↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第4話 家賃の魔石を、オークの部屋に置いてきた

 部屋の入口にしゃがんで、手のひらの魔石を1個、床へ転がした。

 石は乾いた音を立てて、部屋の奥へ転がっていく。


『え』

『魔石捨てた』

『今の魔石だよな?』

『捨てた捨てた』


 捨ててはいない。置いているだけだ。見ている側には同じに見えるだろうが。

 前の配信から2日たった。昨日は中野の部屋で、スタントさんの右腕を丸一日かけて直していた。

 いま転がしているのは、今朝の夜明けから第6層の部屋をめぐって、オークを14体倒して集めた魔石だ。

 スーツのポケットはまだ重い。


 続けて4個、手のひらから床へ落とした。

 部屋の奥にいたオークが、こちらを向く。オークは入口の俺には目もくれず、魔石の転がった床まで歩いてきた。

 客より料理のほうが気になるらしい。

 オークは太い指で魔石を1個つまみ上げて、口へ運んだ。


 ごり、と硬い音がした。


 石を噛み砕いて飲み込む音を、ドローンのマイクがきれいに拾った。

 食べる音の配信にしては、硬すぎる。


『食った』

『オークって魔石食うの!?』

『いや捨てる奴がおかしい』

『頭おかしい』

『スーツの人、家賃大丈夫?』


 顔も知らない視聴者に、家賃を心配された。当たっているから、なお悪い。


「失礼しました、オークさん。ごゆっくり」


 ドローンのレンズに向き直る。


「理由は、のちほど。次の部屋に移ります」


 見どころは先に言わない。

 通路を歩きながら、腕の画面で今朝の履歴を開き直した。夜明けの第6層で、俺はAIにこう入力していた。


「なあ。このオークで、協会の資料にないことって、まだ何かある?」


[いい質問ですね! 結論から言うと、あります]

[部屋のオークは、その部屋の床にあるオークの魔石を食べ、5個ほど食べると、ふつうより強い個体に育ちます]

[育った個体が落とす魔石は1個で、売値はふつうの魔石5個分より安いですが、経験値はふつうのオーク5体分ほどです]


 そのあとに長い箇条書きが続いた。育つのは3〜5時間で、いつ育ち終わるかは外から分からないこと。のぞき込む癖は、育っても残ること。

 最後の行は、いつもの[次は、魔石を置く部屋の選び方をまとめましょうか?]だった。


 人形を1体しか持たない俺が一日に戦える回数は、MPの残りしだいだ。強い個体を1体倒せば、5体分の経験値が1回の戦いのMPで取れる。


 Lvが上がればもっと深い層に潜れて、深い層ほど魔石の単価は上がる。

 魔石は拾って売るのが冒険者の仕事で、床に置いて帰る人はいない。


 ◇


 2つ目と3つ目の部屋にも、5個ずつ転がした。2日前の配信で倒したオークの魔石も1個混ぜて、合わせて15個。どちらの部屋でもオークは同じように寄ってきて、同じ音を立てた。

 同時接続数は、配信を始めたときの600から、石を転がすたびに伸びて1,500を越えた。


『15個?』

『オークの魔石って千円くらいだろ』

『1万5千円捨てた』

『魔石は命より重いんだぞ』

『その金で予備の電池買え』


 1万5千円なら、家賃の5日分と少しだ。

 企画会議なら、一言目で突き返される使い道だった。


「では、いったん切ります。再開は、オークさんの支度が済み次第です」


 配信を切り、朝から半分ほど減ったドローンの電池を、昨日買ったモバイルバッテリーにつないで、通路の脇に座り込んだ。

 1つ目の部屋をのぞくたびに、奥でうずくまるオークの背中が膨らみ、肌の緑が濃くなっていく。

 育っている。仕込みにちゃんと火が入っている。

 困ったのは通路を通る人たちで、部屋の前でパーティが足を止めては中をのぞいていく。


「なんか、でかくね?」

「寝てんじゃん。帰りでいいだろ」


 足音が遠ざかるたびに、背中が冷えた。

 いま誰かが入って倒せば、食わせた5個はその人の経験値になって終わりだ。

 文句を言う筋もない。言えば、魔石を捨てた変な人から、獲物を囲い込む変な人になる。


 ◇


 昼すぎだった。

 1つ目の部屋を入口からのぞくと、奥で、強い個体に育ったオークがゆっくり立ち上がった。

 ふつうのオークより、背が頭ひとつ高い。

 何より腕が長い。だらりと下ろした指の先が、膝の下まで届いている。

 急いで配信を入れ直した。


「お待たせしました。新宿ダンジョン、第6層。朝の魔石の、続きです」


『でっか』

『なにあれ』

『さっきのオーク?』

『人形潰されるって』

『無理だろこれ』


 無理かどうかを決めるのは、あの腕の長さだ。

 2日前の配信では、スタントさんが構えた拳のすぐ前の床を印にして、オークの顔をそこまで連れてきた。今日も同じ所に印を置けば、顔が下りてくる前に、スタントさんがあの腕に横から払われる。

