第5話 運び役の5年が、称号の条件だった
【称号、大器晩成を得ました】
天の声なら、もう聞き慣れている。この文言だけは初めてだ。
夕方、2つ目の部屋の強い個体がようやく立ち上がった。オークは、目より低く止まった物をかがんでのぞき込む。昼と同じくドローンでのぞき込ませ、顔をスタントさんの真上まで下ろさせて、拳を重ねて倒した。
レベルアップの声でLv8に上がり、知らない声が続いたのはその次だ。
強い個体1体でLvが1つ上がる。そこまでは、狩りの前に立てた見積もりどおりだ。
見積もりになかったのは最後の1行だけだった。
称号は強い冒険者がもらう物で、俺の予定にはどこにもなかった。
声には出さず、腕の画面に打ち込む。
「なあ。大器晩成って称号、何?」
[いい質問ですね! 結論から言うと、長い間レベルの低いままだった人が、一日で一気にレベルを上げると得る称号です]
[効果は、レベルアップでもらえるスキルptが多くなることです]
[次は、増えたスキルptの使い道をまとめましょうか?]
長い間、低いまま。
数えるまでもない。
冒険者証は入社の研修で取ったきりだ。ダンジョンでの仕事は撮影班の荷物持ちで、運び役に「戦え」と言う人はいなかった。
5年のあいだ、人形は動かせなかった。抱えて前に突き出す、重いだけの盾だった。クビになった夜も、Lvはまだ3だった。
それが今日だけで、5から8まで上がっている。
あの5年が条件だった。
狙ったのは経験値だけだ。称号なんて、見積もりの欄外にも書いていない。
会社では一度も評価されなかった5年に、クビになってから点が付いた。人事考課より、天の声のほうが見る目がある。
喉の奥が少し熱いのは、MPが減ったせいにしておく。
ドローンのレンズに顔を向けた。条件の話までするつもりはなかった。
「ご報告です。称号をいただきました。大器晩成、だそうです」
『称号持ち!?』
『大器晩成で草』
『晩成って何歳よ』
『条件なに』
「27です。条件のほうは、控えさせてください」
『27で晩成扱い』
『若いのに』
27で晩成と言われるのは、思ったよりこたえる。
◇
モバイルバッテリーの残りを使い切ってドローンを充電し、少し休んでMPを戻してから、3つ目の部屋へ向かう。今日の配信は3つ目で終える予定だ。
部屋の入口には、昼すぎに見た4人のパーティがまだいた。
中のオークが育ちきるのを、ここで待っていたらしい。盾を持つ人を先頭に、弓を背負った人も奥をのぞいている。
奥に、ひと回り大きなオークが立っていた。緑が濃く、腕が長い。昼前に俺が魔石を5個食わせて、強い個体に育てたオークだ。
「やっと立ったか」
「待ったかいあったな。やるぞ」
魔石を食わせたのは俺だ。ただ「育てたのは私です」と言っても、証拠は配信の録画くらいしかない。言い張れば、もめるだけだ。
「すみません、確認ですが」
4人が振り向いた。
「こちら、先にやらせていただくことはできますか」
頭を下げる。部長に企画を通してもらうときと同じ角度だ。
盾の人は俺のスーツを上から下まで見て、それから足もとの人形を見た。
「スーツ一人で? それ、人形使いだろ。動かないって、人形は」
「いいよ、どうぞ。だめだったら、うちでやるから」
後ろの2人が笑い、盾の人が入口の脇へ一歩よけた。
頼みは通った。理由は「どうせ無理だから」だ。
企画会議なら、通った理由は問わない。
『育てたのこっちなのに』
『先約なしだしな』
『譲ってもらう側なの草』
『しくじったら持ってかれるぞ』
俺が部屋に入ると、4人は盾の人を先頭に、狭い入口に詰まって並んだ。見物の構えだ。
俺がしくじれば、オークはそのまま彼らの獲物になる。食わせた魔石5個ぶんも一緒に消える。
スタントさんを立たせる印は、部屋の奥に決めた。
奥にスタントさん。反対側の入口に4人。部屋の端から端まで離れていれば、あの長い腕も見物の列までは届かない。
俺は横の壁際に寄って、腕の画面を構えた。
「スタントさん、入ります」
奥の印にスタントさんを出して、動かし始める。関節が小さく鳴り、拳が上がった。
オークの巨体がこちらを向いた。
見ているのはスタントさんでも俺でもない。入口の4人だ。
まずい。
オークは人の多いほうへ、重い足音で歩きはじめた。スタントさんの横を抜け、壁際の俺の前を素通りしていく。
作戦の真逆だ。奥の印に立たせたスタントさんでは、あの歩幅に追いつけない。
ドローンを急降下させる。
オークの行く手、入口の数歩手前の、床に近い低い所でぴたりと止めた。
動かせば腕で払われる。ここで横に振られた腕は、入口の4人まで届く。
止めたまま、待つ。
オークが足を止めた。
ただ、オークは機体を見ていない。ドローンを越えて、入口の4人を見下ろしたままだ。
かがまない。
いつのぞき込むかは、待つまで分からない。それを承知のうえでも、待つ1秒がやけに長かった。
先に動いたのはオークの腕だった。
長い腕が横に振られ、低く浮いた機体の上を越えて入口を払う。
「うわっ」
盾の人がとっさに盾を上げた。
鈍い音がして、盾の人は盾ごと押し下げられ、床に膝をついた。
後ろの3人は下がろうとして、狭い入口で互いの肩にぶつかった。誰も外へ抜けられない。
笑い声はもう聞こえなかった。
『盾の人!』
