第6話 囲まれるな、と教わった盾使いが、真ん中へ飛び込む
「はーい、ただいまゴブリンさん6匹とお話し中でーす! 余裕です、ぜんぜん余裕!」
明るい声の後ろで、ごん、ごん、と鈍い音が続いていた。
棍棒で硬い物を叩く音だ。余裕のある人のそばで鳴る音じゃない。
明るい声の言う「お話し中」は、戦っている最中のことらしい。
新宿ダンジョンの第5層、主要な通路。第6層へ下りる途中の、ただの通り道だった。
前の配信から3日。オークを狩って稼いで、Lv10になった。今日も下で稼ぐ段取りで、寄り道の予定はない。
予定はないのに、足が横の部屋の入口で止まった。
部屋の角を背にして、大きな盾が1枚立っている。表にはペンキで黄色の矢印が描いてあった。
子どもほどの背丈のゴブリンが6匹、半円になってその盾を叩いていた。
第5層でも、一人で相手にするには多すぎる数だ。
盾の陰にいるのは、ひと房だけ黄色く染めた、不揃いのショートの若い女だ。腕のスマートフォンに向かって、明るく実況を続けている。
見て分かるほど、膝が震えていた。
声は余裕の番組をやっていて、膝は別の番組をやっている。
空いた手で、ジャケットの袖の安全ピンを外しては留め直していた。
棍棒が当たるたびに、盾が少しずつ角へ押し込まれていく。
角を背にしているから、後ろはまだ取られていない。ただ、あと何歩か押されたら、盾ごと壁に挟まれて終わりだ。
俺の配信の視聴者も、それに気づいていた。
『あの子やばくね』
『押されてる押されてる』
『声だけ元気なの草』
『盾でっか』
盾の矢印は初めて見る。ただ、あの盾の構え方には覚えがあった。
アセントの養成所だ。配信制作部で訓練を撮りに行くたび、教わった盾の型のとおりに動かず、何度も教官に直されていた子がいた。あの頃の盾に、矢印はなかった。
「朝比奈さん、ですよね」
盾の陰から、顔がのぞいた。
「え、スーツの……柏木さん!? なんで第5層にスーツで!?」
ごん、と盾が鳴る。
積もる話をしている場合じゃない。
「すみません、確認ですが。手を出してもいいですか。朝比奈さんが決めることなので」
朝比奈さんの戦いだから、聞く。
聞きながら、右手はもう収納に入っていた。俺の代わりに戦う人形の、スタントさんを半分まで引き出している。
「いらないです! わたしの戦いなんで! ……でも、知ってることあるなら、1個だけください!」
俺の配信のコメントが割れた。
『助けろよ』
『いや横取りはNGだろ』
『1個だけってなに』
スタントさんを収納に戻して、腕の画面の端に朝比奈さんの配信を開いた。演者の画面を横で開いておくのは、制作の癖だ。
同時接続数は7。
7人の前で、6匹を相手にしている。
1個だけなら、いちばん効く1個にする。
声に出さず、腕の画面のAIに打ち込んだ。
「なあ。ゴブリンの群れの、弱いところは?」
[いい質問ですね! 結論から言うと、群れの内側に入られると、ゴブリンは棍棒を振れません]
[仲間に当たるのを嫌うためです。協会の資料にはありません]
[次は、群れに囲まれない立ち回りをまとめましょうか?]
