第20話 夜の脇道で、ADさんが部品を取りに走る
「柏木さん、それ何枚目ですか」
「6枚目です」
顔も上げずに答えていた。数えながら手を動かすのは裏方の癖だ。
場所は新宿ダンジョン第1層で、行き止まりになった脇道の入口にいる。企画の日までの計画をAIに立ててもらった、翌日の夜だ。
昼は朝比奈さんと第10層の奥で稼ぎ、夜はここで替えの部品を打つ。企画の日まで、毎日これを続ける。
朝比奈さんを呼んだ覚えはない。昼の帰りに夜は何をするのかと聞かれて、部品を打ちます、と答えただけだ。
朝比奈さんがそれだけで来る人だということは、もう知っている。
今も隣の岩に腰かけて自分のドローンを浮かべ、深夜の作業を実況している。
膝の上に、買ってきたアルミの板を載せた。
工具を当てて《鍛冶》を念じると、冷えたままの板が工具に沿って寄っていく。早回しのような音が脇道の奥へ響いた。
急ぎたくなる手をこらえる。急げば縁が波打つことは、肩を直した日に覚えた。
丸みが出たところで、横に立たせたスタントさんの肩に当てる。
指先ひとつ分、浅い。
工具を当て直して、丸みを足す。今度は肩の線にぴたりと沿った。
前の5枚も、ここまでならたどり着いている。
残るのは四隅のねじ穴だ。1つだけ、下の骨組みの穴と髪の毛ほどずれた。
撮影の現場なら、これで予定が5分押す。
穴を寄せ直して、ねじを通した。
はまった。
「前の5枚は、どうしたんですか」
「ほぼ合ってました」
「じゃあ、使えばいいじゃないですか」
「本番で部品を交換するときに、『ほぼ』だと手が止まるので」
5枚分のアルミ代は勉強代と思うことにする。
《鍛冶》で打てるのは外板と骨組みまでで、関節の中の機構はLv1では打てない。だから関節が壊れたら、店で買うしかない。
朝比奈さんが自分の画面をこっちへ傾けた。
『内職配信』
『深夜の内職』
『6枚目即答で草』
『盾が一回も映らない』
『スーツの人、本業どっち』
配信を始めて3週間。人の配信の中で、内職と呼ばれるところまで来た。
しかも俺の配信より、コメントの温度が高い。
材料のアルミの板と鋼の棒は、毎晩潜る前に買う。
板を抱えて通る夜のゲートの脇では、協会の掲示が『夜間は入場する冒険者が少なくなります。無理な探索は控え、早めの帰還を心がけてください』と勧めている。
昼に稼ぐ俺の取り分は1日5千円前後で、夜の材料代はそれより少し高い。
1万5千円あった残高は、ここから減る一方だ。
企画の日まで、あと12日。
打ち上げた肩の板を《収納》にしまいかけて、手が止まった。
スタントさんを戻せば、Lv1の《収納》はそれだけでほぼいっぱいになる。板1枚の隙間もない。
AIの計画には、《収納》のLvを上げる行がある。そのとおりにする。ステータス画面を開いて、《収納》の名前を念じた。
スキル:《収納》 Lv1
物を、しまい、取り出す。
《収納》を Lv2 に:スキルpt 5(はい/いいえ)
はい、と念じる。
【《収納》がLv2になりました】
《収納》を Lv3 に:スキルpt 5(はい/いいえ)
【《収納》がLv3になりました】
スキル:《収納》 Lv3/《人形操作》 Lv3/《エージェント》 Lv1/《並列思考》 Lv1/《鍛冶》 Lv1/《高速思考》 Lv1
スキルpt:11
しまえる量は大きめのリュック2つ分になった。スタントさんを入れて、残りに替えの部品がひとそろい入るかどうかだ。人形は1体しか入らないので、ADさんには今までどおり背中のキャリーで我慢してもらう。
試しに肩の板を先にしまい、工具の鞄と残りの材料を後から詰めてから、板だけを念じた。
最初にしまった板が、いちばん上にあったみたいに手に出てきた。
機材車の荷台がこうだったら、5年で何時間浮いたか。
次は何を積むかだ。腕の画面には、AIが立てた計画のうち、作る部品を並べた欄を開いてある。
[・スタントさん:頭、胴、両肩、両腕、両脚の外板と骨組み]
[・ADさん:同じく全部位の外板と骨組み]
正しい一覧だ。正しいまま、半分も入らない。
撮影の付き添いをした5年で、機材の積み込みは何百回も組んだ。三脚は決まって脚の留め具が折れ、ドローンは決まって羽根が欠けた。
壊れるのはいつも同じ所だ。
スタントさんがこの3週間で壊れたのも、肩と膝と右腕の3か所だけだった。
「替えは、その3か所の分だけ持ちます」
朝比奈さんがこっちを見た。
