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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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第24話 両手で直しながら、考えで追い続ける

 《収納》から出した替えの骨組みを、壁際に倒れたスタントさんの膝に当てた。

 潰れた古い骨組みの上から、左手で押さえつける。

 金色の甲虫は回廊をぐるりと回っている。次の周で通るのは、腕を痛めたアセントの盾役さんが倒れている、この回廊の先だ。

 指は下ろしたままだ。今の俺なら、考えるだけで人形を動かせる。


 AIが出した計画の、最後の一行が消えない。

 想定と違う動きが出たら、一度退いて立て直す。

 計画どおりに退けば、盾役さんに何かあっても、決めたのは計画で、俺じゃないことになる。

 膝を押さえる左手を、一瞬ゆるめてしまった。

 撮影の段取りを組む側の目で、その一行を考え直す。退けば甲虫はまた速くなり、盾役さんは次の周も通り道に倒れたままになる。


 この一行は、本番では通らない。


 段取りが変わったら、共演者には先に言う。現場の癖で、声が出た。


「朝比奈さん、退きません」

「え、全部その画面のとおりにやるんじゃなかったんですか? ……画面の言うこと、聞かないんですか?」

「退くと、追うのが切れます」


 人形が追い続ければ甲虫は休めずに遅くなり、途切れれば休んでまた速くなる。返したのはその理由だけだ。


 作戦を組み直す。直すあいだ、両手は膝でふさがる。甲虫を追う人形は頭で動かす。


 右手で鞄からレンチを抜き、継ぎ目に当てて《鍛冶》を念じた。替えの骨組みを、膝の継ぎ目に付けていく。

 光りはしない。付ける工具の音が、早回しで膝の中に続きはじめる。

 この音が止むまで、両手はここから動かせない。急げば急ぐほどMPを食うのは知っているが、それでも急ぐ。

 顔を上げる。

 回廊は、柱の並ぶ部屋をぐるりと一周している。回廊に膝をついたここから見えるのは、手前と奥の曲がり角に挟まれたまっすぐな一辺だけだ。固定カメラ1台ぶんの画角しかない。

