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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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第23話 競争の日、甲虫は下見の画面どおりに逃げる

 金色の甲虫がどっちへ逃げるかは、3日前の下見の配信に全部映っていた。

 下見の配信は誰でも見られたから、それを知る者は俺だけではない。

 今日は34日目。元の職場である大手クラン、アセントが、誰でも参加できる形で開く競争の日だ。

 場所は新宿ダンジョン第10層の奥。柱の並ぶ大きな部屋を、回廊がぐるりと一周している。


 俺は部屋の真ん中に立っている。ここからなら、石柱の間から回廊のほとんどが見えた。

 俺の戦闘人形の2体、スタントさんとADさんは、回廊のうち俺から見える場所に1体ずつ立たせてある。曲がり角を1つ挟んだ、手前と先だ。

 操るのをやめた人形は置いた姿勢のまま立っていて、MPを使わない。本番前に待たせておくのに、人形ほど向いた出演者はいない。


 《収納》には、スタントさんがいつも壊す所の予備の外板と骨組みが積んである。

 指は下ろしたままだ。

 人形を指でなく考えだけで動かせることは、配信ではまだ言っていない。


 部屋の石柱の陰では、朝比奈さんが自分のドローンに向かって実況していた。盾の黄色い矢印が、柱の縁から半分はみ出している。


「はい、石柱の陰から失礼します。今日のわたしは、見る係です」


 隠れる気があるのかは後で聞こう。

 朝比奈さんは、前に出て戦うときだけ、先に「出ます」と言う。いつ出るかは自分で決める、と本人が決めた合図で、その声はまだ聞こえていない。


 浮かせた自分のドローンに顔を向けた。


「お疲れさまです。本日は、アセントさんの公開の競争に参加します。始まる前に、一つだけお伝えしておきます」


 配信制作部で、撮影の手順を読み上げていた頃の声が出た。


「この金色の甲虫は、数分追い続けると、止まって伏せます」


 それだけ言って口を閉じた。

 理由は付けない。付ければ言い訳に聞こえる。

 ただ、当てる前に言っておかないと、当てたあとで下見のおかげにされる。


「え、それ言っちゃうんですか」


 石柱の陰から朝比奈さんの小声が届いた。言っちゃうんです。

 腕の画面で、流れたコメントを一度だけ見た。


『雷堂とスーツどっちが先』

『人形で追いつけるかよ』

『止まる? 初耳なんだが』

『どこ情報』

『アセントの下見で知ったんだろ』


 予想どおりの並びだった。疑う2行のほうが流れが速い。

 下見の情報が外に漏れたらしい、という投稿をアセントが出してから、この手のコメントは毎回つく。慣れはしない。目薬を差したくなる。

 画面を半分に割って、アセントの配信も開く。同じ部屋が入口の側から映っていた。

 画面の真ん中あたりに、スーツが小さく突っ立っている。俺だ。


『挑戦者来た』

『スーツの人も参加か』

『見せてもらおうか、スーツの人の性能とやらを』

『下見で確認済みらしいし余裕』

『雷堂きたー』


 2つの画面に同じ部屋がある。片方は元の職場のカメラで、片方は俺のだ。

 どちらの画面にも、甲虫はまだ映っていない。

 疑いには言い返さない。


 答え合わせは数分後に甲虫がしてくれる。


 部屋の入口で、アセントの競争が始まった。

 雷堂さんがドローンのレンズに顔の角度を決めてから、口を開く。


「はいみんな、お待たせ。今日はさくっと獲るっしょ。で、今何人見てんの」

「スーツの人も来てんの? 人形で甲虫追うとか、絵的にきつくね?」


 絵的にきついのは事実なので、反論はない。

 金に染めた雷堂さんの頭の後ろに、看板パーティの4人が並んだ。盾役が盾を持つ腕に、テープを巻いた跡がのぞいている。

 下見で痛めた腕だ。あの腕で、型どおりに受けられるのか。


 アセントのドローンを飛ばしているのは、俺の同期だった。部屋の入口で手元の端末を握っている。今日の画角はあいつが決めるらしい。

 その後ろに、腕まくりのワイシャツが立っていた。

 堂島さんだ。スマートウォッチの数字から目を上げない。クビを言われた夜から、初めて見る姿だった。

 俺は思わず頭を下げかけた。

