異常編②
それで一週間。
私は自宅に引きこもって、何をするわけでもなく、ぼーっと過ごした。
ベッドに寝て、何も考えず、ぼんやりと暮らした。
何かを思えば、あきらちゃんのことを思い出してしまうから。
だから、あきらちゃんの葬式も出ることもなく、勝手に休んでばかりいた。
そんな私を両親は放任していた。
「来週の月曜日には、学校に行きなさい」
そう言い残して、お母さんは仕事に行ってしまう。
お父さんは何も言わなかった。
私の家は共働きだから、落ち込んでいる私なんて構う暇はなかったのだ。
そうしてあきらちゃんが死んで一週間後の木曜日。
その日までの記憶はほとんど蓄積されていないけど、私はようやく、いつもの思考を取り戻すことができた。
そして――その日を見計らったように、こんなラインが届いた。
私はいつものように何も考えずにただテレビを見ていた。
時刻は確か、五時三十七分。
夕方のニュースを見ていたときだった。
スマホの着信音が鳴り、私は緩慢な動きで、宛て先を見ると、そこには『朝倉哲也』の文字が書いてあった。
内容は『至急話したいことがあるので、明日哲学部の部室まで来てください』という短いもの。
私は、なぜこんなタイミングで来たんだろうと疑問に思い、そして時刻が記されていないことにも疑問に思った。
私はそのラインに『分かりました』と短く返信して、それからベッドに横たわった。
「何の用事だろう。まあ、絶対アレだろうなあ」
声に出しても返してくれる人はいなかった。
それにどこかかすれ声になっている。当たり前だ。なにせ一週間も誰とも喋っていないのだから。
そして、翌日。
私は九時半に学校に到着して、その足で哲学部へ向かった。
その時間帯は一時間目をしている最中だから誰にも会う可能性はなかった。
たまに見回りの先生がいるらしいけど、運よく会わずに部室まで行くことができた。
手書きで書かれた『哲学部』の文字。
私はノックせずに中に入った。
そこには、やはりと言うべきか、朝倉くんが本を読みながら、椅子に座っていた。
「ああ、浅井さん。久しぶり。やっと来られるまで回復したんだね」
朝倉くんは笑顔で私を迎えた。
「朝倉くん……久しぶり」
私は朝倉くんと向かい合うように座った。
「八日ぶりだけど、元気そうで何よりだよ」
「元気に、見えるかな?」
「見た目はね。精神的にはどうか知らないけど」
「……うん、そうだね」
朝倉くんはどう思っているんだろう。
ケンカした相手が次の日に死んだという事実をどう受け止めているんだろうか。
「朝倉くんは元気そうだね」
「うん? まあ、元気というか――」
「ねえ、訊いていいかな?」
私は朝倉くんに訊きたくて仕方がないことを質問した。
「朝倉くんがあきらちゃんを殺したの?」
「…………」
朝倉くんは黙ったまま、答えなかった。
私がこの学校に来たのは、これを訊くためだった。
「私は友達を疑いたくない。むしろ信じたいと思うの。だから正直に心を偽ることなく答えてほしいの。あきらちゃんを殺したのは、朝倉くんじゃないよね」
私の言葉に、朝倉くんは真剣な顔になって言った。
「違う。殺してなんかいないよ」
その言葉をどれくらい信じたらいいのか分からない。
けれど違うって答えてくれたことを私は信じたい。
「そっか。安心したよ」
「逆に訊くけど、浅井さんが殺したわけじゃないよね?」
朝倉くんの問いに私は「うん。殺していないよ」と言った。
「友達を殺すなんてしないよ私は」
「友達だからこそ、殺す動機につながると思うけど。まあそれはいいや」
朝倉くんは本を机の中に仕舞った。
「信じないと話が進まない。さて、ぼくは学校に来るのは今日が久しぶりだけど、浅井さんはいつから学校に来ているの?」
「私は今日から来ているよ」
「そうなんだ。辛いだろうけど、よく来てくれたね」
「朝倉くんはどうして学校を休んだの?」
「正確には来られなかったんだ」
来られなかった? どういうことだろう?
