第19話 企画の日から、逆に引く
「企画の日に、看板パーティより先に、金色の甲虫を獲りたい」
そこまで入力して、親指を止めた。
新宿ダンジョン第10層の、冒険者が休む溜まり場の壁際だ。溜まり場の脇から分かれる奥の区画へ入る前に、これだけはAIに聞いておくと決めていた。
昨日の朝、アセントの公式アカウントが、俺の配信に映った金色の甲虫を獲物にして、公開の競争を告知した。
堂島さんからは、参加しろとだけメッセージが来ていた。俺は参加すると返してある。
競争をやる企画の日まで、2週間を切った。
少し離れた壁際では、朝比奈さんが携帯食をかじっていた。
今日来るとは聞いていない。通路の口に着いたら、もう座っていた。
相談がないのはいつものことだ。
朝比奈さんは自分の画面に目を落としている。俺の画面は向こうから見えない角度だ。
続きを入力する。
「そのために、何をどう取っておけばいい?」
送信する。
[いい質問ですね! 結論から言うと、金色の甲虫は中層の大甲虫の希少種で、第10層にいるのはイレギュラーです。甲殻の継ぎ目が開かないので、押し合いでは倒せません]
角鹿なら、人形で押し勝てば前脚が浮いて喉が開く。そこを殴る俺の勝ち方が、答えの1行目で消えた。
[近づく者からは、向き直らずに、人の走りよりずっと速く通路に沿って逃げます。行く手の物は、ぶつかって押しのけます]
奥の区画で見た金色の甲虫も、こっちに気づいたとたんに照明の届かない奥へ消えた。
[ただし、走るほど遅くなります。数分追い続けられると止まって身を伏せ、その間だけ腹が出ます。協会の資料には載っていません]
止まるのか。あの速さで。
誰も知らないわけだ。人の足なら、数分どころか数秒で置いていかれる。
人の足で追いきれないなら、人形の足で追えばいい。
2体を交代で走らせる。1体が甲虫の後ろを追い、もう1体は通路の先で待つ。追う1体が離されかけたら、甲虫が通り過ぎた所で、待っていた1体が引き継ぐ。
甲虫を休ませずに追い続けて、止まって腹を出した所を殴る。
ただ、行く手の物は押しのける、とある。
先で待つ人形は、甲虫の行く手に立つことになる。ぶつかれば壊れる。
壊れても、追うのを途切れさせるわけにはいかない。壊れた1体を直しながら、もう1体を走らせ続けることになる。
人形は指で動かしている。直すのに両手を使えば、走る1体を動かす指が残らない。
答えには続きがあった。
[企画の日までに、Lv20に届くことをおすすめします]
[Lv20で、一覧にない職業が候補に出る条件があります]
[この職業では、人形を指でなく、考えだけで動かせます]
指が残らないなら、指の要らない職業になればいい。
Lv20で職業の進化の候補が出るのは、冒険者なら誰でも知っている。
甲虫の癖から職業の進化まで、一本の線でつながった。
はまった、と思った。
その下は、甲虫に勝つまでの長い箇条書きだ。頭に、候補が出るための行動が並んでいる。
[・《並列思考》と《高速思考》を同時に使いながら、人形を動かし続ける]
[・自分で作るか直した人形を動かす]
[・片手で人形を直しながら、もう片方の手で別の人形を動かす]
《並列思考》はもう持っているし、直した人形なら毎日動かしている。
片手で直しながら、もう片手で別の1体を動かす。これだけはやったことがない。
スキルptの割り振りも書いてあった。《高速思考》に6、予備の部品と人形を運ぶ《収納》に10。残りはLv20のあとに振る。
その先の候補として、《多重思考》の名前も挙がっていた。《並列思考》と《高速思考》を一つにまとめたスキルだ。
2つを両方ともLv10まで上げないと、取れる一覧に出てこない。今のスキルptでは足りないので見送り、とあった。
[想定と違う動きが出たときは、一度退いて立て直すことをおすすめします]
要る物の欄まで、指で画面を戻した。
[・《鍛冶》(取得済み) 人形の部品を作るため。戦いの中で直すため]
[・《高速思考》 今、取得をおすすめします]
[・《収納》のLvを上げる 予備の部品と人形を運ぶため]
1行目で目が止まった。
取得済み。
修理の工賃を浮かせるために取ったスキルが、甲虫に勝つための箇条書きの頭に載っている。
「鍛冶って、なんでもう入ってんの」
[前にお答えしています! 《鍛冶》の取得についての答えの、下の方をご覧ください]
AIとの履歴を親指で遡る。
角鹿の押し合い。膝の部品の値段。
第1層の脇道の入口で、人形の肩を直しながら《鍛冶》を取るか聞いた質問が出てきた。
答えの頭の行は覚えている。修理費が浮く、という行だ。
あの日はそこまで読んで取った。
その下にも箇条書きは続いていた。作業の場所、MPの使い方。
下の方で、親指が止まった。
[戦闘人形は人形使いの武器に数えるため、《鍛冶》で人形の部品を作ることもでき、人形を増やすときにも使えます]
部品を作り、直しながら戦う道は、あの日もう書いてあった。
読まなかったのは、俺だ。
「柏木さん」
