予兆編①
私たちの通う不動尊高校には、校則までは行かないけど、決まりごとがいくつかある。
その一つに『一年生は遠回りして登校すること』がある。
駅からの最短距離は十分もかからないけど、一年生用のルートを使うと二十分ぐらいかかる。時間が二倍くらい違うのだ。
なぜそんな決まりごとがあるのか。
それは、最短距離の通学路は道幅が狭く、大人数で通ることができないのだ。
また、住宅地ということもあり、大勢の声が家々の迷惑にならないようにするためという理由もある。
生徒である私からすると、どうでもいいと思うが、学校側も騒音問題に神経質になって防ぎたいと願っているようだった。
そのために、入学したての一年生が犠牲になっているのだ。
その中には守らない生徒もいる。
別にばれたりしても校則ではないから、停学とかの罰則はないんだけど、それでも判明すると怒られてしまう。
それも半端なく怒られる。
以前、バレてしまった生徒が怒られているのを目撃して、私は絶対守ろうと決意した。
まあ、女子だから大目に見てくれる可能性もなくはないけど。
しかしそんなことを言っても、私は二年生になったので関係なくなった。
堂々と最短距離の通学路を通れるのだ。
二年生に進級して良かったと本当に思う。
だけど、留年した人を私は見たことがないし聞いたこともない。
進学校だからかな?
赤点を取るような学力の生徒は不動尊高校にはいない。
それはギリギリで不動尊高校に入学した私が言えるのだから、間違いない。
そもそも授業を真面目に聞いていれば、赤点なんか取らないよ。
「あ、あきらちゃんだ」
赤点ってどうして『赤』なんだろうか。採点するとき平均点でも赤で丸付けするじゃんとか考えていたら、あきらちゃんの後ろ姿が見えた。
ひかりちゃんと一緒に話しながら歩いていた。
声をかけるかどうか悩んで、結局声をかけることにした。
「あきらちゃん、ひかりちゃん。おはよう」
「うん? 涼子じゃない」
「あ、りょーちんじゃん。おはー」
二人とも振り向いて笑顔で出迎えてくれた。
「何話してたの?」
「うんにゃ、ちょっと新しいお菓子について、かな?」
なんで疑問符がついているのか分からないけど「ふうん、そうなんだ」と軽く流した。
「できたら私にも食べさせてよ」
「いいわよ。ああ、そういえば、あんた昨日部活来なかったらしいじゃない」
「あれ? どうして知っているの?」
昨日は哲学部に行っていたから当然文学部には行けなかったんだけど。
「歩ちゃん――いえ、歩先輩がそう言っていたのよ」
「えっ? 普段歩ちゃんって言っているの?」
「……そこに引っかかるわけ?」
あきらちゃんの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。面白い。
「きゃはは。アッキーは歩さんが大好きだもんねー」
「……ふざけたこと言うと、沈めるわよ? ひかり」
なんだ、苦手意識があるとか言っていたのに結構従姉妹思いなところあるじゃん。
「小さい頃は歩ちゃんとか、歩お姉さんとか言っていたの?」
「黙秘するわ」
「うん、してたよー」
「ひかり、少し黙れ」
「へえ。そんなイメージなかったのになあ」
「ねえ、二人とも私をからかって楽しいかしら?」
そう訊くので、わたしはひかりちゃんと声を揃えて言う。
「うん! もちろん!」
「……訊いた私が馬鹿だったわ」
「あ、気になったんだけど、どうして阪本先輩が私のことを話していたの?」
私は言うほど、阪本先輩と親しい関係にはないと思っていたけど。
簡単に言えば、後輩だし。
もっと言えば従姉妹の友達だ。
「……昨日、一緒にご飯食べたのよ」
あきらちゃんは罪人のように白状した。
「そのとき、あんたの話題が上がったのよ。『そういえば浅井は今日部活休んだんだけど、何かあったの?』ってね」
「それで、なんて答えたの?」
「いや、私は知らないって答えたわ。ていうか事情も知らないのにいい加減なこと言えないじゃない」
まあ、真っ当な意見で、流石常識人のあきらちゃんだ。
「それでさー。りょーちんはどうして部活を休んだの?」
ひかりちゃんが上目遣いで見つめてくる。
同性なのに少しだけ可愛いと思った。
「用事はね……」
私は正直に答えるかどうか迷った。なぜなら会った相手とは、あきらちゃんが蛇蝎のごとく嫌っている朝倉くんだからだ。
かといって嘘は言いたくない。友達関係を崩すようなことはしたくない。
嘘は容易く絆を崩壊させるから。
「うーん、内緒かな?」
私は、誤魔化すことにした。
「内緒ってあんた、何したのよ」
あきらちゃんにじろりと睨みつけられる。
あれ? 不味かったかな?
