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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第3章

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第32話 Dランクの盾の子と、丁寧すぎる訪問者

 買い取り窓口の職員が端末の上の魔石と冒険者証を見比べてから、新しいカードを台に置いた。

 端末に載っているのは、昼前に朝比奈さんが盾1枚で倒した第10層の中間ボスの魔石だ。

 俺は隣で一緒に列に並んでいただけだ。


 冒険者証の英字がFからDに替わった。


「Dです!」


 朝比奈さんは受け取ったばかりのカードを、俺の目の前に突き出した。近すぎて英字しか見えない。


「柏木さん、D! Eを飛ばして、D! 飛び級です!」

「見えてます。近いです」

「柏木さんのも出してください」

「はい?」

「いいから、早く」


 胸ポケットから自分の冒険者証を出した。ひと月近く前、俺も第10層の同じ広間で中間ボスのクモを倒して、Fからこの1枚に替わった。

 朝比奈さんは打ち身の残る手でそれを取って、新しい1枚の隣に置いた。


 台の上に2枚のDが並んだ。


 朝比奈さんは同じ門を、自分の足で越えてきた。

 魔石の代金の1万円ほどもそのまま朝比奈さんの財布に入った。一人で倒した人の取り分を半分にする理由はない。


「あのとき2体を入れてたら、10秒でしたよね」


 休憩所の椅子に座るなり、それだった。

 朝比奈さんは大盾を椅子の脇に立てかけて、窓口から持ってきた2枚を休憩所の台に並べ直した。


「昼のコメントの人も、書いてました。組めば楽だったのに、って」


 昼の広間で、俺はADさんを入口の際まで出していた。朝比奈さんはそれを広間の中から見ていた。

 答えを知っていて聞いている顔だ。


「そうですね」


 ここで嘘をついても、10秒は10秒だ。


「今日は、朝比奈さんの日だったので」


 今朝、広間の前で「何も言わないでくださいね」と言われたときに返したのと、同じ言葉になった。


「知ってましたよ、組めば楽なの」


 あっさり返ってきた。


「でも、組んでもらって越えたら、柏木さんの後ろじゃないですか」


 朝比奈さんはこっちの袖のほうへ手を伸ばしかけて、止めた。

 その手で自分の袖の安全ピンを外して、留め直す。

 ピンは外れていなかった。


「並ぶのは、自分で越えてからって決めてたんです」


 朝比奈さんはピンを留め直した指で、台の上の2枚をとんと叩いた。


「だから明日から、中層は隣を歩きます」


 手を出さずに見送ったつもりが、明日からの並び方まで言い渡されている。

 隣を歩けば、朝比奈さんは俺の組む作戦に巻き込まれる。


「私の段取りに、付き合っていただくことでは」

「付き合いません。隣にいるだけです」

「それは、つまり」

「勝手に、です」


 間を置かずに返ってきた。

 礼の言葉は最後まで出てこない。代わりに出てきたのが、これらしい。


 こっちにも言っておくことが1つある。


「面接官の新しい企画、見ましたか。第1回が、新宿の盾の方、という」

「見ました。楽しみにしております、って返信も来てます」

「あの人の数字は、アセントにいた頃、毎週見ていました。人の配信に押しかける企画に替えてから、跳ねた人です」


 俺が配信制作部の机で追っていたのは、数字が跳ねたグラフの線だけだ。押しかけられた側の顔は見ていない。


「知ってます、凸の人なのは」


 朝比奈さんは2枚のうち自分の1枚だけを取って、大盾を背負い直した。


「来たら、そのときに自分で決めます。それで、今夜のうちに、門の向こうを見てきます」

「今夜、ですか」

「隣を歩く前に、自分の目で見ておきたいんで。第11層を、ちょっと歩くだけです」


 あの告知には、第1回がいつなのかは書いていなかった。


「……朝比奈さんが決めることなので」

「はい。決めました」


 朝比奈さんはゲートへ歩いていった。冒険者証を通す短い音がして、紺のジャケットが向こう側へ抜けた。


 ◇


 俺は帰らなかった。


 夜の休憩所は昼より椅子が余っている。

 自動販売機で130円の缶コーヒーを1本買った。

 家賃の8万円には遠いままだ。缶は開けずに座り直す。

 《収納》はダンジョンの中でしか開かない。休憩所はゲートの外なので、ADさんとスタントさんは《収納》に入ったままだ。今の俺に出せるのは缶コーヒーと腕の画面だけだ。


 画面の端に自分の登録者数が出ていた。58万。アセントの公式は120万のままだ。

 半分まで、まだ2万足りない。


 腕の画面を2つに割った。

 右に朝比奈さんの生配信を開く。配信の題は〔新宿ダンジョン第11層 はじめての中層〕だ。


「中層、来ました! 見てください、天井! 高っ!」


 肩の後ろから撮るドローンが上を向く。

 一人で歩くには広すぎる通路だ。


「しじみさん、ぬまたさん、夜勤明けさん、来てくれてる! 中層ですよ、中層!」


『中層デビューおめ』

『天井たっか』