壁際から声がした。朝比奈さんが携帯食を持ったまま、こっちを見ている。
「今、どうしたんですか。指止まって、すごい顔してましたよ」
「……段取りが、一本につながっただけです」
目薬を差した。
しみる。顔の話はそれで終わりにした。
画面に戻る。
このAIの箇条書きに、乗る。
本番の日から逆算して、前の晩までの手順を組む。配信制作部で5年、俺がやってきた仕事だ。
AIはそれを数秒でやった。
表の読み方なら知っている。どの行が動かせなくて、どの行が当日に崩れるか。崩れる行はこっちで受け持てばいい。
《高速思考》の行にも引っかかりはない。制作の卓では、同時接続数の数字と流れるコメントを見ながら、次に映す映像をその場で決めていた。あれを速くするスキルだ。
頭の中の作戦に、箇条書きの行を写していく。
Lv20まで、あと3つ。日ごとの欄に、稼ぐ部屋を割り振る。
写す速さがだんだん上がっていく。欄がひとつ埋まるたびに、次の欄が早く見たくなる。
「それ、全部その画面のとおりにやるんですか?」
朝比奈さんが携帯食の袋を畳みながら聞いてきた。
「……いい表なので」
朝比奈さんは、ふうん、とだけ言って、自分の画面に目を戻した。
作戦のいちばん上の欄にだけ、AIの箇条書きにない1行を足した。
競争の日、配信の始めにこう言う。この甲虫は、追い続ければ止まります、と。
アセントの告知は、この甲虫を『当社が事前の下見で確認しておりました』と書いた。
確認していたなら知っていていいはずの癖を、向こうより先に、俺の配信で言う。
外れたら、恥をかくのは俺一人だ。当たれば、俺の知っていることがアセントの下見から流れた話だとは、誰にも言えなくなる。
ステータスを開いて、取得可能なスキルの行を念じた。
取得可能なスキル:《高速思考》(6)
考える速さを、しばらくの間、上げる。
高速思考を取得:スキルpt 6(はい/いいえ)
はいと念じる。
【《高速思考》を取得しました】
スキル:《収納》 Lv1/《人形操作》 Lv3/《エージェント》 Lv1/《並列思考》 Lv1/《鍛冶》 Lv1/《高速思考》 Lv1
スキルpt:21
箇条書きによれば、1回念じると5秒前後、考える速さが3倍ほどになる。
角鹿の喉が開く一瞬も、3倍に伸びる計算だ。
◇
朝比奈さんと二人で奥の区画へ入った。主要な通路の石柱の脇でドローンを浮かせて、配信をつける。
同時接続数は、つけたそばから万を越えていく。
昨日の告知のおかげで、客の入りが早い。
「本日は、取ったばかりのスキルを試します。《高速思考》です」
レンズに向けてそう言うと、コメントの流れが速くなった。読むのはあとだ。
1体目の人形のスタントさんを《収納》から出し、2体目のADさんをキャリーから降ろす。スタントさんは通路の正面、ADさんはその斜め横。
押し合いをスタントさんが受け持ち、ADさんが一撃を入れる。いつもの係だ。
朝比奈さんは俺の隣で大盾を立てて見ている。
通路の奥から、灰色の体が出てきた。子牛ほどの体が枝分かれした角を下げる。
ふつうの角鹿だ。試すにはちょうどいい。
突進が来た。
スタントさんが正面で受ける。脚が石の床をかいて、じりじりと押し込まれる。
角鹿が押し勝っているうちは、前脚は上がらない。
スタントさんの踏ん張りに、MPを込めた。そのぶん、MPが減っていく。
スタントさんが足を据え直して押し返す。ここまでは、もう体が覚えた形だ。
押し負けた角鹿の前脚が、持ち上がりはじめる。
《高速思考》を念じた。
耳の中の音が遠のいた。
持ち上がる前脚の動きが、編集の画面を1コマずつ送るように、ゆっくり見える。
角の下で、喉が開いていく。
開ききって、閉じはじめる。
全部、見えている。
ADさんに打たせる指を曲げた。
ADさんの拳が、閉じかけた喉の際に、ぎりぎりで入った。
角鹿がそのまま仰向けに倒れる。
光の粒になって、ほどけた。
指を伸ばして、2体を止める。
手の中に、妙な感触が残っていた。
腕の画面に目を落とす。読めなかった間のコメントが溜まっていた。
『なんでまた思考系』
『生産と思考ばっか』
『攻撃取れって』
『レベル上げて人形で殴ればいいのに』
『地味スキル収集家』
『でも倒してて草』
隣で、朝比奈さんが首をかしげた。
「今の、ちょっと遅れました?」
「……遅れました」
考えは間に合っていた。遅れたのは、ADさんを動かす俺の指のほうだ。
そのあと出てきた2頭目の角鹿は、《高速思考》を使わずに、いつもの形で倒した。
最大の同時接続数が2万8千に届いたところで、配信を終えた。
◇
配信を切っても、腕の画面にはAIの答えが開いたままだった。
いちばん下に、最後の1行が出ている。
[次は、今夜作る予備の部品をまとめましょうか?]
それで頼む、と入力しかけた。
送信の上で、親指が止まる。
入力した文字を消した。
画面にはAIの1行が残ったままだ。
指を折って、人形の予備の部品を今夜何枚作るか、自分で数えはじめる。
外板が、1枚。
企画の日まで、部品を作れる夜はあと13晩。