だけど『実は朝倉くんと友達になったんだ。あはは』なんて言ったら心配されるだろうし。
「まあまあいいじゃんかアッキー。話したくないことの一つや二つ、女の子にはあるんだから」
ひかりちゃんがフォローしてくれて、なんとかスルーできたと思ったら「でもねえ」とあきらちゃんが追求しようとする。
「私は心配なのよ」
「あきらちゃんの心配性は、阪本先輩が木から落ちたことが原因なんでしょ?」
一昨日聞いた話をすると「どうして知っているのよ?」とジト目で見てくる。
「阪本先輩から聞いたの」
「あんの女……余計なことばかり言うんだから……」
「余計なことだとは思わないけどねー」
ひかりちゃんは軽い調子で言った。
「アッキーは自分よりも他人を心配するところがあるし、なにより世話焼きが大好きなんでしょ? それを理解してもらうために歩さんは言ったんじゃないの?」
「……知ったような口を利くじゃない」
「知っているからねえ。幼馴染は怖いよ? それに世話を焼くのもいいけど、ちゃんと人の気持ちが分からないといけないよ? 傍目から見たらうざいと思われるほど、他人の世話を焼くんだから。焼きすぎて焦げ目が着くくらいだよ」
おお、珍しくひかりちゃんがあきらちゃんを説教している。しかも正論だ。
「……分かっているわ。自分が過剰に人の面倒を看る癖があるってことは。あんたは直してほしいのかしら?」
「いや、どんどん面倒を看てほしいなあ。私とかりょーちんとかあーちゃんとか」
「ほとんど全員じゃないの。そこまで面倒看られないわよ」
「えー、面倒看てよう」
さっきまでの説教が嘘のように頼り続けたいと意思を表すみたいにひかりちゃんはあきらちゃんの片腕に抱きついた。
「離れなさい、馬鹿なんだから!」
「私は理系だからいいの」
「……何もかかっていないじゃない。ちょっと考えたけど、本当に意味不明だわ」
「二人は仲良しだね」
私は一歩下がって、しみじみと言う。
「腐れ縁よ。こいつとはね」
「腐っても仲良しってことかな?」
「はいはい、そうしておきましょ」
あきらちゃんは疲れたように同意して片腕を抱かれたまま歩き続ける。
私はそんな二人を見て、本当に羨ましいと思った。
私には幼馴染はいない。近所の人たちはみんな年上か年下しかいない。それも十才も離れている。
だから、憧れていた。
一緒に登下校してくれたり。
寝坊したら起こしに家まで来てくれたり。
自分の恋を応援してくれたり。
逆に応援したり。
そういった関係性を、私は憧れていたのだ。
まあないものねだりのどうしようもない願望だけど。
もしも、あきらちゃんかひかりちゃんかあかねちゃんが同級生だったら嬉しいなと思った。
中学のときは、上っ面な関係しか築けなかった。
友達はたくさん居たけど、親友はいなかった。
寂しい寂しい人間関係。
今考えれば、友達になったのだから、親友も作れるはずだった。
だけど、なんだか違う気がした。
私は頭がそんなに良くないから思ってしまうことなんだろうけど、親友って作るものではなくて、自然となるものだって。
それに気づくまでに十六年もかかってしまった。
人間不信、なんだろうか。
仲の良いと自分では感じているのだけど、相手はそこまで思っていないんじゃないかって、怖くなる。
友達を増やすほどに、そう感じるようになった。
別にトラウマがあるわけでもないのに。
裏切られたことはないはずなのに。
悲劇なんて自分の人生で起きたことなんてないのに。
それでも――もう一歩踏み出せなかった。
