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俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜  作者: 月見まっちゃ
第2章

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17/25

第17話 〔二画面〕行き先は、コメントで決めてください

「右と左、どちらに入りましょうか」


 奥の区画のうち、まだ入っていない側の最初の分かれ道で、俺はレンズに向かって二股の通路を片手で示した。

 腕の画面には、俺の配信と朝比奈さんの配信を並べて開いてある。制作の卓でモニターを並べていたときと同じ並べ方だ。

 朝比奈さんの画面に映っているのは、斜め後ろの少し高い所から撮った、同じ時刻の俺の背中だ。

 行き先の決まらない本番を組んだのは、5年も制作の卓にいた俺だった。行き先の欄を空けたままの計画で本番を始める現場なんて、その5年で一度もなかった。


 配信の題には新宿ダンジョン第10層の奥と入れ、説明の欄には昨日の告知を貼ったままにしてある。


「決め方は、コメントの多いほうです。朝比奈さんの配信と、同時にお送りしています」


 そこで一度、頭を下げた。


「それと、配信が切れる道は、投票にかけません」


 自分の配信のコメント欄に目を落とした。


『ちゃんとしてる』

『どうせ台本だろ』

『下見の情報持ち出した人だよね』

『ビーターかよ』

『盾の子の画面と時計が同じ』

『秒まで同じ』


 時計を見比べる客ほど、制作の卓ではありがたい客だった。疑うことに手間を惜しまないからだ。

 同時接続数は、俺の画面が3万2千、朝比奈さんの画面が1万1千。始めて5分で、人形のスタントさんの膝を直した配信の最大をもう越えている。

 疑いに来た客も同時接続数では1人に数えるし、来た理由までは数字に出ない。


「今日は、見てる人が決める日です! わたしも、どっちに行くか知りません」


 背中から朝比奈さんの声がした。朝比奈さんの配信のコメント欄も、俺の欄と同じ速さで流れている。


『知らないのかよ』

『グルなら知ってるはず』

『盾の子、今日は後ろ?』

『両方の配信開いてる』


「後ろです。今日のわたしは、撮る係なので」


 前に出て戦わず、後ろから俺たちを自分の配信に撮る。朝比奈さんが自分で決めた役だ。俺の二台目のカメラにはならない、と昨日のうちに断られている。


「では、お願いします。右か、左か」


『右』

『右』

『左』

『右一択』

『右で』


 決まるまでの早さだけなら、前の職場のアセントで企画を決めていた会議より上だ。


「右に入ります」


 右の通路の先で、角鹿が1頭、角を下げて突っ込んできた。1体目の人形のスタントさんが正面で受けて押し返し、前脚が浮いた一瞬に2体目のADさんの拳が喉に入る。灰色の体は光の粒になってほどけた。

 奥の区画に来てから、何度も撮ってきた形だ。


【称号、百戦を得ました】


 モンスターを百体倒すと得る称号だ。今の角鹿で、ちょうど百に届いたらしい。祝うのは配信を終えてからでいい。

 指を伸ばして人形を2体とも止め、自分の配信のコメント欄に目を戻した。


『はっや』

『正面で止めるの何回見ても変』

『次はいちばんヤバそうな方な』

『仕込めない所に行けよ』

『危ない方に入れようぜ』


 票の寄せ方が変わってきた。台本を疑う客が選ぶのは、俺が前もって細工できない道ではなく、見ていていちばん荒れそうな道だ。


 その先の分かれ道も、コメントの多かった左へ入った。次の二股に着くころには、票がひと所に寄りはじめていた。


『左の奥、柱の部屋だろ』

『奥の柱の部屋ってヤバいやつ』

『じゃあ左』

『左』

『左』


「……左が多いですね」


 協会の中継器の図を見るかぎり、左の奥までは電波が届く。図で分かるのはそれだけだ。


「左に入ります」

「左です! 見てる人が決めました!」


 ◇


 左の通路を抜けると、すぐに石柱の部屋の入口に出た。

 両腕で抱えきれない太さの柱が、天井まで何本も立っている。柱の間を縫っていけば、向こう側の出口まで抜けられそうだ。

 障害物の多いセットで、カメラの置き場所には困らない。


「天井、高っ……」


 朝比奈さんの画面が上を向いた。

 柱の付け根に近い天井を、人の背丈ほどの体がはっている。灰緑のうろこの下で、4本の脚の爪が石をつかんでいた。

 大トカゲだ。柱の間を通れば、真上を取られる。


 朝比奈さんの画面は天井を向いたまま揺れて、止まった。実況の声も途中で切れる。

 振り返らなくても分かった。撮っている人の膝が止まれば、画面も止まる。


『天井』

『終わった』

『あのトカゲ、上から落ちてくるぞ』

『真上から来るやつ』

『選んだ奴ら責任取れよ』


 いちばん速く流れたのは、俺の配信のコメント欄だった。左と書いた客と責任を取れと書く客は、たぶん同じ人だ。


「止まってください」


 入口の手前で2体を止めた。天井を見上げたまま、腕の画面に打ち込む。打ち込んだ文は配信の音に乗らない。


「なあ。この部屋の天井のトカゲ、下りてくるときの癖ってある?」


[いい質問ですね! 大トカゲです。天井と壁をはい、頭上から落ちてきて、かみつきます]

[協会の資料には載っていませんが、天井をはう間は、石柱を回るたびに、前と逆の向きへ曲がります]


 その下には、かまれたときの手当ての箇条書きが長く続いていた。要るのは2行目までだ。


[次は、かまれたときの応急手当てをまとめましょうか?]


