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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第1章

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第7話 新人の2体目は、もう立ち位置に走っている

 カウンターに、銀行の封筒を置いた。

 中身は1万円札が12枚で、貯金のほとんどだ。

 カウンターの横には、腰ほどの高さの戦闘人形が立っている。外装は白一色で、目立つ傷もない。部品の寄せ集めで色がまだらな、うちの人形のスタントさんとは、育ちが違う。


 払えば、残りは4万円ほど。月末の家賃8万円の、半分にしか届かない。

 昨日、第5層で知り合った盾使いの朝比奈さんに聞かれた。元の職場アセントの看板パーティが第10層の中間ボスに挑む、という話のあとで、柏木さんはどうするのか、と。

 俺はまだ、その返事を口にしていない。

 返す前に、別れてすぐ通路の脇でAIに聞いた。


「なあ。第10層の中間ボスで、協会の資料に載ってないことってある?」


[いい質問ですね! 結論から言うと、あります。新宿の第10層の中間ボスは、デススパイダーです]

[足もとで小さな獲物が2つ、自分の脚で逆の向きへ同時に逃げると、どちらを追うか決められずに前脚を上げて固まります]

[そのとき、急所の頭と胸の継ぎ目が、獲物の背の高さまで下ります。協会の資料には載っていません]


 その下に、転がる物と浮く物は獲物と見ないことと、1つだけが背後へ回ると体ごと向き直ることが、長い箇条書きで続いた。

 クモの食事の作法としては、よく分かった。

 獲物の背丈だけ、聞き直す。


「小さいって、どのくらいだ」


[デススパイダーの腹の下をくぐれる背丈までです。人の腰より少し上になります]

[次は、デススパイダーのふだんの攻め方をまとめましょうか?]


 腹の下をくぐれる背丈で、自分の足で床を走る2つ。

 浮く物は獲物と見ないから、ドローンをおとりにはできない。

 腰ほどの高さで床を走る物なら、うちに1体いる。もう1体が足りない。


 人形を2体そろえれば、クモの獲物の役ができる。


「人形使いの方が、2体ですか」


 店の奥から出てきた職人さんが、封筒と俺の顔を見比べた。


「1体で手一杯なのが普通ですよ。2体目は、たいていうちの棚に戻ってきます」

「承知しています。お願いします」


 職人さんは札を数え終えると、白い人形の肩を軽くたたいた。


「キャリーを付けておきます。背負うと、けっこう重いですよ」

「承知しました」


 昨日の夜に、迷うだけ迷っておいた。

 1体では取りこぼしていたオークを2体で拾えるなら、稼ぎは倍より上になる。


 家賃なら、2体で稼げばいい。


 スキルの《収納》には、スタントさん1体しか入らない。2体目は、店で付けてもらった背負えるキャリーに入れて担いだ。

 肩にベルトが食い込む。

 財布が軽くなった分、背中が重くなった。収支としては合っている。


 ◇


 第7層までの35分、背中の重さは一度も軽くならなかった。

 主要な通路の脇でキャリーを下ろし、ドローンを放して配信をつける。


「こんにちは。新宿ダンジョン、第7層からお送りします。今日は始める前に、スキルを取ります」


『背中の荷物なに』

『引っ越し?』


 荷物の紹介はスキルのあとにする。番組の構成としては、そのほうが続きを見てもらえる。


 ステータスを開いて、俺にしか見えない行を読み上げた。


 取得可能なスキル:《並列思考》(5)

  二つのことを、別々に考えて同時に進められる。

 並列思考を取得:スキルpt 5(はい/いいえ)


【《並列思考》を取得しました】


『並列思考って才能だろ』

『取れるもんなの?』

『スキルで買えるなら俺も欲しい』


 才能なら、5年も運び役をしていない。


「このあと《人形操作》を、Lv3まで上げます。2体まで動かせるようになります」


『2体同時は無理だって』

『1体でもまともに動かないのに』


 《人形操作》を Lv2 に:スキルpt 5(はい/いいえ)


【《人形操作》がLv2になりました】


 《人形操作》を Lv3 に:スキルpt 5(はい/いいえ)


【《人形操作》がLv3になりました】


 17あったスキルptが2まで減った。貯金に続いて、こっちもほぼ空だ。


『外れ職が2体で、外れ2倍』

『スキルpt溶かしたな』


 外れ2倍か。ちょっとうまい。

 言い返さずに、ドローンのレンズへうなずくだけにした。2体を別々に動かす方法なら、もうAIに聞いてある。


 《収納》からスタントさんを出して、隣にキャリーの中の2体目を立たせた。

 並べると、片方だけ新しい衣装をもらった二人組みたいだ。


「今日から入ってもらいます。よろしくお願いします、ADさん」


 白い人形の名前は、ADさんにした。撮影の現場で、演者より先に立ち位置へ走って床に印を貼り、最後の一押しまで走り回るのは、新人のADの仕事だった。この人形にも、同じ仕事を頼む。


