第21話 看板の下見は、雷の一歩で崩れる
〔新宿〕アセントの希少種の競争を語るスレ Part2
388:名無しの冒険者
今夜、競争の下見を配信するってよ
場所は第10層の奥
389:名無しの冒険者
下見を配信すんの?
地味な回になりそう
390:名無しの冒険者
>>389
雷堂が来るんだぞ。下見でも数字取りに行く回だろ
391:名無しの冒険者
スーツの人も見てるだろ、これ
392:名無しの冒険者
見てるに決まってる
元の職場の下見だぞ
スーツの人は、スーツで潜る俺の呼び名だ。見てますよ、と胸の中で返して、スレを閉じた。
新宿ダンジョン第1層で、行き止まりになった脇道の入口にいる。打ちかけの外板を床に置いたまま、隣から朝比奈さんがのぞき込んできた。
腕の画面を配信の一覧に切り替える。いちばん上は今日も金のよろいの剣士だ。
アセントの公式は何段か下にある。同じ腕の画面で、その配信を開いた。
甲虫を先に倒した方が勝つ、企画の日まで、あと3日だ。
画面の中は第10層の奥の区画だった。
太い石柱の並ぶ大きな部屋を、廊下がぐるりと一周して囲んでいる。柱の並ぶ広間と、そのまわりの回廊だ。
3日後の現場がそのまま映っている。
画面に、金に染めた髪の男が入ってきた。
アセントの看板の前衛、雷堂さんだ。しゃべる前に、レンズへ向けて顎の角度を決める。協会のロビーで見たのと、同じ入り方だった。
「はい、みんなお待たせ。本番の3日前、下見っしょ。で、今何人見てんの」
雷堂さんは言い終わる前に、腕の画面へ目を落とした。
数字の確認から入る出演者だ。
「本番は誰でも挑戦オッケーだから。ま、先に獲るのは俺っしょ」
『雷堂きた』
『スーツの人見てる?』
『下見なのに豪華』
『本番いつだっけ』
場の回し方はさすがにうまい。3秒で、画面の真ん中が自分になる。数字を取る人の声だ。
雷堂さんと組む看板パーティの4人が、部屋の右側から回廊へ入っていく。盾役が先頭で、斥候、剣士、魔法使いの順だ。中間ボスの広間で脚をやられた斥候も、今日は普通に歩いている。
ドローンは4人の背中を追わず、少し高い所から回廊の先を映していた。いい画角だ。
部屋の石柱の間から、向こう側の回廊までのぞける。ところどころ、壁で切れて見えない所もある。
入る順、近づく側、ドローンの向き、見える所と見えない所を、頭の中の作戦に書き込んでいく。
向こう側の回廊の壁際で、俺は一度目を止めた。
アセントではない3人組が狩りをしている。装備は浅い層向けの軽いものだ。中継器の電波が届く回廊は、配信しながら狩れるから人が寄る。
撮影の日なら、制作が頭を下げて場を空けてもらう相手だ。下見の画面ではただの背景だった。
画面に映るものだけで、作戦は立てられる。
右上の同時接続数は6万。
雷堂さんが腕の画面を見たのは、始まって3分で、もう4回目だ。
「数えてるんですか」
「前の仕事の癖です」
「わたしの配信のときも、数えてました?」
「……数えてました」
朝比奈さんは画面から目を離さずに、ふうん、とだけ言った。
回廊の先の暗がりで、金色が光った。
3日後の獲物だ。
朝比奈さんが身を乗り出して、肩が俺の腕に当たる。二人で腕の画面に額を寄せた。狭い画面に、大人二人の頭は収まらない。
4人が間を詰める。金色の甲虫は回廊に沿って走り出した。
人の駆け足より、ずっと速い。盾役が足を速めても、間は開く一方だ。
同時接続数が動いた。
5万8千。
6万から2千減った。30人に1人がよそへ行っただけだ。
制作の卓なら、誰も声を出さない落ち方だった。
雷堂さんがまた腕の画面を見る。
6回目。
来る。
画面の端から、白い光が一本、回廊を真っすぐ走った。
4人を追い抜き、金色の背中に一息で迫る。
届く。
その先で、回廊が曲がり角になる。
金色の甲虫は、回廊に沿って曲がった。
光は、真っすぐ曲がり角の先へ抜けた。
『速っ』
『今の雷堂?』
『え、どこ行った』
『置いてくなよ』
光がほどけたとき、雷堂さんは曲がり角を越えた先にいた。金色の甲虫はもう回廊の奥へ消えている。
速さは本物だった。俺の人形は、スタントさんでもADさんでも、あの背中に届かない。
置いていかれた4人は、曲がり角の手前で足を止めていた。盾役が振り返って、何か言っている。
