第34話 切り取られた答え
最後のねじを、ドライバーで板の穴に締め込んだ。
腰ほどの人形、エキストラさんの胸の割れ目に、売店で買った3千円ほどの板が留まる。
継ぎはぎの上に継ぎはぎだが、穴は塞がった。
台に立てかけた腕の画面では、さっきから同じ短い動画が流れ続けている。
題は、〔公開面接 第1回より〕型が合わなかった盾の方。
昨夜、第11層で朝比奈さんが面接官に答えた場面を、面接官が朝のうちに自分のチャンネルへ上げたものだ。
「合わなかったんです。型が」
画面の中の朝比奈さんがそう言うと、動画は最初に戻り、同じ1文がまた流れる。
切れ目の位置は、配信制作部で切り抜きを作っていた俺には、はっきり見えた。
朝比奈さんが息を吸って、でも、と言いかける手前だ。盾を下げるなと毎日教わったから下げるほうを選べた、という続きが、まるごと落としてある。
『養成所を悪く言うな』
『恩知らず』
『育ててもらってこれかよ』
同じ切り方の動画を、俺も配信制作部の机で毎週何本も作っていた。
俺のチャンネルの登録者数は、58万が55万になっていた。
その下には、検索するといつも上に出てくるアセントの公式チャンネルが並んでいる。
アセントの公式チャンネルは、120万。
超えるつもりだと堂島さんに言った数字が、一晩で3万遠くなった。
朝比奈さんの昨夜のアーカイブを開くと、コメント欄は見たことのない名前で埋まっていた。
『養成所の卒業生です。教官に謝ってほしい』
『アセントの養成所をネタにするな』
『養成所を悪く言う盾の子』
自分の配信のコメント欄にも、同じ色の書き込みが付いている。
朝比奈さんの隣で潜っている人、というだけで十分らしい。
『盾の子と並ぶなら、もう見ない』
『スーツも同類』
このまま隣にいれば、2つの数字はもっと離れていく。
そう数えたときには、手のほうが先に、自分のチャンネルで投稿の欄を開いていた。
文を並べて、読み返す前に、もう上げていた。
『元アセントの配信制作部で、切り抜きを作っていた者として申し上げます。この動画は、答えの途中で切ってあります。元の配信には、続きがあります』
切り抜きを作る側にいた者にしか書けない文で、元アセントだと自分から書いたのは、これが初めてだ。
掲示板にはそう書く人もいたが、俺はどの書き込みにも返してこなかった。
『元アセントかよ』
『切り方のプロが言うなら、そうなんだろ』
『身内のけんか?』
『続きってどこ』
「柏木さん」
休憩所の入口に、大盾を背負った朝比奈さんが立っていた。
打ち身の残る左腕に保冷剤は当てておらず、顔は笑っている。
朝比奈さんは自分の腕の画面を、こっちへ向けた。映っているのは俺の投稿で、上げてから、まだ5分も経っていない。
「この投稿、消してください」
「書いたのは、事実です」
「知ってます。答えた本人なんで」
朝比奈さんは画面を下ろして、俺の向かいの椅子の背に手を置いた。
座る気はないらしい。
「あそこで何て答えるか、わたしが決めたことなんで」
笑ったまま、朝比奈さんは続ける。
「柏木さんに言い直してもらったら、言い直してもらった答えになっちゃうじゃないですか」
言い返す文を探したが、1つも出てこなかった。
配信制作部では、言い返す文を考えるのが仕事だったのに。
「……朝比奈さんの答えなので」
投稿を消した。
画面から文は消えたが、付いていたコメントの欄に、俺の投稿を撮った画像が貼られた。その下に、同じ画像がもう2枚続く。
消したところで、見た人は見た。
朝比奈さんは袖の安全ピンを、指で留め直した。
ピンは緩んでもいなかった。
「次!」
大盾を背負い直す音がする。
「今日も中層、隣を歩きます」
ゲートの内側で、エキストラさんを《収納》に入れる。先に入れてある人形のADさんとスタントさんと合わせて3体で、大きめのリュック3つ分ほどの《収納》がほぼ埋まる。
◇
第11層の主要な通路は、昨夜画面で見たとおり天井が遠い。
朝比奈さんは勝手に俺の隣を歩き、俺のドローンは肩の後ろから2人を撮っている。
組んだとは、どちらも言っていない。2つの配信のコメント欄は、まだ荒れていた。
『盾の子いるじゃん』
『養成所に謝れ』
『スーツの人、さっきの投稿なんで消したの』
朝比奈さんは、そういう書き込みにも声を張って返している。俺は返さずに歩いた。
10分ほど歩くと、左の壁に斜めの筋が2本見えてきた。下の1本は途中で切れている。
昨夜、朝比奈さんが面接官と向き合っていた場所だ。大甲虫の角の跡なのは知っている。分からないのは、あの突進がどうやって壁で止まったかだ。
配信に声が乗らないように、腕の画面に黙って入力する。
なあ。この壁の筋の所で、大甲虫はなんで止まる。
左耳のイヤホンに、答えが届いた。
[いい質問ですね! 結論から言うと、大甲虫は突進を外した先で角が壁に当たると、角を擦りつけて止まります。擦り終えるまで向きを変えません]
撮影の現場なら、止まる所に目印のテープを貼るところだ。
[次は、壁際でかわす位置をまとめましょうか?]
