第33話 20分の間に、盾の子は答えた
「まずは、飛び級、おめでとうございます」
腕の画面の左から、面接官の司会の声が流れてきた。
第11層の主要な通路で、面接官が朝比奈さんの前に現れたのは、ついさっきだ。俺はまだ、新宿ダンジョンの入口に近い転移陣の前にいる。
朝比奈さんの所までは、どう急いでも20分かかる。
転移陣を踏むと、足元が一瞬ゆらいで、第10層の広間の奥に出た。
昼に朝比奈さんがクモを倒した広間を抜けて、そのまま中層への階段を駆け下りていく。
腕の画面は2つに割ったままにしてある。左が面接官の配信、右が朝比奈さんの配信で、どちらにも下にコメントの欄が付く。人形を動かしていないので、走りながらでも読める。
今夜の俺にできるのは、読むことくらいしかない。
「Fランクから、Eを飛ばして一気にDランク。それも、お一人で第10層の中間ボスを越えられたとか。皆さん、どうぞ拍手を」
右の画面では、朝比奈さんが通路の壁を背に立っていた。さっき両方の画面に映った、斜めの筋が2本並ぶ所だ。大甲虫が角で擦った跡で、下の1本が途中で切れている。
面接官は朝比奈さんの正面に立ち、ハンドマイクを向けていた。
「ただ、私、ひとつ不思議でございまして。お隣のスーツの方と組めば、もっと楽に越えられたのでは?」
「一人のほうが、性に合うんで! 組んで越えたら、自慢できないじゃないですか」
朝比奈さんは胸を張った。昼に盾ごと弾かれた左腕は、下げたままだ。
声だけなら、いつもの強がり実況だった。
『Dおめ』
『本当に面接官来た』
『盾の子、声だけは強気』
最初に褒めて、次の質問から足元を掘る。
夕方に見返した回はどれもこの順で、褒め言葉が長い回ほど、あとの質問は深いところまで掘っていた。
「なるほど、なるほど。では、そのお一人を選ばれた理由を」
そこで朝比奈さんが、大盾を背負い直そうとして背を向けた。
顔の前にいたドローンがすっと横へ流れ、背中の大盾の、黄色い矢印を真ん中に映す位置で止まる。ほかの4台も、矢印を囲むように寄っていった。
面接官のドローンは、追う相手を見た目で覚えて、その人のいちばん目立つ色の形に寄る機種だ。朝比奈さんでいちばん目立つ色は、背中のあの矢印になる。
左の画面いっぱいに、黄色い矢印が映った。
これでは面接官の配信でなく、盾の配信だ。
『ドローン盾撮ってて草』
「……失礼。ドローンの画が」
面接官は質問を途中で止め、自分の腕の画面を指で叩いた。
ドローンが1台ずつ、朝比奈さんの顔の前へ戻っていく。背中を向けていた朝比奈さんが振り返って、きょとんとした。
「え、何か付いてます?」
「いいえ、何も。失礼いたしました。改めまして」
5台のドローンが全部戻るのを待ってから、面接官はマイクを構え直した。
『質問止めて直してる』
『出演者が盾』
面接官の配信のコメントがひとしきり笑い、朝比奈さんの配信のコメントにも同じ笑いが流れた。
『盾の矢印のアップ助かる』
『盾の子気づいてない』
配信制作部で切り抜きを作っていた目で見ても、よくできた撮り方だと思う。ただ、寄る先が盾だった。
しかも面接官は、映像が崩れると、質問の途中でもまず映像を直した。聞くことよりも、映りのほうが先に来る人らしい。
階段の踊り場で、もう一度だけ左の画面を見る。どのドローンも、歩く人の速さで付いていくように合わせてあった。
部で扱っていた所属冒険者の配信なら、走る場面に備えて速さを上げておくのがふつうだ。
見返した回のどれでも、この人は走っていなかった。
急いでいるのは、いつも画面の中の相手と、今の俺だけだ。
左の画面の端には小さな文字も出ていて、面接官のLvとランクで、Lv41、Cランクとある。
出すかどうかは配信者が決められる欄なのに、わざわざ出している。
『Lv41』
『腕だけはあるんだよな』
面接官の配信のコメントが先に気づいて、朝比奈さんの配信のコメントがすぐに数えはじめた。
『盾の子Lv19だぞ』
『20も上なら正面じゃまず無理』
『ガチの前衛の数字』
Lv21の俺が人形を2体連れて着いたところで、この差は埋まらない。