 これから甲虫を追うのに、頭を下げている暇はない。下げずに、目を回廊へ戻す。


 看板パーティが回廊に入ると、奥の金色が、人の走りよりずっと速く逃げ出した。

 雷堂さんが誰より先に飛び、雷の光が一瞬だけ回廊を真っすぐ走る。速さは本物だ。

 ただ、回廊は曲がる。甲虫だけが回廊に沿って曲がり、見えなくなる。


 雷堂さんは曲がり角の先へ置いていかれた。


 残った4人は、回廊の前と後ろに分かれて待ち伏せた。挟み撃ちの形だ。

 甲虫は挟まれる手前で足を止める。詰め寄れば逃げ、4人は集まり直して、また待つ。


「止まった! 今のうち、構え直せ!」

「右から回ってくるぞ、右!」


 あの待ち伏せは、甲虫に休憩を出しているだけだ。


 競争を知らせるアセントの告知には、『当社が事前の下見で確認しておりました』とあった。確認できたのは、甲虫の居場所までだったらしい。


 人形で追い始めるのは、雷堂さんの一歩が曲がり角で終わってから、と決めていた。甲虫のいちばん近くに雷堂さんがいるうちは、逃げる向きが読めない。

 当の雷堂さんは、角の先から部屋のほうへ戻ってきて、息を整えている。

 ここからは俺の作戦の番だ。人形2体を交代で走らせて、甲虫を追い続ける。

 甲虫が回廊の、俺から見える側へ出てくる。


「ADさん、お願いします」


 考えただけで、白い外板が動き出した。関節の小さな機械音が、石を蹴る足音に変わっていく。

 声に出す必要は、もうない。考えれば動く。それでも俺は、現場の言葉をつい口に出してしまう。

 ADさんが金色の背を追った。


 追いつかなくていい。休ませなければ、それでいい。


 甲虫が曲がり角へ差しかかる。その先は俺から見えない。見えない所の人形は動かせない。

 だから、角を抜けた先の、俺から見える場所に、スタントさんを立たせておいた。


 《高速思考》を使った。

 周りがゆっくりになる。甲虫の脚の1本ずつが、数えられる速さで石を打った。

 《高速思考》が続く5秒ほどの間は、考えが3倍の速さになる。引き継ぐ一瞬を合わせるには、これで足りる。

 金色の背が曲がり角の先に出た。

 ここで、追う役をADさんから、角の先で待たせていたスタントさんに替える。


「スタントさん、入ります」


 色むらの外板が、止めた姿勢から一歩で走り出した。甲虫を追う足が途切れずにつながる。

 ADさんは、次の曲がり角の先へ走らせて待たせる。

 《高速思考》に払うMPは1回で3。交代のたびに払う。安くはないが、受け渡しをしくじるよりは安い。


「交代した!」


 石柱の陰から、朝比奈さんの声が飛んでくる。


「今の見ました? 人形が、バトンしました! バトン!」


 返事はできない。頭の中は2体と甲虫で埋まっていて、腕の画面を見る余裕もない。


 待ち伏せていた4人の前を、甲虫とスタントさんが続けて駆け抜けた。剣の人が、口を開けたまま見送っている。


 回廊を回る甲虫を、2体が曲がり角ごとに受け渡していく。

 俺は一度も指を上げていない。指で動かしていた頃なら、受け渡すたびに一拍遅れていた。

 回廊の遠い側は、部屋の真ん中から20メートルを越える。そこを走らせる間は、MPが倍の速さで減る。

 その区間はさっさと抜けてもらう。

 スタントさんが走る先の角で、追う役をADさんに替える。


「次、入ります」


「また交代!」


 1周ごとに、金色の脚が石を打つ音の間が伸びていく。

 金色の背中が走るたびに上下に揺れはじめた。

 下見の画面で見た、2周目の足と同じだ。あの揺れが、ずっと続いている。


「……あれ? 甲虫、遅くなってません?」


 朝比奈さんの声が一段上がった。


「えっと、スーツの人の配信も見てる人、さっきの予告、覚えてます? 止まって伏せるってやつ」


 部屋の真ん中で動かない俺のまわりを、2体が代わる代わる、金色を追って回っていく。

 俺のこめかみの奥も、同じだけ重くなった。それでも、今日の分のMPは足りる。

 AIが出した甲虫の仕様と、俺の作戦が、そのまま噛み合っている。


 本番が台本どおりに進む現場なんて、5年で何回あったか。

 あと何周かで止まる。


 また曲がり角の先で、追う役がスタントさんに替わった。スタントさんが金色の背の2歩後ろにつく。

 ADさんは次の曲がり角の先へ向かう途中で、壁の陰になって俺から見えない側に入った。


 目の端に雷堂さんが入った。