 手前の曲がり角のそばに俺がいて、奥の曲がり角のそばに盾役さんが倒れている。

 その奥の曲がり角のすぐ手前に、白い外板が立っていた。ADさんだ。部屋の真ん中からは壁の陰になっていた所が、ここからなら見える。

 考えだけでADさんを走らせる。指を曲げる手間がないぶん、出だしが早い。

 ちょうど金色の背中が、奥の曲がり角を越えていくところだった。ADさんがそれを追う。

 曲がり角まで行き着いたところで、ADさんは止まった。

 見えない所の人形は動かせない。


 追いかけるのが途切れかける。


「白い子、止まっちゃった! ……あれ、足音、軽くなってません?」


 石柱の陰から、朝比奈さんの実況が届く。

 確かに軽くなっている。休んだ脚の音だ。

 足音は角の向こうの見えない回廊を回って、手前の曲がり角へ近づいてくる。そこを抜けてくれば、俺の脇を通って、奥の盾役さんの所まで一直線だ。


「柏木さん、スタントさんの膝やってます! 手がめちゃくちゃ速い!」


 実況してくれるのはありがたいが、見ている人が知りたいのは、たぶん金色の甲虫のほうだ。

 奥では看板パーティの剣の人と魔法の人が、盾役さんの両脇に手をかけていた。引きずろうとしても、重い防具が石に引っかかる。あれでは間に合わない。

 盾役さんはテープを巻いた腕を抱えたまま、足音のするほうへ顔を向けていた。

 膝の中で鳴る工具の音は、まだ半分だ。手を離せば、スタントさんは立てない。

 こめかみの奥で、重さが一拍ずつ増えていく。


 ADさんを曲がり角から呼び戻して、盾役さんの前に立たせた。

 壁にはならない。金色の甲虫は行く手の物を押しのけて走るから、スタントさんの膝を潰したのと同じ当たり方で、白い外板ごと持っていかれる。

 それでも最初の当たりはADさんが受けるので、盾役さんに届く勢いはその分だけ落ちる。


 手前の曲がり角から、金色の甲虫が飛び出してきた。

 子牛ほどの甲殻が、膝をついた俺の肩先をかすめていく。

 俺は思わず首をすくめて、自分の両手を見下ろした。両手が膝にある以上、避けようもない。

 甲虫の行く手にいるのは、白いADさんと、その後ろの盾役さんだけだ。


 背中で、朝比奈さんが前に出るときの合図が聞こえた。


「出ます」


 俺は出ろとも下がれとも言っていない。

 朝比奈さんが決めることなので、といういつもの台詞を挟む暇もなかった。

 顔を上げられないまま、声だけで分かる。今、あの人が石柱の陰を出た。


 大盾の黄色い矢印が、伏せた目の端を駆け抜けていく。

 回廊の奥で、大盾の下の縁が石の床を噛む音がした。

 正面で受け止める構えの音だ。


「怖いですけど! 出ますって言ったの、わたしなんで!」


 ごん。


 大盾が甲虫を受けた音だ。金色の甲虫は向き直らないまま、来た回廊を逆に引き返してくる。こっちへ。


 顔を上げた。

 回廊の奥で、朝比奈さんがADさんの隣に大盾を据えたまま、肩を石柱に預けていた。盾を据えた所から、半歩ぶん押し戻されている。

 盾役さんは、押しのけられずに済んだ。

 見えている回廊を戻ってくるなら、追える。

 ADさんに追わせる。

 ADさんが金色の背中を追って、膝をついた俺のまわりを回り込んでいく。


「盾、2個目へこんだ! でも、止めましたよ!」


 大盾のへこみが、2つ目になったらしい。実況の声が半分裏返っていた。

 大盾ごと押し戻された人の声だ。それでも実況をやめないあたりが、朝比奈さんだった。


 膝の中で鳴っていた工具の音が止んだ。

 手のひらで分かる。作っておいた替えが、継ぎ目にきっちり収まっている。

 急いで曲げ戻しただけの骨組みなら、1回負荷がかかればまた曲がる。今度のは、作ったときから一度も曲がっていない部品だ。


 これなら走れる。


 両手を膝に当てたまま、考えだけでスタントさんを立たせた。


 指は一度も上げていない。


 手のひらの下で、新しい膝が伸びる。きしみもしない。

 金色の甲虫は手前の曲がり角を越えて、角の向こうへ消えた。追っていたADさんは角で止まった。

 回廊はひと続きの輪になっている。向きを変えずに裏をひと回りした背中は、次は奥の曲がり角から出てくるはずだ。

 スタントさんを、そこへ走らせる。肩は割れたままだが、脚なら2本とも無事だ。

 膝をついた俺の脇から奥の曲がり角までは、見えている回廊の端から端になる。そこまで離して走らせれば、人形を動かすMPの減りは倍になる。承知の上で、《高速思考》も念じた。