『D昇格おめでとう』

『7人の頃から見てた』


 昼に中間ボスを倒した人の声とは思えない。疲れの代わりに、はしゃぐ声が残っている。


 左で面接官のチャンネルを開いた。チャンネル名は公開面接だ。アーカイブの一覧に、笑う素顔の男と、困った顔の相手のサムネイルが並んでいる。


 あの人が人の配信に押しかけた回を、頭から見返した。


 撮影の現場の目で見ると、よくできている。

 1台のドローンは相手の顔から離れない。残りの何台かは、相手が逃げそうな側へ先回りしている。

 本人は相手の正面に立たず、半歩横にずれる。自分の体で相手の顔を隠さないためだ。俺も新人のうちに、制作の卓で同じことを教わった。

 質問はどの回も丁寧だ。相手が言葉に詰まるまで待ち、詰まってからが本番になる。相手が謝るまで、カメラは下りない。

 手は一度も出さない。マイクを向けるだけだ。掲示板のまとめは正確だった。


 中の配信は、協会が主要な通路に置いた中継器で外へ届く。あの人が来るなら、その通路の真ん中だ。


 作戦のメモに、『質問には答えない』と『主要な通路から外れる』の2行を書きつけた。

 答えた分だけ、向こうの配信が長く持つ。中継器の電波の外までそれれば、あの人の配信は切れる。

 それた先は中層のモンスターの通り道だ。逃げ道にしては物騒だが、カメラからは逃げられる。


 朝比奈さんが決めることなので、と言った口で、朝比奈さんの逃げ道を書いている。


 次の回を見ようと左のチャンネルの一番上へ戻ると、ライブの赤い印が付いていた。


 題は〔公開面接 新企画第1回 新宿ダンジョンにお伺いいたします〕。

 開くと天井の高い通路が映った。ドローンが歩く男の真後ろに付き、肩越しに前を撮っている。顔は映らず、手前に肩とハンドマイク、その先に通路が続く。


「ですので、皆さん。今夜、中層にデビューされた盾の方を、お訪ねします」


 司会の声だった。制作の卓のスピーカーで何度も聞いた声だ。


「配信のタイトルに、新宿の第11層とございましたので。私も、拝見しながら参りました」


『待ってました』

『盾の子のとこ?』

『第1回から中層かよ』


 訪ねる道中まで、配信のネタにしている。


 左はそのまま面接官の生配信にした。

 右に朝比奈さん、左に面接官。

 制作の卓で毎週並べていた二画面と、同じ並べ方になった。


 どちらも、歩く本人の後ろから前を撮っている。


 面接官の左の画面で、壁に斜めの筋が映った。大甲虫が角で擦った跡だ。2本並んで、下の1本が途中で切れている。

 少しして、朝比奈さんの右の画面にも、同じ形の筋が映った。


 同じ通路だ。2人は通路の両端から、互いのほうへ歩いている。


 ここから第11層までは、どう急いでも20分かかる。


 朝比奈さんが決めることなので。

 夕方に自分で言った言葉が、口の中に戻ってきた。朝比奈さんも、来たら自分で決めると言った。決める人がいるなら、俺は黙っていればいい。

 画面の上で、俺の指が止まった。


 その指でメッセージの画面を開いた。


『面接官が、第11層で生配信をしています』


 その1行と左の配信のリンクだけを送った。

 どうしろとは書かなかった。


 右の画面の朝比奈さんは、しじみさんと天井の高さの話を続けている。手元を見る様子はない。

 返事は来なかった。


 開けていない缶コーヒーを台に置いたまま、俺は立っていた。

 決めるのは朝比奈さんだ。俺が行くかどうかは、俺が決めることだ。

 休憩所を出た。


 ゲートに冒険者証を通して、入口の近くの転移陣まで走った。

 ゲートの内側だから《収納》は開く。だが2体を出しても、走るのは俺の足だ。


 走りながら画面を見た。

 右の画面の端に光が入った。

 ドローンのランプだ。朝比奈さんのドローンは1台しかないのに、光が2つ、3つと増えていく。


 通路の先から男が歩いてくる。

 赤を差し色にした明るいジャケットに、ちょうネクタイと飾りのハンドマイク。素顔で笑っている。

 告知の画像と同じ顔だ。

 左の画面では、同じ男の肩越しに、大盾を背負った紺のジャケットが近づいてくる。


『え』

『面接官だ』

『凸だ』

『公開面接の人?』


 男は自分のドローンのほうへ顔を向けた。


「皆さん、こんばんは。公開面接のお時間です」


 男の周りで、ドローンが位置を取り直す。1台が朝比奈さんの顔の前で止まった。

 男はハンドマイクを自分の口元に構えて、朝比奈さんに向き直る。


「新宿ダンジョン、第11層。本日、お話を伺うのは」


 男は面接の始まりのように一拍置いた。


「朝比奈柚さん、ですね」


 右の画面で、朝比奈さんの顔がこわばった。


『本当に来た』

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

頭で格上を攻略する話がお好きなら、同じ作者名のページから『最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました』も読めます。

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