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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第33話 20分の間に、盾の子は答えた

「まずは、飛び級、おめでとうございます」


 腕の画面の左から、面接官の司会の声が流れてきた。

 第11層の主要な通路で、面接官が朝比奈さんの前に現れたのは、ついさっきだ。俺はまだ、新宿ダンジョンの入口に近い転移陣の前にいる。

 朝比奈さんの所までは、どう急いでも20分かかる。


 転移陣を踏むと、足元が一瞬ゆらいで、第10層の広間の奥に出た。

 昼に朝比奈さんがクモを倒した広間を抜けて、そのまま中層への階段を駆け下りていく。

 腕の画面は2つに割ったままにしてある。左が面接官の配信、右が朝比奈さんの配信で、どちらにも下にコメントの欄が付く。人形を動かしていないので、走りながらでも読める。

 今夜の俺にできるのは、読むことくらいしかない。


「Fランクから、Eを飛ばして一気にDランク。それも、お一人で第10層の中間ボスを越えられたとか。皆さん、どうぞ拍手を」


 右の画面では、朝比奈さんが通路の壁を背に立っていた。さっき両方の画面に映った、斜めの筋が2本並ぶ所だ。大甲虫が角で擦った跡で、下の1本が途中で切れている。

 面接官は朝比奈さんの正面に立ち、ハンドマイクを向けていた。


「ただ、私、ひとつ不思議でございまして。お隣のスーツの方と組めば、もっと楽に越えられたのでは?」

「一人のほうが、性に合うんで! 組んで越えたら、自慢できないじゃないですか」


 朝比奈さんは胸を張った。昼に盾ごと弾かれた左腕は、下げたままだ。

 声だけなら、いつもの強がり実況だった。


『Dおめ』

『本当に面接官来た』

『盾の子、声だけは強気』


 最初に褒めて、次の質問から足元を掘る。

 夕方に見返した回はどれもこの順で、褒め言葉が長い回ほど、あとの質問は深いところまで掘っていた。


「なるほど、なるほど。では、そのお一人を選ばれた理由を」


 そこで朝比奈さんが、大盾を背負い直そうとして背を向けた。

 顔の前にいたドローンがすっと横へ流れ、背中の大盾の、黄色い矢印を真ん中に映す位置で止まる。ほかの4台も、矢印を囲むように寄っていった。

 面接官のドローンは、追う相手を見た目で覚えて、その人のいちばん目立つ色の形に寄る機種だ。朝比奈さんでいちばん目立つ色は、背中のあの矢印になる。

 左の画面いっぱいに、黄色い矢印が映った。

 これでは面接官の配信でなく、盾の配信だ。


『ドローン盾撮ってて草』


「……失礼。ドローンの画が」


 面接官は質問を途中で止め、自分の腕の画面を指で叩いた。

 ドローンが1台ずつ、朝比奈さんの顔の前へ戻っていく。背中を向けていた朝比奈さんが振り返って、きょとんとした。


「え、何か付いてます?」

「いいえ、何も。失礼いたしました。改めまして」


 5台のドローンが全部戻るのを待ってから、面接官はマイクを構え直した。


『質問止めて直してる』

『出演者が盾』


 面接官の配信のコメントがひとしきり笑い、朝比奈さんの配信のコメントにも同じ笑いが流れた。


『盾の矢印のアップ助かる』

『盾の子気づいてない』


 配信制作部で切り抜きを作っていた目で見ても、よくできた撮り方だと思う。ただ、寄る先が盾だった。

 しかも面接官は、映像が崩れると、質問の途中でもまず映像を直した。聞くことよりも、映りのほうが先に来る人らしい。

 階段の踊り場で、もう一度だけ左の画面を見る。どのドローンも、歩く人の速さで付いていくように合わせてあった。

 部で扱っていた所属冒険者の配信なら、走る場面に備えて速さを上げておくのがふつうだ。

 見返した回のどれでも、この人は走っていなかった。

 急いでいるのは、いつも画面の中の相手と、今の俺だけだ。


 左の画面の端には小さな文字も出ていて、面接官のLvとランクで、Lv41、Cランクとある。

 出すかどうかは配信者が決められる欄なのに、わざわざ出している。


『Lv41』

『腕だけはあるんだよな』


 面接官の配信のコメントが先に気づいて、朝比奈さんの配信のコメントがすぐに数えはじめた。


『盾の子Lv19だぞ』

『20も上なら正面じゃまず無理』

『ガチの前衛の数字』


 Lv21の俺が人形を2体連れて着いたところで、この差は埋まらない。