 周りの動きがゆっくりになる。

 奥の曲がり角から金色の頭がのぞくのと、スタントさんが角の脇に着くのが、頭の中で重なっていく。

 追う役を、ADさんからスタントさんに替える。撮影で交代が入るときの一言を、口には出さずに頭の中で言った。

 次、入ります。

 金色の甲虫が奥の角を抜けて出てきた。その背中に、スタントさんが食いつく。

 追う役を引き継いだ。ADさんは次に備えて、手前の角の脇へ寄せておく。

 追いかけるのは、一度も途切れていない。


 金色の甲虫の足取りが、目に見えて重くなった。

 石を蹴るたびに、一拍ずつ遅れていく。


「遅い、遅くなってる! 止まりそう!」


 手前の曲がり角まであと数歩の所で、金色の甲虫の脚が止まった。

 膝をついた俺の、すぐ先だ。

 甲虫が身を伏せる。

 金色の甲殻が下がって、その下に白っぽい腹がのぞいた。


「止まって、伏せた……! みなさん、伏せました! 始まる前に言ってたとおりです!」


 奥で盾役さんを抱えていた2人も、引きずる手を止めていた。

 いちばん近くにいるのは、スタントさんだ。


 割れた肩のまま、踏み込む。

 直したばかりの膝で、石を蹴った。


 体ごと、腹へぶつかった。


 鈍い音のあと、回廊から声が消えた。朝比奈さんも、奥の看板パーティも、息を止めている。

 金色の甲殻が腹から崩れて、光の粒になってほどけていく。

 回廊の石の上に、魔石が1つ転がった。拳ほどもある、奥まで透けた石だ。角鹿の魔石とは比べものにならない。


【レベルアップ。Lv20からLv21になりました】


 看板パーティより先に獲った。


 人形を動かす考えを手放して、2体を止める。

 MPはほとんど残っていない。上がったレベルを確かめる余力も、もうどこにもない。

 ようやく腕の画面に目を落とせた。読めずにいた間に、3つの配信のコメントがずっと上まで溜まっている。

 まず自分の配信の欄から読む。


『ハッタリじゃなかった』

『指動いてない』

『直しながら動かしてる』

『両手ふさがってたよな今』


 朝比奈さんの配信の欄は、半分が叫びだった。


『盾の子が出た』

『出ますって言った!』

『2個目のへこみ』

『膝ふるえてたのに』


 アセントの配信の欄は、途中から流れの向きが変わっていた。


『止まるなんて知らなかったのか』

『待ち伏せ、休ませてただけじゃん』

『下見で確認してたって嘘じゃん』

『中ボスの下見でも引き返してたよな』


 その下の1件に、同じ意見の書き込みが連なっていく。


『アセントが知らないことを、どうやってアセントから盗むんだよ』

『流出って、アセントのデマだったんじゃ』

『雷堂は?』

『同接が傾いてから飛んだな』

『アセントのカメラ、今日はちゃんと撮ってる』


 言い返す手間は、金色の甲虫が省いてくれた。


 今見ている人の数の欄に目を移す。


 アセントの競争の配信、7万1千。


 俺の配信、8万2千。


 2週間前に告知を出した元の職場の企画を、俺の配信が抜いた。


「柏木さん! わたしも3万5千です、3万5千!」


 回廊の奥から、朝比奈さんの声が飛んでくる。甲虫を受け止めたばかりなのに、まず自分の数字を叫ぶあたり、この人はどこまでもぶれない。

 部屋の入口に目をやると、俺と同じ年にアセントへ入った同期が操るドローンが、まだ宙に浮いていた。


 アセントのカメラは、俺を映していた。


 ◇


 回廊の奥で、看板パーティが盾役さんを起こしている。

 盾役さんは差し出された肩を一度断って、自分で立った。打ち身で済んだらしい。

 パーティのうちの1人が、こっちを向く。


「……助かりました。そっちの盾の人も」

「いえ。お疲れさまです」


 反射で頭が下がった。

 勝っても、この癖は直らない。

 頭を戻すとき、少し離れた石柱の脇に金色の髪が見えた。

 雷堂さんが、自分の腕の画面を親指で遡っている。汗で前髪が額に張りついていた。

 話す前には必ずレンズに向けて顔の角度を決める人が、今はどのレンズにも顔を向けていない。

 画面が傾いて、一瞬だけ中身が見えた。アセントの配信の、さっきの決着の場面だ。

 映っているのは、回廊に膝をついた紺の背中と、2体の人形だけだった。


 雷の光は、どこにも映っていない。


 雷堂さんは何も言わずに画面を下ろした。


 朝比奈さんもコメントも、そっちを見ていない。

 いちばんいい場面に映れなかった人が、アーカイブを遡るときの親指の速さなら、制作の卓で何度も見てきた。


 朝比奈さんが、膝を笑わせたまま隣に来た。間近で見ると、金色の甲殻が当たってできた2つ目のへこみは、大盾の黄色い矢印の真上に残っていた。手が俺の袖に伸びかけて、一度止まって、それからつかんだ。

 盾を構えていた指先はまだ冷たい。

 部屋の入口のほうに、腕まくりのワイシャツが見えた。堂島さんが、スマートウォッチに目を落としたまま、横のスタッフに何か話しはじめている。声はここまで届かない。

 相手の顔を見ずに数字を見る背中は、俺が入社した日から変わらない角度だった。


 その横で、同期がドローンを飛ばし続けている。

 さっき俺を映していたレンズが、今は堂島さんのほうを向いていた。

 決着のあとは、カメラを操る人間が現場の音を切って、締めの映像に切り替える。俺が5年、制作でやってきた手順だ。

 順番どおりなら、とっくに済んでいる頃だった。


 同期の親指は、ドローンが拾う音を切る端末の上で止まったまま、下りなかった。

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