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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第1章

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2/21

第2話 予告は当たった。人形は間に合わなかった

 600円。

 昨夜、ゴブリン2匹に挟まれて、死にかけて拾った魔石2個の値段だ。


「すみません、確認ですが。2個で、600円ですか」

「はい。上層のゴブリンの魔石ですので」

「……承知しました」


 口が勝手に返事をしていた。

 窓口の職員さんは、顔色ひとつ変えずに小銭のトレーを差し出す。毎日何十回と口にしている数字なのだろう。


 家賃は月8万円。この600円を百三十回もらって、やっと届く。

 命を張った一晩の稼ぎが、500円玉1枚と100円玉1枚だった。時給に直すのはやめておく。最低賃金に負けるのが目に見えている。


 昨夜はあのあとダンジョンを出て、中野の部屋でスーツのまま寝た。

 起きたら昼だった。

 無職になって最初の昼を、俺は新宿ダンジョンの入口を囲む協会の建物で、小銭を財布にしまって迎えている。


 窓口の近くの休憩所は、椅子と自動販売機が並んでいるだけの一角だ。

 座ったとたん、昨夜の打ち身が文句を言った。

 ちょうどいい。昨夜、スマートフォンのAIがくれた答えの続きを聞いておきたい。


「なあ、人形を動かすスキルって、どうやったら早く上がる?」


[いい質問ですね! 一般的に、スキルは使い続けるほど上がると言われています]

[詳しくは協会の資料をご確認ください]

[次は、スキル上げのコツを一般論でまとめましょうか?]


「……昨日の夜と、ずいぶん言うことが違うな」


 ネットのまとめに載っている一般論だ。

 昨夜のこいつは、誰も知らない条件を3行で言い切った。同じアプリの、同じ声で。


 ダンジョンの外では、こいつは普通のAIに戻る。


 画面を閉じかけたところで、おすすめの通知が出た。

 アセントの公式チャンネルが、新宿ダンジョンから生配信をしている。気づけば、指が開いていた。


 画面の中で、アセントのパーティが上層の通路を進んでいく。カメラは前衛の斜め後ろの少し高い所にあって、剣を振るたびに、モンスターがこちらへ倒れ込んでくるように映る。

 俺が組んだ型だ。

 アセントの配信制作部で5年、俺はこの絵を作る仕事をしていた。


 同時接続数は3万前後で揺れている。


『さすがアセント』

『カメラワーク神』


 褒められているのは俺が決めた画角だが、俺の名前はどこにも出ない。

 画面の下に、次の大きな企画の告知が流れる。新宿ダンジョン、第10層の中間ボス。

 俺がいなくなっても、数字は1つも減っていない。

 悔しい、と思った。気づいたのは、奥歯に力が入っていたからだ。


 俺が今日から配信を始めたら、同時接続数は0から始まる。

 0と、3万。

 頭の中で並べてから、目薬を差した。しみた。


 魔石の稼ぎでは家賃に届かない。貯金は2か月分で、今月から稼がないと3か月目に行き詰まる。

 手元にあるのは、昨夜のAIの答えくらいだ。

 誰も知らない答えは、見せなければ値段がつかない。

 見せる方法なら知っている。5年、それで給料をもらっていた。


 癖で、頭が勝手に逆算を始める。1本何時間で、同時接続数が何人なら、収益化の条件の登録者数と総再生時間に届くか。

 条件は遠い。どう見積もっても、今月の家賃には間に合わない。それでも、始めなければ貯金が減っていくだけだ。


 家賃は、配信で払う。


 ◇


 中野の部屋へ中古のドローンを取りに帰り、夕方、協会の建物に戻った。売店のガラスケースに並ぶ予備の電池は、1個1万円前後。家賃の8分の1を電池1個に払う余裕はなく、ケースの前を離れた。

