予兆編④
「ねえ、朝倉。涼子とどこ行っていたのよ?」
朝倉くんと一緒に教室に入ると真っ先に訊ねてきたのは、あきらちゃんだった。
「あ、あきらちゃん、どうしたの?」
あきらちゃんの様子が一目見ただけでおかしかった。
顔が見たことないくらい恐くて、全身から怒りが発散されているような気がした。
「涼子、あんたは黙っていなさい」
厳しい声で言われて、私は何も話せなくなってしまった。
「別に、なんでもないよ」
そんなあきらちゃんを気にすることなく、言葉通りなんでもないような雰囲気を出す朝倉くん。
「いきなりなんなんだい? まるでぼくが犯罪者みたいな扱いみたいじゃん」
「犯罪者だったら良かったわ。警察に任せればいいんだから。だけど、あんたは違う」
あきらちゃんは断言した。
「あんたが犯罪者じゃないのはバレていないから。この学校でしてきた悪行が明るみに出ていないから、そんな態度を取れるのよ」
周りのクラスメイトもこっちを注目してくる。何人かは「止めたほうがいい」とかなんとか言っている。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ぼくがいつ犯罪を犯したって言うのさ」
「野球部の小火事件。あんたがやったんでしょ」
それは話題に出してはいけない、いわばタブーなのに、あっさりとあきらちゃんは言った。
「あれは偶然その場に居ただけだよ。その証拠に警察が来ても逮捕されていないし」
「だけど、何かあんたはしたはずよ」
追求するあきらちゃんに朝倉くんは肩を落とした。
「そんな先入観だけで物を言わないでほしいな。だったら証拠を見せてくれないかな?」
その言葉に、あきらちゃんは顔をさらに恐くした。
「その後、サッカー部の小池があんたに追求したらしいわね。その結果、サッカー部の全員が疲労骨折したじゃない」
「逆に訊きたいんだけどね。どうやったらサッカー部全員を疲労骨折させるんだい? どんな魔法を使えば、そういうことができるのかな?」
「知らないわ。だけど、何か方法があるはずよ。あんたが何かしたのは間違いないわ」
「ふうん。その根拠は?」
「偶然が重なり合い過ぎるのよ」
あきらちゃんはクラスのみんなに聞こえるように大きな声で言った。
「あんたが野球部の人間と揉めていた翌日に火事が起こる。あんたにちょっかいを出した小池以外のサッカー部の人間が疲労骨折した。この偶然をどう説明する気?」
「…………」
「なんとか言いなさいよ!」
あきらちゃんは近くにあった机を思いっきり叩いた。
「偶然、なんじゃないの?」
朝倉くんは薄く笑った。
それは、私が今まで見たどの笑顔よりも、薄っぺらで感情のない笑い方だった。
「な、なによその笑いは――」
あきらちゃんは威圧させたように一歩引き下がる。
「すべて偶然だよ。因果関係なんてないさ」
朝倉くんは言う。
「野球部に小火が起こったのは偶然」
朝倉くんは言う。
「サッカー部全員の疲労骨折も偶然」
朝倉くんは言う。
「たまたま事件が重なったのも偶然」
朝倉くんは、言う。
「すべて偶然なんだ。それでいいじゃない」
いつの間にか、クラス全体が静まり返っていた。
みんな、多分だけど、朝倉くんのことが――怖いんだ。
怖くて怖くて怖くて――
怖くてたまらないんだ。
「そ、そんな偶然が――」
「現にそうじゃない。もしぼくが関わっていたら、逮捕されるか退学になっていてもおかしくない」
朝倉くんは笑みを絶やさずに言葉を続ける。
「ぼくは――無実だ。信じてよ」
「う、嘘を――」
「嘘なんてついてないよ?」
あきらちゃんの顔色は蒼白を通り越して、恐慌状態になっている。
「あきらちゃん――」
私は耐えかねて声をかけると、あきらちゃんははっとした顔で私を見つめた。
「そうよ。涼子に、あんたみたいな危険人物を近づけさせたくないわ!」
あきらちゃんは何とか持ち直して、朝倉くんと対峙する。
「涼子は私の友達よ! だから――」
「ぼくの友達でもあるんだよ?」
朝倉くんの一言に、クラスの全員が雷を落とされたようにショックを受けた。
特にあきらちゃんの表情は驚きに凍る。
「今、なんて言ったのよ?」
ようやく――そう言えたあきらちゃんに朝倉くんはにこやかに笑う。
「だから、浅井さんはぼくの友達になったんだよ」
「ほ、本当、なの? 涼子?」
あきらちゃんは信じたくないって感情に支配されたように私に訊いてきた。
「えと、私は――その、なんていうか」
私は、どう答えるか迷った。
どう答えても、どちらかの味方になってしまう。
嘘をつけば、あきらちゃんは安心するだろう。おそらく朝倉くんも分かってくれるはず。
本当のことを言えば、失ってしまうものはあきらちゃんだけじゃない。ひかりちゃんもあかねちゃんも離れていくだろう。
私は――どう答えたらいいんだろう?
