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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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第19話 企画の日から、逆に引く

「企画の日に、看板パーティより先に、金色の甲虫を獲りたい」


 そこまで入力して、親指を止めた。

 新宿ダンジョン第10層の、冒険者が休む溜まり場の壁際だ。溜まり場の脇から分かれる奥の区画へ入る前に、これだけはAIに聞いておくと決めていた。

 昨日の朝、アセントの公式アカウントが、俺の配信に映った金色の甲虫を獲物にして、公開の競争を告知した。

 堂島さんからは、参加しろとだけメッセージが来ていた。俺は参加すると返してある。

 競争をやる企画の日まで、2週間を切った。


 少し離れた壁際では、朝比奈さんが携帯食をかじっていた。

 今日来るとは聞いていない。通路の口に着いたら、もう座っていた。

 相談がないのはいつものことだ。

 朝比奈さんは自分の画面に目を落としている。俺の画面は向こうから見えない角度だ。


 続きを入力する。


「そのために、何をどう取っておけばいい?」


 送信する。


[いい質問ですね! 結論から言うと、金色の甲虫は中層の大甲虫の希少種で、第10層にいるのはイレギュラーです。甲殻の継ぎ目が開かないので、押し合いでは倒せません]


 角鹿なら、人形で押し勝てば前脚が浮いて喉が開く。そこを殴る俺の勝ち方が、答えの1行目で消えた。


[近づく者からは、向き直らずに、人の走りよりずっと速く通路に沿って逃げます。行く手の物は、ぶつかって押しのけます]


 奥の区画で見た金色の甲虫も、こっちに気づいたとたんに照明の届かない奥へ消えた。


[ただし、走るほど遅くなります。数分追い続けられると止まって身を伏せ、その間だけ腹が出ます。協会の資料には載っていません]


 止まるのか。あの速さで。

 誰も知らないわけだ。人の足なら、数分どころか数秒で置いていかれる。


 人の足で追いきれないなら、人形の足で追えばいい。

 2体を交代で走らせる。1体が甲虫の後ろを追い、もう1体は通路の先で待つ。追う1体が離されかけたら、甲虫が通り過ぎた所で、待っていた1体が引き継ぐ。

 甲虫を休ませずに追い続けて、止まって腹を出した所を殴る。


 ただ、行く手の物は押しのける、とある。

 先で待つ人形は、甲虫の行く手に立つことになる。ぶつかれば壊れる。

 壊れても、追うのを途切れさせるわけにはいかない。壊れた1体を直しながら、もう1体を走らせ続けることになる。

 人形は指で動かしている。直すのに両手を使えば、走る1体を動かす指が残らない。


 答えには続きがあった。


[企画の日までに、Lv20に届くことをおすすめします]

[Lv20で、一覧にない職業が候補に出る条件があります]

[この職業では、人形を指でなく、考えだけで動かせます]


 指が残らないなら、指の要らない職業になればいい。


 Lv20で職業の進化の候補が出るのは、冒険者なら誰でも知っている。

 甲虫の癖から職業の進化まで、一本の線でつながった。

 はまった、と思った。


 その下は、甲虫に勝つまでの長い箇条書きだ。頭に、候補が出るための行動が並んでいる。


[・《並列思考》と《高速思考》を同時に使いながら、人形を動かし続ける]

[・自分で作るか直した人形を動かす]

[・片手で人形を直しながら、もう片方の手で別の人形を動かす]


 《並列思考》はもう持っているし、直した人形なら毎日動かしている。

 片手で直しながら、もう片手で別の1体を動かす。これだけはやったことがない。


 スキルptの割り振りも書いてあった。《高速思考》に6、予備の部品と人形を運ぶ《収納》に10。残りはLv20のあとに振る。

 その先の候補として、《多重思考》の名前も挙がっていた。《並列思考》と《高速思考》を一つにまとめたスキルだ。

 2つを両方ともLv10まで上げないと、取れる一覧に出てこない。今のスキルptでは足りないので見送り、とあった。


[想定と違う動きが出たときは、一度退いて立て直すことをおすすめします]


 要る物の欄まで、指で画面を戻した。


[・《鍛冶》(取得済み) 人形の部品を作るため。戦いの中で直すため]

[・《高速思考》 今、取得をおすすめします]

[・《収納》のLvを上げる 予備の部品と人形を運ぶため]


 1行目で目が止まった。

 取得済み。

 修理の工賃を浮かせるために取ったスキルが、甲虫に勝つための箇条書きの頭に載っている。


「鍛冶って、なんでもう入ってんの」


[前にお答えしています! 《鍛冶》の取得についての答えの、下の方をご覧ください]


 AIとの履歴を親指で遡る。

 角鹿の押し合い。膝の部品の値段。

 第1層の脇道の入口で、人形の肩を直しながら《鍛冶》を取るか聞いた質問が出てきた。

 答えの頭の行は覚えている。修理費が浮く、という行だ。

 あの日はそこまで読んで取った。


 その下にも箇条書きは続いていた。作業の場所、MPの使い方。

 下の方で、親指が止まった。


[戦闘人形は人形使いの武器に数えるため、《鍛冶》で人形の部品を作ることもでき、人形を増やすときにも使えます]