位置なら、こっちでもう決めてある。
通路の先で、黒い甲殻が動いた。
大甲虫だ。腕ほどの長さの角が1本、頭から前へ突き出ている。
向こうは通路の先で、俺たちは壁の筋の前にいる。
角が下がった。
「壁にぶつけます。壁で止まります」
『は?』
『何が?』
《収納》からスタントさんを出して、2本の筋のすぐ前に立たせた。
突進の先が、スタントさんの背中の壁になる。
続けてADさんも出して、通路の真ん中、スタントさんの3歩横に置いた。あとは、跳ばせる時さえ間違えなければいい。
大甲虫が走り出した。
床の石を蹴る音が近づく。
角の先がスタントさんの胸に届く直前、スタントさんを横へ跳ばせた。
角が壁に当たった。
石を擦る音が、ぎ、ぎ、と続いている。
大甲虫は角を壁に押しつけたまま、止まっている。
向きを変えない。こっちに背中と脇腹を見せたままだ。
「ADさん」
ADさんが横から拳を当てた。第12層で倒した大ムカデの牙が、太く黒いくいになって前腕から飛び出し、脇の甲殻を割る。
大甲虫の脚から力が抜けた。
壁には、2本の筋の隣に新しい3本目の筋ができていた。
その脇で、壁際から跳んだスタントさんが、膝を曲げて着地している。
「……ずるい」
隣で朝比奈さんが言った。
2体を止めて、やっと画面を見た。
『止まった』
『なんで知ってんの』
『養成所に謝れ』
『資料にないだろそれ』
『え、先に言ってたよな今』
荒らしの書き込みは減っていない。
ただ、驚く書き込みのほうが多くて、まとめて上へ流れていく。
登録者数は54万で止まっていた。減るのが止まっただけで、戻ってはいない。
「わたしも試します」
朝比奈さんは張り合う顔で、通路の真ん中へ出た。
「ここ」
声に出して、大盾を床に据える。中間ボスを倒したあとに取った、ユニークスキルの《背水》だ。
黄色の矢印が真下を向いて床に突き立ったが、光も何も出ない。
「柏木さん、スタントさんで押してください。思いきり」
「では、失礼します」
スタントさんが大盾に両手を当てて、肩から押し込む。
朝比奈さんの靴は、床から少しもずれなかった。
「動いてないです、わたし」
画面の端で、朝比奈さんの配信のコメントも流れていく。
『押しても動かない』
『ユニークスキルってこれか』
『人形のほうが滑ってて草』
スタントさんで押して動かないなら、たいていのものは動かない。
朝比奈さんは《背水》を解いた。自分でやめることはできるらしい。
2歩横でもう一度、ここ、と据えてみた。据えた形はさっきと同じなのに、スタントさんが押すと、今度は大盾ごと靴が床を滑っていく。
ステータス画面の説明文を読み直してから、朝比奈さんは自分のドローンに向いた。
「一回解いたら、同じ戦いの中では、決め直せないみたいです」
狩りはそのあとも続けた。
2頭目はADさんが仕留め、朝比奈さんも2頭を盾で受けて仕留めて、Lv20です、と配信に叫んだ。
◇
第10層への階段の途中で、俺は配信を終えた。
「本日は、ここまでにします。ご覧いただき、ありがとうございました」
隣の朝比奈さんの配信は、まだ続いている。
その画面に書き込みが流れた。
『面接官が配信始めた』
『公開面接、今ライブ』
腕の画面で、公開面接を開いた。
赤を差し色にしたジャケットの男が、ハンドマイクを持って笑いながら、どこかのダンジョンの帰り道を歩いている。
今朝の動画を上げた人は、何事もなかった顔をしていた。
「皆さん、こんばんは。今夜は、次回の企画のお知らせでございます」
朝比奈さんが、階段の途中で足を止めた。
画面を見るために、俺の腕のほうへ顔を寄せてくる。
「次回の企画は、養成所の型との手合わせ」
『手合わせ?』
『また来た』
『質問じゃないの』
『盾の子に何させる気だ』
配信制作部で見てきた企画なら、手合わせと名の付く回は、どれも相手に何か打ち込む回だった。
「お相手は、盾の方でございます」
男は丁寧に頭を下げた。
「詳しくは、改めて」
配信はそこで切れた。
朝比奈さんは画面を見たまま、黙って大盾の縁を握った。