 階段を下りきると、天井が一気に高くなって、第11層の主要な通路に出た。

 朝比奈さんが配信しながら10分歩いた道を、走って縮めるしかない。


「ところで、朝比奈柚さん」


 面接官の声が少しだけ柔らかくなった。

 褒め言葉の時間はここで終わりだ。


「朝比奈さんは、アセントの養成所に通っておられた。そして、途中でお辞めになったそうですね」

「……はい」

「型についていけなかったから、ではございませんか? 皆さんも、そこが気になっておられるようでして」


 顔の前のドローンが、朝比奈さんの顔に少しだけ寄る。

 朝比奈さんの口が開いた。


「合わなかったんです。型が」


 そこで言葉が止まった。

 朝比奈さんの右手が横へ伸びた。俺が隣にいる日なら、袖をつかむ高さだ。

 手は何もない所で止まった。

 面接官はマイクを向けたまま、笑顔で待っている。急かしもしないし、助け舟も出さない。


『詰まった』

『来た来た』

『ここから本番』

『謝るまで帰らないやつ』


 面接官の配信のコメントが沸いた。

 通路を蹴る自分の靴の音しか聞こえない。

 大甲虫が擦った壁の筋は、通路の先にまだ見えてこない。


 朝比奈さんは宙で止まった手を下ろした。

 その手で、肩の上に出た大盾の縁を握る。

 顔を上げた。


「でも」


 面接官のマイクは動かない。

 顔の前のドローンも、朝比奈さんから離れない。


「盾は下げるなって、毎日やらされたから。下げるほう、選べたんです」


『戻った』

『中ボス戦で盾下げて勝ったやつだ』


「だから、教わったのは、無駄じゃなかったです」


 朝比奈さんは大盾の縁を握ったまま言い切った。


『言った』

『型のおかげって言った』

『盾の子ちゃんと答えてる』

『泣きそう』


 俺は走った。

 息の音が、天井の高い通路に返ってくる。


 面接官の笑顔が一拍だけ動かなくなった。

 マイクを向けた手も、そのままだった。


「……大変、よいお答えでございました」


 面接官はすぐに笑い直して、もうひと押しを足した。


「では、養成所の型は間違っていた、と。そういうことで、よろしゅうございますか?」

「間違ってないです。わたしに合わなかっただけです」


 間を置かずに返ってくる。

 隣で何度も聞いた、朝比奈さんの答え方だ。


『詰まらねえ』

『謝らないじゃん』

『切り抜きどころなし』


 左の画面の端で、同時接続数が見るたびに減っていく。


『勝った』

『あっちの欄、急に静かで草』

『盾の子えらい』


 朝比奈さんの配信のコメントだけが、逆に速くなった。

 面接官はマイクを自分の口元へ戻した。


「皆さん。本日の面接は、ここまでといたしましょう。朝比奈柚さん、お時間をいただき、ありがとうございました」


 ドローンに向かって、深く頭を下げる。

 上げた顔は、最初と同じ笑顔のままだった。


 しばらく走ると、通路の先にドローンのランプがいくつも浮かんだ。

 何台ものドローンを連れた明るいジャケットの男が、こっちへ歩いてくる。第10層への階段のほうへ帰る途中らしい。

 歩く速さは、画面で見ていたのと少しも変わらない。

 すれ違いざま、男がこっちへ顔を向けた。


「スーツの方。お疲れさまでございます」

「お疲れさまです」


 気づいたときには、頭を下げていた。

 男は振り返らずに歩いていき、最後まで走らなかった。

 20分走ってきて、最初にしたのがお辞儀だ。


 少し先で、大甲虫の擦った2本の筋が壁に見えてきた。

 その前で、朝比奈さんが振り返る。


「柏木さん、遅いです」


 息が上がっていて、すぐには返事が出ない。


「面接官が来てるってメッセージ、見ましたよ。来たあとでしたけど」

「……すみません」

「答えましたよ、自分で」


 朝比奈さんは胸を張った。右手はまだ大盾の縁を握っている。

 それから朝比奈さんは、自分のドローンに向き直って、常連の2人を呼んだ。


「しじみさん、ぬまたさん、最後までいてくれて、ありがとうございます!」


『いるよ』

『かっこよかった』

『スーツの人息切れてて草』


 何か返そうとしたとき、腕の画面の左から、遠ざかる男の声が入った。


「本日の模様は、見どころを編集いたしまして、明朝お届けいたします」


 編集と聞いて、俺は画面から目を離せなくなった。

 左の配信はそこで切れた。

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