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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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第22話 指を下ろしたまま、人形が歩いた

 角鹿の角を肩で受けていた俺の人形、スタントさんが押し勝った。角鹿の前脚が持ち上がる。

 子牛ほどの灰色の体が、後ろ脚だけで踏ん張っている。スタントさんの膝が、石の床を半歩ぶん滑って止まった。人形を動かす力は俺のMPで、押し返させた分だけ、こめかみの奥が重い。

 人形2体を指で動かしている間は、コメントも同時接続数も読めない。耳に入るのは、ひづめが石を擦る音と、関節の機械音だけだ。

 角の下で喉が開いた。もう1体の人形、ADさんの拳の高さだ。

 開けば、あとは1回で足りる。

 指を曲げた。

 ADさんの拳が、喉に入った。

 灰色の体が、角の先から光の粒になってほどけていく。


 新宿ダンジョン第10層の奥の区画、主要な通路。企画の日まで、あと2日。

 経験値は目に見えないが、Lv20は、昨日の夜の時点でもう近いはずだった。


 頭の中で、天の声が鳴った。


【レベルアップ。Lv19からLv20になりました】

【職業が進化できます】


 天の声はいつも、窓口の読み上げみたいに平らだ。2行目の1行だけ、そうじゃなかった。

 待っていた、と言われた気がした。

 気のせいにして、指を伸ばす。2体はその場で止まった。


 AIに組ませた計画の、これが最後の手順だ。計画のとおりなら、進化の候補に、世間の一覧に載っていない職業が1つ並んでいる。

 ただ、それを開くのはカメラの前じゃない。


 イヤホンに指を当てて、ドローンのレンズに顔を向けた。


「本日は、ここまでです。続きは、2日後に。ありがとうございました」


『え、もう?』

『今止まったの何』

『天の声きた?』

『レベル上がった?』

『後半へつづく、じゃないのよ』

『締めるの早いって』


 天の声は配信に乗らない。聞こえたのは俺だけで、画面の向こうには、スーツの男が急に立ち止まったようにしか見えていない。

 いちばん見せたい場面は、本番の配信まで取っておく。配信制作部で5年、番組をそう組んできた。

 終わるのが早いという文句は、続きを見たい人しか書かない。


 大盾の陰から、朝比奈さんがこっちを見ていた。ずるい、と顔に書いてある。

 配信を切った。最後の同時接続数は3万前後だった。


 ◇


 溜まり場へ戻る通路で、朝比奈さんに、さっきの何だったんですか、と2回聞かれた。2回とも、戻ったら話します、と返した。

 溜まり場は、中間ボスの広間の手前で通路が広がった、踏み固められた場所だ。その壁際に腰を下ろす。

 脇には、いま出てきた奥の区画への通路の入口と、協会の注意書きがある。

 スタントさんは《収納》に戻し、ADさんはキャリーから降ろして、目の前に立たせてある。

 ステータス画面を開いた。


 職業:人形使い(進化できます)


 職業の行に意識を向けると、その下に1行が開いた。


 進化の候補:傀儡師(くぐつし)/念繰師(ねんそうし)


 念繰師。計画にあった、一覧にない職業だ。本当に出た。

 候補を開くのに1行で済むあたり、役所の窓口よりよほど親切だ。

 傀儡師のほうは一覧に載っている。人形使いの先を調べれば、誰でも最初に行き当たる名前だ。

 知っている道と、知らない道が、1本ずつ並んでいる。


 腕の画面に、短く打ち込む。


「なあ、傀儡師と念繰師って、何が変わる?」


[いい質問ですね! 傀儡師は、複数の人形を同時に動かして、数で押す人形使いです。以後の能力の伸びも、そちらに寄ります]

[念繰師は、人形を動かすのに、指が要らなくなります]

[次は、2つの違いを表にまとめましょうか?]