 返事はあとでいい。


 大トカゲが柱の右と左のどちらから下りてくるかを俺が先に言い、人形2体には反対側の床を通らせる。


 起きることを先に言って当てるのは、撮影の段取りで毎日やってきたことだ。外せば、外したところまで全部映る。

 俺の配信のコメントは、画面の上を動く俺の指のことばかり書いていた。


『またスマホ』

『指しか映ってない』

『AIに聞いてる説か』

『それ外れたろ』

『聞いても協会の資料見ろで終わり』


 当たっている説が、外れた説として片付けられていく。片付けは客に任せておく。


 入口から、いちばん手前の柱を見上げた。大トカゲが柱を左へ回り、向こう側へ消える。

 見るのは、この一度だけでいい。


 背中で、朝比奈さんが小さく息を吸った。


「……怖いです、あれ。でも、ここから撮ります」


 朝比奈さんの画面は、天井を映したまま動かなかった。


「入ります」


 俺は入口に立ったまま、2体だけを部屋の中へ前に出した。指を曲げて、人形に進めの合図を出す。ここから先は画面を見ない。


 大トカゲが次の柱に爪をかけ、回りはじめた。


「柱の右側から下ります」


 大トカゲの頭が、柱の右側を伝って下りてくる。

 2体はその間に左の床を抜けた。


 次の柱の手前で2体を止めた。大トカゲが天井を渡っていく間だけ、画面を見られる。


『は?』

『まぐれだろ』

『今、右って言った?』

『言った』


 1回なら、まぐれでいい。


 指を曲げる。


「左です」


 大トカゲは隣の柱を左へ回った。頭が床へ届いたとき、2体はもう右の床を走り抜けていた。


 柱の脇で止める。


『え』

『2回目』

『当たってる?』

『待って待って』


「すみません、止まってました! 撮ってます、ちゃんと撮ってます!」


 背中から、朝比奈さんの実況が戻ってきた。膝も動くようになったらしい。


 指を曲げる。


「右」


 大トカゲが柱を回りはじめ、2体は左の床へ入った。

 頭は右側から下りてきた。


 止める。


『3回目』

『数えてる、3』

『なんで分かんの』

『トカゲに台本渡したのか』


 トカゲに台本が渡せるなら、制作の仕事はもっと楽だった。


 残る柱は1本。


「最後。左から下ります」


 指を曲げる。


 大トカゲの頭が、柱の左側を伝って下りてくる。

 右の床を、2体が抜ける。


 出口。


「言ったとおりです!」


 出口の外で2体を止めた。俺の配信のコメント欄が、さっきまでと逆の向きに流れている。


『仕込めないだろこれ』

『行き先選んだの俺らだぞ』

『盾の子の画面でも同じ』

『アセント、奥の区画の配信ないだろ』

『4回は無理』


 俺の画面の同時接続数が、1行ごとに上がっていく。


 4万1千。


 4万7千。


 5万2千。


 朝比奈さんの画面、2万。


 告知でも宣伝でもない上がり方だった。見ている客がよそから客を連れてくるときの上がり方で、制作の卓にいた5年でも数えるほどしか見ていない。


「わたしの数字、こんなの見たことないです! 柏木さん、見ましたか!」


 朝比奈さんの配信のコメント欄も、流れが変わっていた。


『見てた』

『トカゲと人形とスーツ、1枚に入ってた』

『撮る係、いい仕事した』

『グルとか書いてごめん』

『登録した』


 トカゲと人形と俺を一つの画面に入れる画角を決めたのは、俺じゃない。


 俺の配信のコメントは、まだ流れつづけている。


『台本って書いたの俺です』

『すみませんでした』

『たまたまだろ』

『4回くらい当たる』


 疑っていた客が全員黙ったわけでもない。客が一人残らず黙る数字なら、制作の卓ではかえって疑う。


 大トカゲがいちばん奥の柱の向こうへ回った。


「朝比奈さん、今です」


 2人で部屋を走って渡った。今日いちばん段取りの雑な所は、人間の足だった。


 出口の先の通路は、奥まで照明が届いていない。


「柏木さん、奥、何か――」


 先に捉えたのは、朝比奈さんの画面だった。

 暗がりの奥で、角鹿ほどの丸い甲殻の形が金色に光った。こっちを向いたと思った次の瞬間には、もう背を向けている。

 2体を向ける暇もなかった。金色は人の走りよりずっと速く、通路の奥へ小さくなって消えた。


 俺の配信のコメントが、一気に速くなる。


『金色?』

『逃げた』

『速すぎ』

『金色って希少種じゃね』

『中層の甲虫じゃね? イレギュラー?』


 俺は通路の奥へ一歩も出ずに、レンズに向き直った。


「……本日は、ここまでにします。ご覧いただき、ありがとうございました」


『おつ』

『追わないのかよ』

『今日のは切り抜かれる』

『おつかれ』


 追わない。段取りにない獲物を段取りなしで追う現場は、たいてい事故で終わる。


 腕の画面では、朝比奈さんの配信がまだ続いていた。

 映っているのは、金色の消えた通路の奥だ。暗がりで動くものはない。

 その下のコメント欄に、1行だけ流れた。


『今の何』

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