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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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第26話 3体目のエキストラさんと、元上司からの二度目の一行

「半分です。膝の分も入れて計算しました」


 朝比奈さんが買い取り窓口の脇の休憩所で、机に封筒を置いた。

 中身は、昨日第10層の奥で金色の甲虫を倒して手に入れた魔石の代金だ。分け方は、昨日のうちに朝比奈さんが先に決めていた。俺は窓口で受け取った分を、そのまま朝比奈さんに預けた。

 自分で決める人には任せたほうが早い。

 膝の分とは、昨日潰れて予備に替えた、スタントさんの膝のことだろう。スタントさんは肩の外板も飛んだまま、《収納》にしまってある。


 封筒の中を数えると、きっちり半分だった。


「膝の分は、どこに入ってるんですか」

「わたしの盾のへこみと、相殺です」

「相殺」

「はい。わたしが決めました」


 人形の膝と盾の修理代を、差し引きでなしにしたらしい。

 多めに入れられるより、よほど断りにくい分け方だ。


 腕の画面で店のページを2つ開いた。1つは、昨日使い切った膝の予備を《鍛冶》で作り直すための材料。もう1つは、もう1体組むなら要る、いちばん安い関節の機構だ。

 肩の予備の部品は《収納》に残っているから、買わずに済む。封筒の中身を口座の残高に足し、2つの値段を引いた。手元に残る額は、


 2,000円。


 この1か月でいちばんの獲物が、膝1つと関節1つで消えた。


「……それ、残高ですか」

「残高です」

「わたしより少ない」


 言われなくても知っている。


「それより柏木さん、登録者見ました? 45万ですよ。わたしも8万!」


 俺は腕の画面でアセントの公式チャンネルを開き、その登録者数を自分の数の隣に並べた。


 120万。


 アセントの配信制作部の机で、毎朝見ていた数字だ。並べてみると、まだずっと上にある。


 朝比奈さんは自分の画面をこっちへ傾けた。

 昨日の競争を二画面にした切り抜きだ。俺の配信とアセントの配信の、同じ時刻の映像が左右に並んでいる。


「昼の時点で、これです」


 300万回。


 コメントは左半分の、俺の側の話ばかりだった。


『指、動いてなくない?』

『両手で膝直しながら走らせてる』

『人形使いってこういう職業だっけ』

『盾の子の「出ます」で泣いた』


 「出ます」は、昨日甲虫の前へ朝比奈さんが自分から盾で出たときの声だ。

 自分の背中を人の画面で見るのは落ち着かない。俺はずっと撮る側の席にいて、画角の端に自分が映り込んだら撮り直していたのだ。


「で、こっちが、あの声のやつ」


 朝比奈さんの指が次の切り抜きに移った。アセントの配信に、堂島さんの声がそのまま乗った場面だ。


 200万回。


 再生は2人とも押さなかった。中身なら、昨日もう聞いている。

 朝比奈さんはそのままアセントの公式のアカウントを開き、親指で投稿を下へたどっていった。

 何を探しているのかは聞かなくても分かった。


「……ない」


 流出の投稿が消えていた。『結論から申し上げます』で始まっていた、アセントの投稿だ。

 訂正も謝罪も出ていない。


 うまい消し方だ。

 訂正を出せば、間違えたと認めたことになる。消しただけなら、あとから何とでも言える。


 その投稿を引用していた人たちの書き込みにだけ、表示できません、の枠が残っていた。その下に返信が付いている。


『消してて草』

『黙って消したな』


 俺は何も書き込まなかった。昨日から一度も、言い返す文を送っていない。


 朝比奈さんはアセントのページを閉じて、別の配信を開いた。生配信の枠だ。

 多摩ダンジョンの上層を、女の人が後ろ向きに歩きながら喋っている。


「でね、兄ちゃんがさ、今朝も――あ、来た来た」


 その人は喋りを止めないまま、横から跳んできたモンスターを光線で片づけた。本題は兄の話のほうらしい。

 黒沢陽菜(ひな)だ。同時接続数は、平日の昼で2万。


『盾まだ見つかんないの?』

『3人のうちは中層お預けか』


「探してる探してる! 見つかるまでは、上層でのんびりなの」


 朝比奈さんは、その答えの所で親指をしばらく止めていた。


「わたしが養成所で教わった型、この人、1個も使ってないんですよ。それで、登録者80万」


 後ろ向きに喋りながら、話の途中で敵を片づける。配信制作部にいたころの俺なら、真っ先に撮り直しを出した映像だ。

 それで人が付くなら、撮り直しを出すほうが間違っている。


 朝比奈さんが腕を下ろして、こっちを向いた。


「わたし、中間ボス行きます」

「中間ボス、ですか」

「第10層の。自分のやり方で倒して、Dランクに上がって、中層に下ります」

「一人で、ですか」

「一人で、です。配信はしますけど」


 この盾使いが、中間ボスのデススパイダーの前に盾1枚で立つ気だ。

 止める理由なら10個は並べられる。並べたところで、この人は最後まで聞いてから自分で決める。

 ボスの広間から中層へ下りる階段は、デススパイダーを倒したことのない人を通さない。俺と組んで挑めば、朝比奈さんも一緒に倒して通れる。それを知っていて、この人は一人で行くと言っている。