「え、全部持っていけばいいのに。どこが壊れるか、分かんないじゃないですか」
「全部持っていこうとすると、いちばん要る所の替えが入らなくなるんです」
一覧を肩と膝と右腕の分だけに削っていく。
迷った所は1つもなかった。
◇
残りの時間で、AIが計画に挙げた最後の課題を練習する。
片手で人形を直しながら、もう片方の手で別の人形を動かす。
Lv20で、世間の職業の一覧に載っていない職業の候補を出す。そのためにAIが挙げた3つの行動の3つ目で、残りの2つはもうできている。直す間、片方を止めて立たせておくだけでは、やったことにならない。
右手は修理に使う。スタントさんの膝の板を外し、替えを当てて《鍛冶》を念じる。
左手は指でADさんを動かす。壁の印まで歩かせる。
《並列思考》のおかげで、頭は2つのことを同時に考えられる。足りる計算だ。
ADさんの一歩目で、工具が板の上を滑った。
計算は一歩目で狂う。
板に気を戻すと、今度はADさんが自分の足につまずき、石の床に膝をついた。見ると、手元の板の縁が波打っていた。
この1枚も、もう使えない。アルミ代がまた飛んだ。
「ADさん、膝ついたまま待ってますよ」
「……すみません、ADさん」
現場で新人がつまずくのはよくあることだ。同じ所で何度もつまずくなら、教える側の段取りが悪い。
次の晩はADさんのほうに気を多めに配った。
「今日はADさん、ずっと歩けてましたね。柏木さんのほうが、ちょいちょい止まってましたけど」
見たままを言われると、言い返しようがない。
そこから5晩、しくじった回数は途中で数えるのをやめた。
数えるのをやめたのは、生まれて初めてだった。
《高速思考》を念じる間合いを変えても、板を手の届く所まで寄せても、部品を交換する手は止まる。
手が止まるのは決まって、次の部品に手を伸ばす一瞬だ。
部品を探すたびに、同時に考えられる2つのうちの1つが、そっちへ取られる。
その間にも、部品だけはそろっていった。膝の板は4枚目で、右腕の板は3枚目ではまった。
そろった替えは、スタントさんと一緒に《収納》へしまった。それで《収納》はほぼいっぱいになる。
昼は昼で、第10層の奥にいる角鹿を倒し続けた。朝比奈さんは挑発で寄せて、自分のやり方で自分の1頭を倒す。俺は人形2体で、別の1頭を受け持つ。
【レベルアップ。Lv17からLv18になりました】
4日あとに、天の声がまた鳴った。
【レベルアップ。Lv18からLv19になりました】
朝比奈さんも、Lv12に上がった。
ランクはFのままなのに、レベルだけなら、もうEランクの人と並ぶ。
Lv20まで、あと1つ。企画の日まで、あと5日。
数字の上でなら間に合う。
◇
練習を始めて9晩目の夜になった。
残高は3,000円ほどまで減った。
今夜も隣で、朝比奈さんがドローンを浮かべている。
壁の印から戻ってくるADさんを、手を止めて眺めた。
ADさんの名前は、撮影の現場で走り回る新人の係から付けた。
付けたのは俺だ。
部品を取りに行くのは、俺の係じゃない。
部品の山を、俺から3歩離れた壁際へ積み直した。座ったままの俺の手は届かない。部品を探して手を伸ばさなければ、頭の片方を取られずに済む。
《高速思考》を使うのは、受け渡しの一瞬だけにする。
右手で、スタントさんの膝に替えの板を当てる。
《鍛冶》を念じる。
工具の音が早回しで鳴りはじめた。
左手の指を1本だけ浅く曲げる。山から部品を取って俺の右手まで運ぶ一続きの動きを、その1回に込めた。
ADさんが走った。
「はい今、ADさんが走りました!」
朝比奈さんはドローンに向かって声を弾ませた。
壁際の山で、ADさんが白い手で肩の板を取る。
膝の板が、はまる。
開いた右手に、肩の板が差し出された。
「次、入ります」
俺は手を止めない。
肩に当てる。念じる。
ADさんはもう山へ戻っている。
「取った、渡した! え、今の見ました?」
右腕の板が手のひらに載る。
最後の1枚が、はまった。
工具を膝から離した。MPがごっそり減っている。
交換の手は、最後まで一度も止まらなかった。
朝比奈さんが画面をこっちへ突き出してきた。
『今の何』
『ADさん有能』
『差し出したぞ』
『内職に連携技が出た』
『AD採用』
天の声は鳴らなかった。
3つ目の行動が数に入ったのかどうかは、どこにも出てこない。
「……柏木さん」
朝比奈さんが画面を下ろした。
「今の、ADさんが自分で取りに行ったみたいでした」