「そんなの嘘よ! 涼子が、あんたなんかと友達になるはずないわ!」
「嘘じゃないよ……ああ、さっきの質問に答えてなかったね」
「さっきの質問……?」
訝しげに聞き返すあきらちゃんに朝倉くんは、はっきりと答えた。
「昼休みの間、ぼくと浅井さんもお話していたんだ。哲学部でね」
「……涼子、本当なの?」
あきらちゃんの瞳は、私を疑っているって分かるくらい、曇っていた。
これは――もう隠せないなと思った。
「……ごめん。全部本当だよ」
私のその一言に、あきらちゃんは呆然として、しばらく動かなかった。
そんなあきらちゃんに、私は言い訳がましく言う。
「朝倉くんの言っていることは本当だけど、私は、あきらちゃんと――」
「……もういいわ。もうやめてちょうだい」
あきらちゃんの言葉に、今度は私が凍りついた。
「涼子は朝倉と友達になるなんて信じられないって思った。だけど、私の忠告を無視して友達になったのが真実だって、ようやく分かったわ。涼子、どうして、私を、私たちを裏切ったのよ?」
「ち、違うの、それは――」
私の両目から涙が溢れてくる。
もう、止まらない。
「裏切ってなんか、ないの。私はただ、重く考えないで、友達になっただけだから……」
「だから、もういいのよ」
あきらちゃんは私を見据えた。
「もう、あんたとは友達としてやっていけない。もう信用できなくなった」
その言葉に私は、耐えきれなくなって、両手で顔を覆って、泣いてしまう。
「そんなこと、言わないでよ……」
もう私の高校生活は滅茶苦茶になってしまった。もう取り戻せない。
「そんな酷いことを言わないであげてよ」
軽い感じで話に参加したのは、朝倉くんだった。
「別に友達の友達は友達理論なんてないんだから――」
朝倉くんは最後まで言えなかった。
あきらちゃんの腰の入った平手が頬に当たり、そのまま倒れてしまう。
「あんたが! どうして! そんなことを、言えるのよぉおお!」
殴った勢いのまま馬乗りになり、朝倉くんの顔面を殴る。
殴って殴って殴る。
「ちょっと、やめてよ!」
誰も止めに入らないので私が間に入って止めようとする。
「あきらちゃん! やめてよ! そんな酷いよ!」
「涼子! どうして止めるのよ!」
「だって、一方的過ぎるよ! 朝倉くん、抵抗して――」
そこで気づいた。
朝倉くんが笑っていることを。
「何殴られて笑っているのよ!」
「あはは。別になんでもないよ。強いて言うなら、友情って美しくもないものだなあって思って」
朝倉くんは立ち上がって、埃を払うように制服をぽんぽんはたく。
「自分が気に入らない人間と友達が友達になったら絶交って、どんだけ自己中なんだって話だよ」
「何を言って――」
「君のやっていることは身勝手でわがままなんだよ」
あきらちゃんは蒼白を通り越して、血の気がほとんどなかった。
朝倉くんは逆に冷静だ。
「はっきり言ってやる。君のしていることは、強いていることは間違った友情だ」
朝倉くんの一言に、あきらちゃんはまた殴りかかろうとして――
「もう、やめてよ!」
私は、もう我慢できずに涙を流して言う。
二人の動きが止まって、みんなの注目も私に集まった。
「涼子――」
「二人ともおかしいよ! なんで仲良くできないの! もう嫌だ! 帰る!」
私は自分のカバンを持って、下駄箱に走っていく。
「涼子! 待ちなさい!」
そう聞こえた気がしたけど、振り向かなかった。
私は逃げ出した。現実逃避した。
下駄箱について靴を履いて、走って校門に向かった。
授業なんてどうでもいい。
部活なんてどうでもいい。
友達なんてどうでもいい。
もう何もかもがどうでも良くなった。