階段を下りきると、天井が一気に高くなって、第11層の主要な通路に出た。
朝比奈さんが配信しながら10分歩いた道を、走って縮めるしかない。
「ところで、朝比奈柚さん」
面接官の声が少しだけ柔らかくなった。
褒め言葉の時間はここで終わりだ。
「朝比奈さんは、アセントの養成所に通っておられた。そして、途中でお辞めになったそうですね」
「……はい」
「型についていけなかったから、ではございませんか? 皆さんも、そこが気になっておられるようでして」
顔の前のドローンが、朝比奈さんの顔に少しだけ寄る。
朝比奈さんの口が開いた。
「合わなかったんです。型が」
そこで言葉が止まった。
朝比奈さんの右手が横へ伸びた。俺が隣にいる日なら、袖をつかむ高さだ。
手は何もない所で止まった。
面接官はマイクを向けたまま、笑顔で待っている。急かしもしないし、助け舟も出さない。
『詰まった』
『来た来た』
『ここから本番』
『謝るまで帰らないやつ』
面接官の配信のコメントが沸いた。
通路を蹴る自分の靴の音しか聞こえない。
大甲虫が擦った壁の筋は、通路の先にまだ見えてこない。
朝比奈さんは宙で止まった手を下ろした。
その手で、肩の上に出た大盾の縁を握る。
顔を上げた。
「でも」
面接官のマイクは動かない。
顔の前のドローンも、朝比奈さんから離れない。
「盾は下げるなって、毎日やらされたから。下げるほう、選べたんです」
『戻った』
『中ボス戦で盾下げて勝ったやつだ』
「だから、教わったのは、無駄じゃなかったです」
朝比奈さんは大盾の縁を握ったまま言い切った。
『言った』
『型のおかげって言った』
『盾の子ちゃんと答えてる』
『泣きそう』
俺は走った。
息の音が、天井の高い通路に返ってくる。
面接官の笑顔が一拍だけ動かなくなった。
マイクを向けた手も、そのままだった。
「……大変、よいお答えでございました」
面接官はすぐに笑い直して、もうひと押しを足した。
「では、養成所の型は間違っていた、と。そういうことで、よろしゅうございますか?」
「間違ってないです。わたしに合わなかっただけです」
間を置かずに返ってくる。
隣で何度も聞いた、朝比奈さんの答え方だ。
『詰まらねえ』
『謝らないじゃん』
『切り抜きどころなし』
左の画面の端で、同時接続数が見るたびに減っていく。
『勝った』
『あっちの欄、急に静かで草』
『盾の子えらい』
朝比奈さんの配信のコメントだけが、逆に速くなった。
面接官はマイクを自分の口元へ戻した。
「皆さん。本日の面接は、ここまでといたしましょう。朝比奈柚さん、お時間をいただき、ありがとうございました」
ドローンに向かって、深く頭を下げる。
上げた顔は、最初と同じ笑顔のままだった。
しばらく走ると、通路の先にドローンのランプがいくつも浮かんだ。
何台ものドローンを連れた明るいジャケットの男が、こっちへ歩いてくる。第10層への階段のほうへ帰る途中らしい。
歩く速さは、画面で見ていたのと少しも変わらない。
すれ違いざま、男がこっちへ顔を向けた。
「スーツの方。お疲れさまでございます」
「お疲れさまです」
気づいたときには、頭を下げていた。
男は振り返らずに歩いていき、最後まで走らなかった。
20分走ってきて、最初にしたのがお辞儀だ。
少し先で、大甲虫の擦った2本の筋が壁に見えてきた。
その前で、朝比奈さんが振り返る。
「柏木さん、遅いです」
息が上がっていて、すぐには返事が出ない。
「面接官が来てるってメッセージ、見ましたよ。来たあとでしたけど」
「……すみません」
「答えましたよ、自分で」
朝比奈さんは胸を張った。右手はまだ大盾の縁を握っている。
それから朝比奈さんは、自分のドローンに向き直って、常連の2人を呼んだ。
「しじみさん、ぬまたさん、最後までいてくれて、ありがとうございます!」
『いるよ』
『かっこよかった』
『スーツの人息切れてて草』
何か返そうとしたとき、腕の画面の左から、遠ざかる男の声が入った。
「本日の模様は、見どころを編集いたしまして、明朝お届けいたします」
編集と聞いて、俺は画面から目を離せなくなった。
左の配信はそこで切れた。