答えでは内側へ入れと言い、提案では囲まれるなと言っている。正反対だ。
冒険者が最初に教わるのは「囲まれるな」だ。養成所の教官がいちばん多く叫んでいたのも、その一言だった。
俺は画面の答えだけを、そのまま朝比奈さんに叫んだ。
どう使うかまでは言わない。1個だけ、と言われている。
演者に頼まれたとおりの量だけ渡す。制作にいた頃からの、俺の決まりだ。
『囲まれに行けってこと?』
『バカだろ』
『死ぬやつじゃん』
俺の配信がそう騒ぎ、端の画面の7人も同じ向きに騒いだ。
『むりむりむり』
『入ったら終わる』
言った俺にも、朝比奈さんがこれをどう使うのかは分からない。
朝比奈さんは盾の陰で、最後まで黙って聞いていた。
棍棒の音の中で、唇だけが動いている。聞いたことを、声を出さずに繰り返しているらしい。
「よし、聞いた! じゃあ、わたしは」
「しじみさん、ぬまたさん、夜勤明けさん、ほかのみんなも!」
画面の向こうの常連だ。7人しかいないから、全員の名前が言える。
朝比奈さんが盾をくるりと回した。
黄色の矢印が群れの真ん中を指す。
「見ててください。矢印、こっち!」
俺の頭の中では、もう段取りが組み上がっていた。群れの端から1匹ずつ引きはがして倒し、数を減らしてから内側へ入る。安全で、撮れ高の低い段取りだ。
ところが、朝比奈さんの段取りは全く違った。
光も音もないのに、6匹が一斉に朝比奈さんへ顔を向けた。半円の端で様子を見ていた2匹まで、首をぐるりと回して寄っていく。
《挑発》だ。モンスターの注意を、自分ひとりに向けさせるスキル。
半円が縮んで、6匹がひとかたまりになった。
朝比奈さんは、6匹全部を呼んだ。
顔は動かさないまま、心の中で叫んだ。待ってくれ。その段取りは聞いてない。
朝比奈さんが角を蹴った。
矢印を前に向けた盾ごと、かたまりのど真ん中へ。
2つのコメント欄に、同じ言葉が並んだ。
『飛び込んだ!?』
『自分から入った』
『は?』
6本の棍棒が、頭の上まで上がった。
上がったまま、下りてこない。
すぐ隣に、仲間の頭がある。
朝比奈さんは盾を横に構え直した。
両足で床を踏んで、押す。
かたまりが真ん中から左右に割れた。
割れた端にいた1匹の首へ、短い剣が入る。
緑の体は光の粒になってほどけた。
朝比奈さんは止まらない。盾で押しては、はみ出した端を突く。群れは寄ろうとして、寄るたびに棍棒を振れなくなる。
最後の1匹が、棍棒を振り上げたまま固まっていた。
朝比奈さんは盾の縁でその胸を押した。
剣が、首に入った。
部屋から、棍棒の音が消える。
次の瞬間、2つのコメント欄が同時に跳ねた。
『全部倒した』
『真ん中入って左右に割った』
『マジで振れてなかった』
『囲まれるなって習うのに』
『盾の子のチャンネルどこ』
俺の配信の3,000人から、向こうへ人が流れていく。
端の画面で、朝比奈さんの同時接続数が動いた。
7。
900。
『盾の子のほうのスカウター壊れた』
百倍を超えた。数字を計る機械が壊れたと言いたくなる跳ね方だ。客を引き抜かれた形だが、悪い気はしない。
「え、なにこれ、900!? あ、いらっしゃいませ! 盾使いの朝比奈です!」
声が裏返っている。勝ったときより、こっちのほうが慌てていた。
朝比奈さんの配信に、こんなコメントが流れた。
『スーツの人のアドバイスどおりじゃん』
朝比奈さんはそれを読んで、胸を張った。
「答えは借りもの。矢印の向きは、わたしが決めました」
俺に言い返せる所はひとつもなかった。
「あ、待って。レベル上がった。……3から4!」
朝比奈さんは袖のピンを留め直した。今度は、手が震えていなかった。
盾の矢印は、棍棒の当たった所だけ黄色が剥げている。まくった袖の下の腕にも、青いあざが浮いていた。
気づけば、俺はまた救急セットを出していた。
「あ、大丈夫です。自分で貼ります」
朝比奈さんは湿布を1枚だけ取って、残りを俺に返した。
「で、なんで知ってたんですか。ゴブリンのあれ」
「すみません、それは社外秘でして」
「社外って。柏木さん、もう社外の人じゃないですか。辞めたんですよね、アセント。切り抜き、回ってきましたよ」
辞めたというより、切られたのだが、訂正はしなかった。
別れぎわに、連絡先を交換した。名刺はもうないので、画面のコードを読み取ってもらう。
「そういえば、アセントの看板のパーティ、近いうちに第10層の中間ボス行くんですよね。告知見ました」
「……ええ。そうみたいですね」
「あれ、無理だと思いますよ」
朝比奈さんは盾を背負い直しながら、あっさり言った。
「養成所の型、わたし知ってるんで。あの人たち、型どおりにしか動けないじゃないですか。わたしは、それが嫌で辞めたんですけど」
俺の返事は一拍遅れた。
看板パーティが中間ボスに挑む配信の日は、もうすぐだ。あちらの公式配信の同時接続数3万と、俺の配信が集める3,000との差を、頭が勝手に逆算しはじめる。
朝比奈さんは、こっちを見上げた。その日に俺が何をするのかを聞く顔だった。
「で、柏木さんは?」