 1回の充電で約2時間飛ぶのだから、2時間で撮り切る手順を組めばいい。

 第6層まで歩く30分のあいだ、ドローンは手の中で眠らせておいた。


 第6層の、主要な通路の脇。スキルの《収納》にしまっていた人形を出して足元に立たせ、手のひらのドローンを放す。

 腕のスマートフォンで、ドローンが配信者を自動で追う設定を切り、手で操って胸の高さまで下げた。配信者の斜め上のいつもの位置では、腰ほどの人形が画面の下で切れる。

 画角、よし。撮る側の手は、まだ覚えていた。


 配信のタイトルには、慣例どおりダンジョンの名前を入れた。

 AIとのやりとりは、腕の画面に打ち込むことにする。裏の打ち合わせの声を本番に乗せないのは、制作の現場の決まりだ。AIの声は、左耳のイヤホンにしか届かない。

 電池の残りはまだ2時間近い。この中で、見どころを1つ撮り切る。

 配信開始のボタンを押した。


「こんばんは。新宿ダンジョン、第6層からお送りします」


 同時接続数、0。

 知っている。最初はみんなそうだ。


「本日は、人形を使った戦い方をお見せする予定です。どうぞ、ゆっくりしていってください」


 誰もいない客席に頭を下げる。

 5分たって、1。10分たって、3。


『スーツで草』

『会社帰り?』

『人形使いかよ』

『外れ職じゃん』


「会社は、昨日辞めました。人形使いです。今日は、こちらの人形が働きます」


『画角だけはプロっぽい』


「ありがとうございます。画角だけは、プロでした」


 3人しかいないのに、辛口の割合が高すぎる。客席の全員が審査員の番組だ。

 褒め言葉にまで「だけ」が付いてくる。


 3人を引き止める見どころが要る。

 イヤホンに指を当てて、腕の画面に打ち込んだ。


「なあ、この層で、誰も知らないことってある?」


[承知しました。結論から言うと、この層の部屋にいるオークに、協会の資料にない動きの型があります]


 オークは大人より大きい、緑の肌の人型だ。上層の深い所に出る、協会の資料にも載っている相手。

 その資料にない型があるらしい。


[大振りのあと、一拍だけ、頭が人形の高さまで下がります]


 大男が子どもに顔を寄せるみたいに、オークの頭が人形の前まで落ちてくるわけか。


[急所は喉です。こちらは協会の資料にもあります]

[次は、人形の置き場所をまとめましょうか?]