雷堂さんに置いていかれた4人は、看板でも何でもない、ただの4人だ。
少しして、4人の背後の曲がり角から、金色の甲虫が飛び出してきた。
回廊を一周してきたのだ。
「後ろ!」
画面の中で斥候が叫んだ。4人は振り返った拍子にばらけた。甲虫は脇をすり抜けて、また回廊の先へ逃げる。
石柱と石柱の間を抜けるのに、さっきより一拍長い。
2周目の足は1周目より遅い。
そこに気づいたコメントは、一つもなかった。
追い続ければ、あの足はまだ落ちる。
ばらけた4人の先の曲がり角から、枝分かれした角がのぞいた。
ふつうの角鹿だ。角を下げて突進してくる。
角の先にいたのは4人ではなかった。盾役から数歩しか離れていない壁際の、さっき狩りをしていた3人組だ。
3人とも、足が床に貼りついたみたいに動かない。
『奥の区画来たばっかの人?』
『逃げろ逃げろ』
俺たちがいるのは第1層だ。入口の転移陣なら第10層の広間の奥まで一瞬だが、そこから走っても回廊までは数分かかる。着く頃には、全部終わったあとだ。
そのうえ、アセントの下見にスーツの人形使いが現れれば、下見を盗んだという疑いに、自分で画を足すことになる。
画面に映る回廊に、俺の手は届かない。
盾役が、走った。
斥候が何か叫んだが、盾役は振り向かない。
3人の前に、体ごと割り込む。
盾を斜めに立て、腰を落とす。
「……養成所の型だ」
隣で、朝比奈さんが言った。
角が、盾に入った。
盾役が石の床を後ろへ滑る。
一歩。
もう一歩。
盾役は、肘から妙な向きに曲がりかけた左腕で、盾を支えている。
盾は、下がらない。
後ろの3人まで、角は届かない。
横から剣が脇腹に入り、魔法の光が頭を打った。
角鹿は光の粒になってほどけた。
『盾の人えらい』
『受け切った!』
『後ろの3人、無事』
『雷堂どこ』
『盾の人、腕おかしくない?』
盾を下ろした盾役が、左腕を押さえて体を折った。
そこで、画面が黒くなった。
◇
腕の画面には黒い四角だけが残った。
朝比奈さんはいつの間にか膝を抱えていた。
「あの受け方、養成所で毎日やらされたんです。後ろに何があっても、盾は下げるなって」
袖の安全ピンを外して、留め直す。
「嫌いでした、あれ。……でも、あれで後ろの人、守れちゃうんですね」
俺は何も言わずに、腕の画面に指を戻した。
どの現場でも、入る前に立ち位置と逃げ道を決める。撮影の前の晩に組む段取りは、いつもそこから書き始めた。
3日後の立ち位置を決めるのに、足りないのは甲虫の側の理屈だけだ。
「なあ。金色の甲虫って、すぐ後ろまで迫られたら、どっちへ逃げる?」
[いい質問ですね! いちばん近くに迫った者から離れる向きへ、通路に沿って逃げます。向き直りません]
[行く手の物は押しのけて走ります。止まって構えた盾にぶつかると、はね返って逆へ逃げます]
[追われるのが途切れると、また速くなります。次は、止まって伏せるまでの時間もまとめましょうか?]
画面の甲虫も、一度も振り返らなかった。4人の背後に出たときでさえ、脇をすり抜けて前へ逃げただけだ。
なら、逃げる先は回廊の形で決まる。回廊は一周してつながっていて、どこまで逃げても同じ回廊の上だ。
追われるのが途切れて速くなるなら、途切れさせなければいい。
俺は部屋の真ん中に立つ。石柱の間から回廊が見通せる。
スタントさんとADさんを交代で甲虫の後ろに走らせ、休ませない。
交代は曲がり角を曲がった先でやる。片方が追う間、もう片方はその先で待つ。
雷堂さんが飛び込んでも、真っすぐの一歩は曲がり角で終わる。曲がった先で待つ人形には届かない。
頭の中で、3日後の作戦ができあがった。
「柏木さん。今、なんか決めました?」
「段取りを、少し」
朝比奈さんはそれ以上聞かなかった。
腕の画面に、通知が1つ流れてきた。アセントの公式アカウントの投稿だ。
『本日の下見配信において、出演者に軽傷者が出ましたが、企画配信は予定どおり実施いたします』
投稿の下にはもう返信が並んでいた。
『盾の人の切り抜き回ってる』
『あの受け方、泣いた』
制作の卓にいた頃、似た文面を何度も通した。けが人のことはいつも一番短く書く。
予定どおり、の一言は、たぶん下見の前から決まっていた。
画面が黒くなる前の、最後の画を思い出す。
盾役は、左腕を押さえたまま、まだ3人の前に立っていた。