「柏木さんのやり方は、借りません。借りたら、わたしのじゃなくなるんで」

「はい」

「でも、勝手に付いていくのは、やめませんから」


 言いながら、朝比奈さんは袖の安全ピンを留め直した。

 付いてくると言った人が、行き先は先に自分で決めている。当たり前のことなのに、机が少し広くなった気がした。


「……朝比奈さんが決めることなので」

「はい。もう決めてます。出る日が分かったら、教えて……いや、自分で調べます」


 口ではそう言いながら、朝比奈さんはもう腕の画面で協会のサイトを開いていた。第10層の中間ボスが次に出る日の欄だ。

 この人なら、出たその日に入る。


 帰り支度の途中で、朝比奈さんが大盾を背負いかけて振り返った。


「昨日、2体いっぺんに動かしてたじゃないですか。あれ、何体までいけるんですか」

「今は、2体までです。Lv3に上がったら2体になったので、3体目は、たぶんLv4です」

「じゃあ、3体目を組むんですね」

「いえ、まだ何も」

「組むんですね。楽しみにしてます」


 朝比奈さんは笑って休憩所を出ていった。

 また朝比奈さんが先に決めた。

 俺は組むとは一言も言っていない。関節の値段を調べただけだ。


 一人になった机で、腕の画面にAIを開く。


「なあ、《人形操作》をLv4にするには」


 そこまで入力したところで、指が止まった。

 ここはゲートの手前で、ダンジョンの外だ。外では、こいつは普通のAIに戻る。スキルのことは答えない。

 入力した文を消した。


 ◇


 夜、中野の部屋。机の上を片づけて、古い部品を並べた。


 1つは肩の板だ。中間ボスに割られてから当て板で持たせていたが、昨日の回廊でとうとう飛んだ。

 膝の部品は2回分ある。大きな角鹿の下敷きになったときの関節と、昨日金色の甲虫に押しのけられて潰れた骨組みだ。


 どれもスタントさんから外したあと、捨てる気になれずに取っておいた物だ。

 関節の機構だけは、《鍛冶》でも作れない。膝を作り直す材料と一緒に、帰りに職人の店で買ってきた。

 袋の裏の説明書きには、『本製品の組み付けには、技術と専用の工具を要します』『組み付けは、専門の職人にご依頼ください』とある。

 この注意を5年読まずに組んできた。今夜も読まなかったことにする。


 ダンジョンの外では《鍛冶》が働かない。工具を当てても、早回しの音はしない。

 5年前、アセントで捨てられた機材の部品からスタントさんを組んだ夜と同じだ。手で叩いて、手で締める。


 潰れた骨組みは、タオルを敷いた机の上でハンマーで起こした。割れた肩の板は、割れ目を寄せて胸の板にする。

 隣の部屋に響かない強さを探すのに、最初の1本で30分かかった。


 つまずいたのは関節のほうだ。

 スタントさんを組んだときからの骨組みと今日買った関節では、ねじ穴の間隔が合わない。当てると、穴が半分ずれる。

 ヤスリで穴を少しずつ広げた。広げすぎれば、膝はぐらつく。

 少し削っては関節を当ててみるのを、何度もくり返した。


 日付をまたいだころ、残りのねじは1本になった。


 膝の関節にねじを当てる。

 ドライバーを回す。

 止まるところまで締めた。


 机の脇に、腰ほどの高さの人形が立っている。

 胸には割れ目が残ったままで、膝の関節だけが買ったばかりの色だ。

 関節のほかは、どれも一度はスタントさんとして体を張って壊れた所だ。


「エキストラさん。今日から、頭数に入ってください」


 写真を1枚撮って、朝比奈さんに送った。

 返事はすぐに来た。昼に言ったばっかりなのに、とある。


 続けて、また撮影の係の名前だ、主役はいつ来るんですか、と朝比奈さんは聞いてくる。


 主役の予定はない。


 エキストラさんは画面の人数を埋める係で、数を見せて相手の目を散らしてもらいます、と返す。


 送ったすぐあとに、その下へもう1件の通知が下りてきた。


 差出人は堂島正臣だった。


 半月前、競争に参加しろと送ってきたのと同じ名前だ。


 柏木、会って話がしたい、とある。


 その下の一行は、日時は、だけだった。


 入力欄の上に、親指が下りかける。

 承知しました、の一言なら、考えなくても入力できる。


 机の脇には、エキストラさんが立ったままだ。

 返事はまだ、1文字も入力していない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

頭で格上を攻略する話がお好きなら、同じ作者名のページから『最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました』も読めます。

次回から第3章が始まります。

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