 職業の節目でも、朝の情報番組の明るさは変わらない。

 表は要らない。聞きたかったのは何が変わるかだけだ。

 どっちを選べばいいかは聞かなかった。


 2日後の作戦を、頭の中でもう一度なぞる。

 第10層の奥の回廊で、金色の甲虫を2体の交代で追い、休ませない。先に倒した方の勝ちで、向こうには雷堂さんの速さがある。

 交代で追うなら、走らせる数は多いほうがいい。

 曲がり角ごとに人形が立っていて、甲虫が来るたびに次が走り出す。傀儡師で組むなら、そういう映像になる。配信を作る側から見ても、数字の取れる映像だ。


 数をそろえられる傀儡師のほうが、競争の日には強く見えた。


 念繰師を選んでも、走らせる数は2体のままだ。

 一覧にない職業を選んで失敗すれば、企画の2日前に、一人で賭けて負けたことになる。誰に話しても、なんでそっちを、と言われる。失敗しても、2日では組み直せない。

 アセントでは、企画書に名前があったのが俺で、失敗したのも俺の名前になった。


 傀儡師なら、失敗しても言える。誰でも知っている強い職業を選んだだけです、と。

 そっちのほうが楽だ。


 気づくと、傀儡師の名前ばかり見ていた。

 名前を頭の中で選べば、確認の1行が出る。


「柏木さん?」


 隣で、朝比奈さんが首をかしげていた。俺が画面を開いたまま黙っているのが、気になったらしい。


「職業が、進化できるみたいで。候補が2つ出てます」

「え、もう? 何と何ですか」

「傀儡師と、念繰師です」

「ねんそう……? なんか、どっちも強そうな名前ですね」

「朝比奈さんなら、どっちにしますか」

「やです」


 即答だった。断る速さまで、この人は自分で決めている。


「それ、柏木さんの職業じゃないですか。で、柏木さんは?」


 で、と聞かれて、作戦の別のところに考えが行った。

 戦いの最中に、人形の壊れた部品を交換するところだ。2日後の回廊では、2体のどちらかが必ずどこかを壊す。

 数を増やしても、壊れたまま止まっていたら、立っている置物が増えるだけだ。


 直せる人が現場にいないと、本番が止まる。


「両手が空くほうにします。戦いながら直せるので」


 朝比奈さんは、ふうん、とだけ言って、膝を抱え直した。それ以上は何も言ってこない。

 念繰師の名前を頭の中で選ぶ。確認の1行が出たので、心の中で、はい、と答えた。


【職業が、人形使いから念繰師になりました】


 職業:念繰師


 画面の1行が書き換わっただけで、体のほうは何も変わった気がしない。

 変わったかどうかは動かせば分かる。


 指を下ろした。

 両手を、膝の上に置く。

 目の前のADさんを見て、歩け、と考えた。


 かち、と膝の関節が鳴る。


 ADさんが、歩き出した。

 膝に両手を置いたままの俺の前を、白い外板が横切っていく。

 二歩目で、石の床の段差をまたいだ。


 止まれ。


 止まった。指で動かすときは、指を曲げてから脚が出るまでに半拍の遅れがあった。それがない。

 朝比奈さんは、膝に置いたままの俺の手とADさんを、何度も見比べた。


「柏木さん。……指、動いてないですよね」

「動かしてないです」


 片手で部品を交換し、もう片手の指で人形を歩かせる練習の9晩、交換はいつも、あの半拍だけ遅れていた。


 朝比奈さんは立ち上がって、ADさんの横にしゃがみ込んだ。糸でも探すみたいに、頭の上の空を手で払っている。

 何も引っかからないのは、俺が一番よく知っている。


「さっきまで、こうやってたじゃないですか。くいって」


 朝比奈さんが、自分の人差し指を曲げてみせる。

 脇道で何晩も、隣で見ていた手つきだ。


「それが、要らなくなりました」

「え、こわ。……え、すご」


 感想の順番まで、配信のコメント欄と同じだ。


 《収納》から、スタントさんを出した。

 スタントさんは壁際へ、ADさんは通路の入口の脇へ。それぞれ別の向きに、考えだけで走らせる。

 関節の音が2つ、溜まり場の石の床に重なった。

 壁の手前で振り向け、と考えると、色むらの外板がその場で向きを変える。ADさんのほうは、入口の脇を回って戻ってくる。2体とも、迷いがない。

 MPは、指で動かしていたときと同じ速さで減っていく。

 スタントさんを壁際で止めて、立たせておく。ADさんだけを走らせたまま、《収納》から肩の予備の外板を出して、両手で持ってみた。

 ADさんの足音は途切れない。両手には、板の重さがちゃんと乗っている。


「それ、配信切る前にやってくれたら、わたしの切り抜きにできたのに」

「撮れ高なので」

「……ずるいなあ」


 ◇


 夜。協会の建物の休憩所で、MPがまだ半分ほどしか戻らないまま目薬を差していると、腕の画面に通知が流れてきた。

 アセントの公式の投稿だ。昨日の、企画配信は予定どおり実施いたします、の投稿のすぐ上に、新しい1件が並んでいる。


『出演:看板パーティ(4名)、雷堂誠 企画責任者:配信制作部 部長 堂島正臣』


 看板パーティは、アセントの顔の4人組だ。下見で腕を痛めた盾役の人も入っている。

 行の終わりで、目が止まった。アセントにいた5年、上司として呼んできた名前だ。


 堂島正臣。

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