『やばいやばいやばい』
『逃げろって』
『入口詰まってる』
オークの腕がゆっくり上がっていく。
膝をついた盾の人の、頭の真上へ。
盾の人は見上げたまま動けずにいる。
あの腕は、相手の頭の高さに合わせて下りてくる。
俺はもう、画面の上で指を走らせていた。
カメラは鼻先でなく、相手の目線の先に置く。現場で毎日やってきたことだ。
ドローンに、振り上げた腕の下をくぐらせる。行き先は、盾の人が見上げる、その顔の前だ。
動かしている間に腕が下りれば、機体も配信も、そこで終わる。
止めた。
オークが見下ろす先。盾の人の鼻先と同じ高さだ。
「オークさん。目線、こっちです」
オークは腕を振り上げたまま、一拍だけ止まった。
オークが大きな体を折り曲げる。
盾の人のすぐ前で、緑の顔がレンズをのぞき込んだ。
ドローンをゆっくり部屋の奥へ下げる。
顔がついてくる。
膝をついたままの盾の人から、緑の顔が離れていく。盾の人は口を開けて、それを見上げていた。
オークは4人に背を向けた。
『のぞいた!』
『顔引き剥がした』
『盾の人から離れてく』
『カメラ1個で釣った』
部屋の端から端まで、顔を運ぶ。
その間も、奥のスタントさんには拳を上げさせたままだ。一歩ごとにMPが減り、残りが底をつきかけてきた。
あと少しだけ、持てばいい。
オークの顔が、スタントさんの立つ印の真上に来た。
指を動かし、スタントさんの拳を真上の喉に入れる。
まだ倒れない。続けて何度も拳を入れさせる。
何発目かで、オークの膝が折れた。
巨体は床に着く前に、光の粒になってほどけた。
【レベルアップ。Lv8からLv9になりました】
MPはもう残り少ない。そのまま、ステータス画面を開いた。
Lv:9
称号:大器晩成
スキルpt:13
昇給の通知を、生まれて初めて見た。
「本日の進捗です。朝のLv5から、Lv9になりました。スキルptは、今の1回で4入っています」
『一日で4つ!?』
『そこにシビれる! あこがれるゥ!』
『スキルpt4って何』
『普通2だろ』
『進捗報告で草』
『入口の人の顔見て』
同時接続数は昼の最大をとうに越えていた。
5,000。
盾の人は膝をついたまま、空になった部屋を見ていた。
「……今の、何?」
盾の人の後ろで、弓を背負った人が聞いた。
俺は会釈だけ返して、大きな魔石を拾った。スタントさんを収納にしまい、入口の脇へよける。
「お先に失礼しました。どうぞ」
盾の人は盾を支えに、自分で立った。腕をさすっているが、打ち身で済んだらしい。
4人は譲り返された部屋を前に黙った。
「どうぞ」と言っても、部屋にはもう何もいない。次のオークが出てくるのは1時間ほど先だ。
◇
配信を切り、広い通路の脇で壁に背中を預けた。
ステータス画面で、取得可能なスキルの行を開く。
取得可能なスキル:《並列思考》(5)
昼に天の声が告げた名前だ。中身はまだ知らない。
「《並列思考》って、何?」
[いい質問ですね! 結論から言うと、2つのことを別々に考えて、同時に進められるスキルです]
[ドローンを手で飛ばしながら人形を動かし続けたので、取得できるようになりました]
[《人形操作》 Lv3と合わせると、2体の人形に別々の動きをさせられます。次は、必要なスキルptを計算しましょうか?]
頼んだ覚えはないが、払った覚えならある。今朝から減り続けたMPで。
2体。
1体が引きつけて、もう1体が殴る。撮影なら、カメラを2台使うのと同じだ。戦い方ががらりと変わる。
計算くらいは自分でやる。《人形操作》はまだLv1だ。要るスキルptは、取得に5、Lv3まで上げるのに10。合わせて15で、手もとの13では2足りない。
ただ、称号でレベルアップ1回のスキルptが2から4に増えた。
次の1回で、届く。
人形のほうは、手もとにスタントさん1体しかない。2体目はスキルptでは買えない。
◇
夜、中野の部屋に帰って、敷きっぱなしの布団に座った。
銀行のアプリを開く。残高は家賃2か月分を少し切っていた。
隣の画面には、中古の戦闘人形の値段が出ている。12万円前後。
買えば、残高は家賃1か月分を切る。足りない分は、月末までに狩りで稼いで埋めればいい。
2体目なら、月末を待たずに買える。
1体目をスタントさんと呼ぶのは、俺の代わりに体を張るからだ。2体目にも、撮影現場の係の名前を付ける。照明さんか、音声さんか。
候補を並べかけてやめた。まだカートにも入れていない。
寝る前に自分の配信を検索すると、掲示板にスレッドが1つ立っていた。
〔新宿〕スーツで潜る人形使いの配信者を語るスレ Part1
12:名無しの冒険者
今日第6層でスーツの人に先を譲ったの、うちのパーティ
無理だろって入口で笑って見てた。助けられたのはこっちだった
13:名無しの冒険者
>>12
目の前で見たのかよ
18:名無しの冒険者
本人の進捗報告聞いた? 一日でLv5から9
Lvって上がるほど上がりにくいんだぞ
19:名無しの冒険者
>>18
おかしいだろそれ
入口で笑っていた4人の誰かだ。名前も知らないまま、あの部屋のことを俺の代わりに書いてくれている。
24:名無しの冒険者
この人の声、アセントの配信で裏方やってた人じゃね?
アセント。俺をクビにした会社だ。
画面をなぞる指が、止まった。