 右手と左手の指を1回ずつ曲げた。

 スタントさんが拳を上げ、ADさんが通路の先へ走りだす。

 2本の指示が、頭の中で混ざらずにそれぞれ届く。しかもADさんは、指を1回曲げただけで、止めるまで走り続ける。

 新人にしては、飲み込みが早すぎる。


 放っておくと、通路の突き当たりの壁まで走っていきそうな勢いだ。

 慌てて止めて、その場で構えさせる。

 走りだしは誰より早くて、止まるのは言われてから。現場で何人も見た新人だ。

 MPはいつもの倍の速さで減っていく。2体を動かす分、MPも2体分かかるらしい。


 ◇


 通路に面した部屋をのぞくと、オークが1体、奥の壁際に立っていた。隣の部屋にも、もう1体いる。

 どちらも、俺の背よりまだ上に頭がある。

 前にオークに負けたのは、振り下ろしのあとだった。振り下ろすと、頭は一拍だけ人形の高さまで下りてくる。ところが下りる位置が腕の向きでずれて、スタントさん1体では追いつけず、拳が半歩届かなかった。

 今日はその半歩の所に新人を置く。


「スタントさん、ADさん、入ります」


 スタントさんをオークの正面へ歩かせる。

 ADさんには入口の脇で待ってもらう。新人の出番はまだ先だ。

 緑の顔が、腰ほどの高さのスタントさんを見下ろす。

 太い腕が天井へ上がった。


 腕は斜めに傾きながら落ちてくる。


 まだらのスタントさんは腕の外へ。白いADさんは頭が下りてくる先へ。

 1回ずつ、指を曲げる。


 床が鳴った。

 スタントさんは転がって、腕の外。

 頭は腕に引かれて、反対の側へ下りてくる。

 その先へ、ADさんがもう走っている。


 ADさんは、止まらなかった。


 ADさんは俺の決めた所を走り抜けていく。

 その先は、床を打った腕が横薙ぎに戻ってくる通り道だ。前に、スタントさんを壁まで払い飛ばした腕だ。


 12万円の人形が棚に戻ってしまう。


 緑の頭はまだ流れていた。腕に引かれて、俺の見込みより半歩深い。

 止める場所は、腕の通り道の手前だ。


 指を、曲げた。


 ADさんは通り道の手前で、床をつかむように止まった。

 止まったADさんの真上へ、緑の頭が下りてきた。


 オークの頭が、止まった。

 転がったまだらと、目の前で止まった白。緑の顔が、2体の間をテニスの観客みたいに行き来する。

 オークの喉は人形の高さまで下りたまま動かない。

 床の腕も、戻ってこない。


 ADさんの拳が、喉に入った。


 オークの膝が折れる。

 巨体は床に着く前に光の粒になって、魔石が1つ転がった。


「失礼しました。うちの新人が、走りすぎまして。……次、入ります」


 隣の部屋のオークにも、同じ段取りで人形を向かわせる。違うのは新人への指示だけだ。

 腕が上がるのを待って、傾きを見る。頭が流れていく先の、戻る腕の通り道の手前。

 ADさんを止める場所を、そこに決めた。床に見えない印を貼るのと同じだ。

 走って、印で止まる。そこまでを一続きにして、指1回で送る。


 腕が落ちる。

 スタントさんが転がる。

 白いADさんが走って、俺の決めた印の上でぴたりと止まった。

 オークの頭がそこへ下りてくる。


 緑の頭は2体の間で揺れたまま、腕を戻すより先に喉を打たれて沈んだ。


【レベルアップ。Lv10からLv11になりました】


 止める場所さえ先に決めておけば、止まらない新人は、もう立ち位置に走っている。


「……お疲れさまです。止めます」


 2体を通路の脇に戻して、構えさせたまま止めた。

 2本の指示を流していた頭が静かになって、やっとコメント欄が目に入る。

 読めなかった間のコメントを、上からさかのぼった。


『白いの突っ立ってるだけじゃん』

『ほら1体しか動かせない』

『え、走った』

『白いの暴走してる』

『ぶつかるぶつかる』


 コメントはそこで一度途切れていた。書き込む手が止まるくらいには、危なく見えたらしい。


『止まった』

『今の止めたの?』

『別々に動いてる』


 そこから先は、手のひらの返る音が聞こえそうだった。


『オーク首振ってて草』

『人形使いってこういう職なの?』

『外れ職って言ったやつ誰』

『俺です。すみませんでした』

『戦いは数だよ、スーツの人』

『2体目いくらしたの』


 スーツの人とは、スーツで潜る俺のことだ。


 同時接続数の最大の欄に、見たことのない数字が出ていた。


 8,000。


 昨日の最大の3,000人の、倍よりまだ上だ。


 腕の画面には、AIの入力欄が空のまま残っていた。

 1体目を倒したあと、隣のオークのことを聞くつもりだった。画面には一度も指が触れていない。


 2体を動かしている間は、AIに聞くだけの頭が残らない。


 聞くことは戦う前に聞いておく。段取りが1つ増えた。


 足もとを見下ろす。

 色のまだらなスタントさんと、白一色のADさんが、並んで構えている。

 クモの獲物の役が2つ、もうそろっている。

 人間4人で組むアセントの看板パーティには、この形が作れない。


 企画の日まで、あと4日。


 中間ボスの広間に入ったら、もう誰にも聞けない。

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