたと思ったら、今言ったように人間的な感性を持っていた。
本当の朝倉くんはどれなんだろう?
「それじゃあ、しんみりしたところで、早速出かけようか」
わざと明るく言って朝倉くんは立ち上がった。私も同じように立つ。
「どこへ行くの? 中庭?」
「中庭は綺麗に清掃されていて、証拠もないよ。それよりも屋上に行こう」
「どうして屋上へ行くのさ」
「愚問だね、それは」
朝倉くんは教室のドアを開けた。
「飛び降り死体なんだから、屋上から調べるのはセオリーでしょ」