 長い腕は部屋の端まで届く。そのかわり、自分の体のすぐ下には振り込めない。


 立ち位置の印を付け直す。


 撮影の現場なら、床にテープを貼って立ち位置を示す、バミリの貼り直しだ。今度の印は、スタントさんの立つ床そのものにする。強い個体の顔は、その真上まで下ろしてもらう。

 入口の内側の床を靴先で擦って線を1本描き、その上にスタントさんを出した。


「スタントさん、入ります」


 関節が小さく鳴り、スタントさんは昨日直した右腕で拳を上げて構えた。

 部屋の奥で、強い個体がこちらを向く。足音が床を伝って、靴の裏まで来る。

 2日前のオークより、一歩が重い。

 ドローンをスタントさんの頭と同じ低さまで下ろして、そこで止める。

 オークの気を引く餌は、2日前と同じこのドローンだ。あのときは動かしたまま鼻先へ突き出して、叩き落とされかけた。

 今日は動かさない。

 強い個体が足を止めて、浮いたままの機体を濃い緑の目で見下ろした。

 まだ、かがまない。

 膝の下まで垂れた腕は、いつ横へ振れてもおかしくない。スタントさんに構えさせているだけでも、MPは少しずつ減っていく。

 演者の間は、こっちで決められるものじゃない。

 強い個体はゆっくり体を折り曲げた。


『かがんだ』

『またのぞいてる』


 思わず息が抜けた。

 育っても、カメラ好きは直らないらしい。

 ドローンをゆっくり手前へ寄せると、強い個体の顔がついてくる。

 素直なものだ。

 スタントさんの頭の真上でドローンを止めた。強い個体の顔が配信の画面いっぱいに降りてきて、その喉がスタントさんの構えた拳のすぐ上に来る。

 バミリどおりだ。

 指を1回動かす。

 スタントさんが真上の喉へ拳を突き上げた。


 手応えはある。

 強い個体は喉を鳴らしただけだった。


『効いてない』

『やばいやばい』


 なら、重ねるだけだ。

 強い個体は殴られても顔を動かさず、まだレンズを見ている。

 目線を外さない演者なら、現場で一番ありがたい。

 指を動かして、スタントさんにもう一発殴らせる。

 次の一発に指をかけたとき、強い個体が、垂らしていた長い腕を床から浮かせた。

 顔はレンズに向けたまま、腕だけを横へ振る。


『腕!』

『潰される』

『人形逃げろ』

『終わった』


 強い個体の腕は大きな弧を描いて、スタントさんの外側を回っていった。

 スタントさんに届いたのは、風だけだ。

 2日前の印のままなら、スタントさんはちょうどあの腕の通り道に立っていた。

 床に描いた線1本のおかげで、右腕を直した昨日の丸一日が無駄にならずに済んだ。


『空振った』

『なんで当たらんの』

『今の避けた?』

『あっぶねえ』


「オークさん、目線そのままで」


 指を動かして、スタントさんに同じ喉をもう一度殴らせる。

 殴らせるたびにMPが減る。構えて待たせた分の減りも、まだ戻っていない。

 安い出演料じゃない。


『カメラ目線のまま殴られてる』

『目そらせよ』

『自撮りしながらボコられてる』

『絵面がひどい』

『オーク逃げて』


 もう一度。

 スタントさんが喉を殴りつける。


 強い個体が、膝から崩れた。

 その体は床に着く前に、光の粒になってほどけた。

 床に魔石が1つ転がる。朝の石より、ふた回りは大きい。


【レベルアップ。Lv6からLv7になりました】


 流れてくるコメントの向きが変わった。


『倒した』

『魔石捨てたの、これのためか』

『捨てたんじゃなくて育ててた』

『正解だったじゃん』

『なんで知ってんの』


 同時接続数が跳ね上がった。


 配信を入れ直したときは、1,600。


 いまは、3,200。


 倍だ。


「……朝の魔石の分は、回収しました」


『回収どころじゃねえ』

『家賃の心配して損した』


 家賃の勘定では、まだ赤字なんだが。床に置いた15個の代わりに手に入った魔石は、まだこの1個だけだ。

 残りの2つの部屋をのぞくと、オークはどちらも奥でうずくまったままだった。


「残りの2部屋は、夕方からの見込みです。いったん切って、ドローンの充電に入ります」


 配信を切って、ドローンをまたモバイルバッテリーにつないだ。

 壁際に腰を下ろしたとたん、体が重くなって、MPが残り少ないと分かった。喉を何度も殴らせた分だ。

 目薬を出したところで、頭の中で声が鳴った。


【取得可能なスキルに、《並列思考》が加わりました】


「……天の声さん。《並列思考》、こっちから頼んだ覚えはないです」


 返事はない。届けて終わりの、一方通行らしい。

 名前からすると、いくつかのことを同時に考えるスキルだろうか。Lv7に上がったから来たのか、ほかに理由があるのかも分からない。

 目薬をしまって、残りの部屋の様子を見に立つ。2つ目の部屋はまだ静かだ。

 3つ目の部屋の入口に、4人のパーティがしゃがみ込み、そろって奥をのぞいていた。

 オークの次は人間まで部屋をのぞくのか。

 奥では、5個を食べたオークの背中が膨らみかけている。


「おい、でかいのが育ってるぞ。立ったら狩ろうぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。