 画面では、その下にオークの歩く速さから部屋の広さまで、長い箇条書きが続いていた。目は最初の行で止まり、残りは流して読んだ。

 頭が下りれば、喉も下りてくる。そこなら人形の拳が届く。


「いや、いい。頭が下りる所に置くだけだろ。置き場所はこっちで決める」


 そう打ち込んで、画面を閉じた。置き場所なら、5年決めてきた。昨日クビになったばかりだが。


 流した目でも、最後の条件の行だけは拾っていた。頭を下げるこの動きは、腰ほどの高さの相手にしか出ない。

 腰の高さで戦う者なんて人形使いくらいだから、オークのこの動きを誰も見たことがないわけだ。


 配信の見せ場はこれにする。

 通路に面した部屋をいくつかのぞいて、オークが1体だけいる部屋を選んだ。

 オークの頭は大人の背よりまだ上にある。太い腕に、武器はない。あの腕を頭の上から振り下ろしてくるはずだ。

 部屋の壁際に、細い横道が延びていた。大人がやっと通れる幅で、あの体なら入りにくい。

 撮影の現場では入る前に逃げ道を決める。機材を抱えて走る道を、先に。

 予告して、喉に一発入れる。予告から一発まで15秒あれば、切り抜きの冒頭が作れる。


「これから、こちらの部屋の方に一戦お願いします」


『オークはむりでしょ』

『人形ちっさ』


「小さいので、低い所で戦えます」


 部屋に入ると、オークの首がこちらを向いた。

 頭が下りてくるはずの所は、オークの足元の一歩手前だ。そこに人形を置く。俺の代わりに体を張るから、この人形をスタントさんと呼んでいる。


「スタントさん、ここでお願いします。構えて」


 指を1回曲げると、関節の小さな機械音がして、人形が拳を上げた。

 構えさせているだけで、MPがじわじわ減っていく。

 ドローンを、人形とオークの頭が両方入る高さまで上げた。映像の真ん中に、拳を構えたスタントさん。

 あの頭はこの真ん中へ下りてくる。

 カメラに向かって言う。


「次、この方は腕を振り下ろします。そのあと1回だけ、深々とお辞儀をされます」


『は?』

『予告?』


 オークが腕を頭の上まで振り上げた。

 来る。


 振り下ろす。

 床が鳴った。


 頭が、下りてくる。


『え』

『ほんとに下げた』


 腕の流れた方へ、頭がついていく。

 下りてきた。

 人形の、半歩右に。


 指を1回曲げる。

 人形が右へ向き直る。拳はまだ出ていない。


 もう1回曲げる。

 その指が曲がり切るより先に、オークの頭が上がった。


 床をたたいた腕が戻ってくる。

 戻りがけに、横へ振られた。机の上の物を、手の甲で払い落とすみたいに。

 人形が、飛んだ。


 壁に当たって、床に落ちる。

 右腕が、曲がっていた。


『予告当たってたのに』

『人形とんだ』

『え、終わり?』

『負けてて草』


 オークの目が、壁際の人形から俺へ移った。


「撤収します」


 スタントさんは、オークの脇の壁際に転がっている。

 置いていけば、すぐ横道へ走れる。人形を置いて逃げる手は、昨日の夜、ゴブリンに挟まれたときにもう捨てた。

 走り込んで、抱き上げる。オークの膝が目の前にあった。近すぎる。

 ドローンを呼び戻して、横道へ走る。


 肩から体をねじ込む。背中のすぐ後ろで、オークの体が横道の入口につかえた。

 入ってこられない。

 太い指が奥へ伸びて、スーツの裾の先で壁を引っかいた。

 届かない。

 しばらく荒い息が続いて、重い足音が部屋へ戻っていった。


 作戦どおりにいったのは、逃げ道だけだった。


 主要な通路の脇まで戻って、壁に背中を預ける。

 息が整うまで、思ったより長くかかった。27歳の膝は正直だ。


「すみません、少々お待ちください。機材の調整をします」


『逃げた』

『予告はまぐれ?』


 返す言葉を打ちかけて、やめた。負けた側が何を言っても、言い訳にしか見えない。


 人形の右腕を両手でつかんで、ゆっくり伸ばす。関節が嫌な音を立てて、まっすぐに近い所まで戻った。見た目だけは、元どおりだ。

 床に立たせて、指を1回だけ動かしてみる。構えの一動作で、左腕が上がる。右腕は左より遅れて、きしみながらついてきた。


 昨日の夜、初めて自分で動いた腕だ。

 5年抱えて運んで、やっと動いた腕を、一日で曲げた。

 俺が決めた置き場所で。


 オークの頭は、振り下ろした腕が流れた向きへずれて下りる。さっき人形の半歩右に落ちたのは、そのせいだ。

 箇条書きを開き直すと、その1行は条件のすぐ上に並んでいた。流して読んだ所だ。

 あの腕が戻りがけに目の前の物を横に払うことも、同じ箇条書きにあった。

 ずれを追おうにも、人形は指を1回曲げるごとに一つしか動かない。向き直るのに1回、拳を出すのにもう1回。答えを知っていても、指が追いつかない。

 アセントの前衛なら、半歩は剣先で埋まる。俺には、指1本しかない。


 腕の画面で、ドローンの録画を巻き戻した。

 予告の一言から、オークの頭が人形の高さまで下りるところまで。15秒で切る。

 人形が飛ぶところは入れない。本当は、喉に入る一発で終わるはずの15秒だった。

 SNSに上げて、今の配信へのリンクを添えた。

 今この配信を見ているのは3人だ。足りない客は、切り抜きでSNSから呼び込む。

 締め切りより先に片付けるのは、5年の現場で染みついた癖だ。


 ドローンの電池の残りを確かめる。40分。

 勝てる作戦はまだない。

 それでも、3人に見せた最後の映像が、壁に当たるスタントさんのままでは終われない。

 ドローンを、自分の顔の高さまで戻した。


「すみません、さっきのはNGです。このまま、撮り直します」


『え、撮り直すの?』

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