覚悟が足らないのか。
決意が足らないのか。
私には分からない。
「涼子? どうかした?」
ハッとして前を向く。
あきらちゃんがいつものように心配している。
「ああ、なんでもないよ。ちょっとぼうっとしていただけ」
「りょーちん。歩きながらぼうっとしていると危ないよ?」
ひかりちゃんも私のことを心配しているようだ。
あの楽天的なひかりちゃんも心配するくらいだから、よっぽどふらふらしていたんだろう。反省。
「ごめんごめん。ところで二人の仲をたとえるとどんな感じ?」
「なによそれ。唐突に何言っているのよ」
「今度の小説に使える表現を探しているんだよ。何かない?」
「うーん、そうだね――二人はプリキュアなんてどうかな?」
「ひかり、少しは考えて物を言いなさいよ」
「考えたよ、二秒ぐらい」
「速いし短いわ。だいたいプリキュアはもっと小さい女の子の仲良しに使うものでしょ」
そこなんだ、問題は……
「えー!? プリキュアは仲良しの象徴じゃん。りょーちんはどう思う?」
「そうだね……分かりやすくていいと思うけど、世界観に合うかどうか……」
「どんな世界観なのよ」
あきらちゃんの質問に頭の中のプロットを引き出して、答える。
「タイムスリップものかな。過去の時代に戻るの」
「どのくらいなのよ?」
「どのくらい? ああ、原稿用紙三百枚くらいかな?」
「いや、分量じゃなくて、時代のことよ」
「今のはアッキーにも非があると思うよ?」
日本語って難しいなあ。
「終戦間近の日本。舞台は広島か長崎か、どちらかにしたい」
「原爆でみんな死んじゃうじゃない」
「そこをなんとか回避していきたいなあと思っているの」
ひかりちゃんは「それじゃあプリキュアは使えないね」と言った。
「逆に伝わらなくて、それで初めて戦中の日本だって気づくのはどうなの?」
あきらちゃんの発想の逆転に、私は目からうろこが落ちた気がした。
「それ使えるね。採用!」
「えっ? いいのかしら……」
「アッキー良かったね!」
「こういう発想をなんて言うのかな? コロンブスの卵?」
「間違ってはいないけど、コロンブスはなんか馬鹿っぽいからやめて」
「うん? アッキーどうして」
「だって死んでもアメリカ大陸だって気づかなかったじゃない」
確か、インドだって勘違いしていたんだっけ?
「偉人だと思うけど、どことなく馬鹿なイメージがあるわ。だからやめてちょうだい」
その言葉もいつか小説で使おうと心のメモ帳に記しておいた。
そんなこんなしているうちに、学校に到着した。
「うんじゃ、また昼休みに中庭で待ってるよん」
ひかりちゃんはそう言うと、自分のクラスに向かっていった。
私とあきらちゃんも自分のクラス、二年四組へ向かった。
教室に入ると、真っ先に目についたのは朝倉くんだった。
熱心に本を読んでいた。
ブックカバーをつけていて、内容は分からない。
おはようと言うべきか迷ったけど、結局声をかけなかった。
邪魔するのも悪いしね。
椅子に座って、机の中にある数学の教科書を取り出す。
うっかり忘れてしまって予習ができなかったから、見ておこうと思って。
教科書を開くと、メモがまた挟んであった。
……また朝倉くんかな?
また二つに折りたたんでいたメモを開いた。
『昼休み、哲学部に来てください』
敬語だったけど、どこか強制みたいな感じがした。
私は後ろを振り返らず、少し溜息をした。
ラインで言いなよ。
何のために交換したのか分からないじゃないと密かに思った。




