異常編①
そして翌日。
今日はまだ木曜日だと思うと気が重い。
先生に黙って帰ってしまったし、あきらちゃんとはケンカしちゃったし、朝倉くんのことも気にかかるし。
ぶっちゃけ、学校に行きたくない。
だけど、行かない選択肢はなかった。
いや、仮病を使う選択肢もなくはなかったのだけど。
あきらちゃんと、きちんとお話したい。
ラインや電話じゃなくて、直接話し合いたい。
ちゃんと向き合いたいと思った。
だからいつも通り、電車に乗って、いつも通り通学路を歩いた。
昨日の出来事を払拭できていないけど、というより空元気だったけど、それでも繰り返せば本当の元気になれるから。
せめて、前を向いて歩こう。
そう思って、真っ直ぐ進んだ。
だけど、おかしなことがあった。
さっきからパトカーのサイレンの音が近づいてくるような……
いや、私が近づいているのかな?
何か嫌な予感がした。
悪寒と言ってもいい。
私は自然と早足になった。
周りの生徒も、異変を感じたようで、ひそひそ声が大きくなる。
異変の正体が分かった。
私の通う高校、不動尊高校の校門の前にパトカーが数台止まっていて。
警察官も生徒もそれとまったく関係のない人もたくさんいて。
それで、黄色い、立ち入り禁止と書かれたテープで区切られていた。
「なに、これ……」
私は急いで近づいた。もうほとんど走っている。
人垣をかき分け進み、ようやく最前列についた。
「あの! 何かあったんですか!?」
近くに居た警察官のおじさんに訊ねる。
「ああ、君はここの生徒? ちょっと事件があってね。それで――」
「事件……? 事件って何が――」
「それはまだ言えないな……ああ、ごめん、せっかく登校してきたのは申し訳ないけど、一旦帰ってくれるかな――」
「学校の、どこですか?」
「どこって――校舎の間の、いや、言えないな」
校舎の間――中庭だ!
私はテープの下を潜り抜けて、校門をできうる限り早く通った。
「おい、君――」
「ごめんなさい!」
私は校内に入ると中庭を目指した。
通常棟を迂回して、教科棟との間に中庭はある。
後先考えずに、走り続ける。
警察官の人たちが私を追いかける。
構うものか。後で怒られればいい。
カバンもいつの間にかどっかいってしまった。
そんなこと、どうでもいい。
今は、確認することが重要だ。
信じたくないし見たくもないけど。
確認しなければ。
中庭にはたくさんの警察官や刑事さんがたくさんいた。
そして、中庭の中央に、大量の血だまりの中に、それがあった。
私と距離があったけど、見間違えるはずはなかった。
「こら! 見ては駄目だ!」
追いついてきた警察官の人が私に右手で目隠しをした。
その隙間からもよく見えた。
二度見てしまえばわかってしまった。
だって、そうだろう?
一年間、一緒に授業を受けたりしていたのだから。
間違えるわけがない。
私の友達、柿本あきらの飛び降り死体を見間違えるはずがなかったのだ。
便利な言葉を使ってしまえば、あきらちゃんの死体を見てからの記憶はなくなっている。
覚えていない。
記憶力が欠如している私だけど、大切なことや嫌なことは忘れたりしない。
だけど、忘れてしまった。
あきらちゃんの死体がどんな様子だったかも忘れてしまった。
あまりにもグロテスク過ぎて、ショックを受けて、記憶に留めておけなかったのかもしれない。
昨日まで生きていた友達の死体という現実が脳に負担をかけていて、そのせいで記憶ができなくなったのかもしれなかった。
要するに一切覚えていない。
気がついたら、自宅のベットで寝ていた。
どうやって帰ってきたのかさえ、分からない。帰巣本能で帰ってきたのかもしれない。
さっきから『かもしれない』という言葉を多用しているのは記憶があやふやだからだ。
ひょっとしたら、あきらちゃんが死んだことも、私の記憶違いの可能性がある。
そう思ってテレビを点けると、ニュースで私たちの学校、不動尊高校の事件がどのチャンネルでもやっていた。
まるでそれ以外のニュースがないとでも言うように、連日報道されていた。
なぜ連日報道されているのかと言うと、自殺か他殺か判明されていないからだ。
つまりは犯人も捕まっていない。
もし他殺だとすればだけど。
警察が捜査しているけど、未だに目星はついていない。
警察の内部事情を知っているわけではないけど、そう報道されている。
日本の警察は優秀なはずなのに、なぜ捕まえられないんだろう。
心の中が苛々する。
警察といえば、私の家に警察官が二人やってきた。
あきらちゃんが死んで二日後のことだった。
「柿本さんが亡くなった前日、あなたは何か揉めていたらしいですね」
中年の男性とまだ若い男性の二組。そのうちの中年のほうが私に訊いてきた。
「揉めていたというか、私がケンカしたわけでないんですけど、原因は私にあります」
「それはどういう意味ですか?」
今度は若い人が訊ねた。
二人の名前は分からない。聞いたけどすぐに忘れてしまった。
「えっと、あきらちゃん――柿本さんと朝倉くんが私を取り合ったというか、詳しく説明すると長くなるんですけど」
「そうですか。ではゆっくりでいいので、落ち着いて話してください」
余程、動揺していたみたいだ。
私はあきらちゃんと朝倉くんのケンカの原因を隠すことなく言った。
途中、質問はされたけど、なんとか答えられて、説明を終えることができた。
「朝倉哲也、ですか……」
中年の男性は苦い顔をして、こんな質問をしてきた。
「他のクラスメイトは朝倉哲也を悪く言っていましてね。中には朝倉さんが殺したのかもしれないという生徒も居たんですよ」
私は『殺した』という言葉にびくりと反応した。
「浅井涼子さん、あなたは朝倉さんが殺したと思いますか?」
その質問に、私は「違うと思います」と答えた。
「朝倉くんは、悪い噂もありますけど、そういうことをするような人だとは思えません」
「それはなぜですか?」
「みんな朝倉くんが怖いとか言っていますけど、私はそうは思えないんです」
私は哲学に没頭する朝倉くんの無邪気さを思い出した。
「それに――私と朝倉くんは友達です。友達を疑いたくないです」
その言葉に、二人とも何も言わなくなった。
最後は感情的になってしまった。
「そうですか。ありがとうございました」
そう言って二人は帰っていった。
てっきりもっと何か訊かれると思ったのに、簡単なやりとりで助かった。
それからは警察も来なかった。訊ねてくるクラスメイトもいなかった。
でもラインや電話をしてくる人はたくさんいた。特にあかねちゃんとひかりちゃんからは心配してくれているようで毎日来た。
私はそれに、機械的に返信したり、出なかったりしていた。
元気なんて出なかったし、空元気さえできなかった。
私の人生の中で、友達が死んだのは、初めてだった。
悲しくて悔しくて苦しかった。
だけど、涙は出なかった。
悲しいのに泣けなかった。
悔しいのに泣けなかった。
苦しいのに泣けなかった。
どうしても泣くことが、できなかった。
せめて泣くことができれば、楽になれたのに。
だから、私は学校には行かなかった。
学校はあきらちゃんが死んだ翌週の月曜日から再開したらしい。
だけど、私は行けなかった。
行かないんじゃなくて行けなかったのだ。