「警察で事情聴取されていた。だから学校を休んでいたんだ」
「一週間も警察に居たの!?」
それは大変だと思った。私なら心身が持たない。
「いや、一週間連続じゃなくて、四回ぐらいかな。土日はなくて、金曜日と月曜日と火曜日と水曜日。余程訊きたいことがあったんだろうね」
「普通、一回で終わりじゃないの?」
「黙秘していたからね」
それって、ますます怪しまれると思うけど……
「だって、横柄で偉そうだったから。答えるのが国民の義務みたいな態度だったし」
国家権力に逆らうなんて、意外と我が強いのかもしれない。
いや、強くなければ一人で哲学部なんて創らないか。
「浅井さんみたいに信じてくれればいいんだけどね。まあ前日に諍いを起こしたんだから仕方ないけど」
「だったら、もっと協力的にすればいいんじゃない?」
「なんか負けた気がするからやだ」
勝ち負けの問題だろうか?
「それで、どうして私を呼んだの?」
そろそろ本題に入りたい。私は朝倉くんに呼ばれて、ここに来たのだ。
「そうそう。困ったことになっているんだ」
朝倉くんはうんざりとした表情を見せた。
「昨日、やっと学校に来れたんだ。午後からだけどね。だけど、クラスに入った瞬間に、みんなの視線がぼくに突き刺さるんだ。まるでぼくが犯人みたいに」
それは――仕方がないと思った。
元々、疑惑の人間だったのに、殺人事件に関わっているとしたら、かなり疑わしいと思うだろう。
「ぼくは以前からそんな視線を浴びるのを慣れていたんだけど、それでも殺人犯だと思われながら生活していくのは、メンタルが持たないよ」
そう言うと、落ち込んだように肩を落とした。
なんだか可哀想だ。
「それで、授業も受けずに哲学部に引きこもっているのかな?」
「そう。幸い、本はたくさんあるから飽きることはないんだけど、いつまでも引きこもっているわけにはいけないからね。だって、学校は授業を受けるためにあるんだから」
それだとすると、ますます不可解だ。
なんで私を呼んだのかが理解できない。
もしかして、話相手に呼んだのだろうか?
「もしかして、また助産術をやる気なの?」
「やってもいいけど、しばらくはやる気は起きないな。人が死んでいるのに産婆さんの真似事なんてできないよ」
「じゃあ、なんで私を呼びつけたの?」
朝倉くんは首に手をやって、軽く揉んだ。
「協力してくれそうなのは、浅井さんぐらいしかいないんだよ。ほら、ぼくって友達少ないし」
「協力? 何に協力すればいいの?」
「ぼくはね、他人からどう思われようが構わないんだ」
朝倉くんは私の質問を無視して語りだす。
「だけど、今の状況は不味い。殺人犯だと思われたまま生活していったら、確実に暴力を振るわれる。その可能性がある」
「……そうだろうね」
特にあかねちゃんやひかりちゃんが暴力を振るいそうだ。
「ぼくは暴力が嫌いだ。痛いし苦しいし。それに自分が惨めに思えてくる。だから――嫌なんだ」
朝倉くんの過去は知らないけど、以前どこかで暴力を受けたことがあるのだろうか。
「この状況を打破するためには、二つ手段がある。一つは犯人が逮捕されること」
「まあ妥当だね。犯人が逮捕されれば、朝倉くんは犯人じゃないって証明される」
だけど、一週間経っても逮捕されないのだとしたら、いつになるか分からない。
「警察は優秀だけど、ぼくを第一容疑者だと断定している点であまり賢くないんだと思うな」
朝倉くんは警察を非難すると、私の目を見つめてきた。
「なに? 私になんかあるの?」
「ここで問題です。もう一つの方法とは一体なんでしょう?」
もう一つの方法? なんだろう?
「ヒントは浅井さんも手伝えることです」
「うーん、よく分からないなあ」
「もう。鈍いなあ。もう答えが出ているのに」
そんなこと言ったって、分からないことは分からない。
「駄目。降参。教えてくれない?」
「そう。じゃあ答えを言うよ!」
朝倉くんは両手をこうもりのように広げて満面の笑顔で言った。
「ぼくが、ぼくたちが、犯人を捕まえて、警察に突き出せばいいんだよ!」
「……はあ?」
訳が分からない。
「だから犯人を捕まえれば、ぼくの冤罪も晴れて、大手を振って、学校に居られるじゃない!」
私はなんだか頭が痛くなってきた。
「そんな簡単に――」
「できるよ。ぼくに任せて!」
朝倉くんはにこにこ笑っている。
「さあ、一緒に頑張ろう!」
こうして朝倉くんと私の初めての捜査が始まった。
名探偵ではない、そもそも探偵ですらない、哲学者の謎解きが始まったのだった。