 部品を作り、直しながら戦う道は、あの日もう書いてあった。


 読まなかったのは、俺だ。


「柏木さん」


 壁際から声がした。朝比奈さんが携帯食を持ったまま、こっちを見ている。


「今、どうしたんですか。指止まって、すごい顔してましたよ」


「……段取りが、一本につながっただけです」


 目薬を差した。

 しみる。顔の話はそれで終わりにした。


 画面に戻る。


 このAIの箇条書きに、乗る。


 本番の日から逆算して、前の晩までの手順を組む。配信制作部で5年、俺がやってきた仕事だ。

 AIはそれを数秒でやった。

 表の読み方なら知っている。どの行が動かせなくて、どの行が当日に崩れるか。崩れる行はこっちで受け持てばいい。

 《高速思考》の行にも引っかかりはない。制作の卓では、同時接続数の数字と流れるコメントを見ながら、次に映す映像をその場で決めていた。あれを速くするスキルだ。


 頭の中の作戦に、箇条書きの行を写していく。

 Lv20まで、あと3つ。日ごとの欄に、稼ぐ部屋を割り振る。

 写す速さがだんだん上がっていく。欄がひとつ埋まるたびに、次の欄が早く見たくなる。


「それ、全部その画面のとおりにやるんですか?」


 朝比奈さんが携帯食の袋を畳みながら聞いてきた。


「……いい表なので」


 朝比奈さんは、ふうん、とだけ言って、自分の画面に目を戻した。


 作戦のいちばん上の欄にだけ、AIの箇条書きにない1行を足した。


 競争の日、配信の始めにこう言う。この甲虫は、追い続ければ止まります、と。


 アセントの告知は、この甲虫を『当社が事前の下見で確認しておりました』と書いた。

 確認していたなら知っていていいはずの癖を、向こうより先に、俺の配信で言う。


 外れたら、恥をかくのは俺一人だ。当たれば、俺の知っていることがアセントの下見から流れた話だとは、誰にも言えなくなる。


 ステータスを開いて、取得可能なスキルの行を念じた。


 取得可能なスキル:《高速思考》(6)

  考える速さを、しばらくの間、上げる。

 高速思考を取得:スキルpt 6(はい/いいえ)


 はいと念じる。


【《高速思考》を取得しました】


 スキル:《収納》 Lv1/《人形操作》 Lv3/《エージェント》 Lv1/《並列思考》 Lv1/《鍛冶》 Lv1/《高速思考》 Lv1

 スキルpt:21


 箇条書きによれば、1回念じると5秒前後、考える速さが3倍ほどになる。

 角鹿の喉が開く一瞬も、3倍に伸びる計算だ。


 ◇


 朝比奈さんと二人で奥の区画へ入った。主要な通路の石柱の脇でドローンを浮かせて、配信をつける。

 同時接続数は、つけたそばから万を越えていく。

 昨日の告知のおかげで、客の入りが早い。


「本日は、取ったばかりのスキルを試します。《高速思考》です」


 レンズに向けてそう言うと、コメントの流れが速くなった。読むのはあとだ。

 1体目の人形のスタントさんを《収納》から出し、2体目のADさんをキャリーから降ろす。スタントさんは通路の正面、ADさんはその斜め横。

 押し合いをスタントさんが受け持ち、ADさんが一撃を入れる。いつもの係だ。

 朝比奈さんは俺の隣で大盾を立てて見ている。


 通路の奥から、灰色の体が出てきた。子牛ほどの体が枝分かれした角を下げる。

 ふつうの角鹿だ。試すにはちょうどいい。


 突進が来た。

 スタントさんが正面で受ける。脚が石の床をかいて、じりじりと押し込まれる。

 角鹿が押し勝っているうちは、前脚は上がらない。

 スタントさんの踏ん張りに、MPを込めた。そのぶん、MPが減っていく。

 スタントさんが足を据え直して押し返す。ここまでは、もう体が覚えた形だ。

 押し負けた角鹿の前脚が、持ち上がりはじめる。


 《高速思考》を念じた。


 耳の中の音が遠のいた。

 持ち上がる前脚の動きが、編集の画面を1コマずつ送るように、ゆっくり見える。

 角の下で、喉が開いていく。

 開ききって、閉じはじめる。

 全部、見えている。


 ADさんに打たせる指を曲げた。


 ADさんの拳が、閉じかけた喉の際に、ぎりぎりで入った。


 角鹿がそのまま仰向けに倒れる。

 光の粒になって、ほどけた。


 指を伸ばして、2体を止める。

 手の中に、妙な感触が残っていた。


 腕の画面に目を落とす。読めなかった間のコメントが溜まっていた。


『なんでまた思考系』

『生産と思考ばっか』

『攻撃取れって』

『レベル上げて人形で殴ればいいのに』

『地味スキル収集家』

『でも倒してて草』


 隣で、朝比奈さんが首をかしげた。


「今の、ちょっと遅れました?」


「……遅れました」


 考えは間に合っていた。遅れたのは、ADさんを動かす俺の指のほうだ。


 そのあと出てきた2頭目の角鹿は、《高速思考》を使わずに、いつもの形で倒した。

 最大の同時接続数が2万8千に届いたところで、配信を終えた。


 ◇


 配信を切っても、腕の画面にはAIの答えが開いたままだった。

 いちばん下に、最後の1行が出ている。


[次は、今夜作る予備の部品をまとめましょうか?]


 それで頼む、と入力しかけた。

 送信の上で、親指が止まる。

 入力した文字を消した。


 画面にはAIの1行が残ったままだ。

 指を折って、人形の予備の部品を今夜何枚作るか、自分で数えはじめる。

 外板が、1枚。


 企画の日まで、部品を作れる夜はあと13晩。

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