 回廊から部屋へ戻った所で、腕の画面を見ている。

 同時接続数を確かめる仕草だ。3日前の下見の配信では、雷堂さんはこれを6回やった直後に飛んだ。


 次の瞬間、雷の光が部屋の中を走った。

 朝比奈さんの隠れる柱の、すぐ脇を抜けていく。


 曲がり角は通らない。


 石柱の間を突っ切って、甲虫の行く手の回廊へ、真っすぐに。


「真ん中、突っ切ってきた!」


 朝比奈さんの叫びが柱に跳ね返った。


「雷堂、待て!」


 入口のほうで、看板パーティの誰かが叫んだ。


 雷堂さんが、甲虫の正面に飛び出す。誰より先に、誰より近く。


「っしゃ、もらった!」


 甲虫は、雷堂さんに向き直らない。


 いちばん近い雷堂さんから離れる向きへ、身を返した。


 来た道を、逆に。

 2歩後ろを追っていたスタントさんの、真正面へ。


「だめ、そっち――スタントさん!」


 金色の甲殻が、色むらの外板にぶつかった。


 硬い音。


 スタントさんが、回廊の壁へ押しのけられる。


 スタントさんの膝が、曲がるはずのない向きに折れた。


 肩の外板が、割れて飛んだ。


 立て、と考えた。折れた膝は考えに応えない。

 甲虫は止まらずに走り抜けていく。

 雷堂さんの一撃が遅れて金色の背を打った。

 金色の甲殻には、刃の入る継ぎ目がない。一撃はその上を滑った。

 雷の光はもう消えている。


 雷堂さんを追って、看板パーティが部屋を突っ切ってきた。石柱の間から、4人が回廊へ崩れ込む。

 先頭の盾役が、甲虫の行く先に盾を構えようとした。盾を斜めに立てて腰を落とす、養成所で教わる型の構えだ。

 そこまでは、型どおりだった。

 ただ、盾を支える左腕が肘の高さで止まる。テープの巻き跡ごと、盾の縁が下がっていく。

 やっぱり、あの腕だ。

 崩れた構えの縁を、走り抜ける金色の脇腹が叩いた。


 盾役が盾ごと床に倒れた。


 盾役は盾の下から片腕で床を押すが、起き上がれない。押しているのが、痛めたほうの腕だ。

 斥候が、盾役の名前を呼びながら駆け寄った。


「起きろ、来るぞ! ……腕か。腕なんだな!」


 石柱の陰から、朝比奈さんが身を乗り出した。


「盾の人、倒れてる! 柏木さん、あそこ!」


 甲虫は止まらずに、回廊に沿ってぐるりと回っていく。


 次の周で甲虫が通るのは、盾役の倒れている所だ。

 そこは部屋の真ん中から見える側だった。見えているのに、そこへ走らせる人形がいない。


 ADさんはまだ回廊の見えない側にいる。俺から見えないので、呼び戻せない。

 スタントさんは回廊に倒れたまま立てない。

 甲虫を追う人形が1体もいなくなった。

 追うのが途切れれば、甲虫はまた速くなる。


 回廊の向こうを、金色の足音が進んでいく。さっきより軽い。

 雷堂さんは、甲虫を打った所に立ったまま、次の一歩を出せずにいた。

 レンズにいちばん映る先頭に立っているのに、次に撮らせる見せ場がない。


 2週間前、甲虫に先に勝つにはどうすればいいかを、AIに聞いた。返ってきた計画の中の一行が、頭に浮かんだ。


[想定と違う動きが出たときは、一度退いて立て直すことをおすすめします]


 その答えを読んだときは、よくできた保険だと思った。

 想定と違う動きなら、今、全部出た。

 退けば、MPと残ったADさんは助かる。前に出れば、両方とも削れていく。

 盾役を助けるのに人形を割けば、甲虫を追う手が減る。競争の勝ちも、その分だけ遠のく。

 今日の損を止めるなら、ここだ。

 3日前の下見の配信で、角鹿が、たまたま狩りに来ていた3人組へ突っ込んだ。あの盾役は、その知らない3人の前に体ごと割り込んで受け、腕を痛めた。

 今、あの人の前に割り込める者は誰もいない。

 足音が回廊を回ってくる。盾役の所まで、半周もない。

 盾役はまだ盾の下で床を押している。斥候が盾の縁をつかんで引くが、盾ごと重くて動かない。


 考えるより先に、声が出ていた。


「盾役さんは、アセントさんのほうで下げてください」


 決めるのは向こうの現場だ。

 そう言いながら、俺はもう両手を前に出していた。指は下ろしたままだ。

 スタントさんの膝に使う予備の骨組みを、《収納》から出す。


 《鍛冶》で自分で作った骨組みの重さが、手の中に落ちてきた。

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