第16話 切り抜きの作り方なら、俺のほうが知っている
〔新宿〕アセント下見情報流出の件 Part1
アセントの投稿の翌朝、起きて最初に開いた掲示板に、下見の情報が漏れた件のスレッドが立っていた。
38:名無しの冒険者
アセント公式の昨夜の投稿
・先日予定しておりました新宿ダンジョン第10層の企画配信に関しまして、当社が事前に行った下見の情報の一部が、外部に流出した可能性を確認しております
39:名無しの冒険者
>>38
第10層の企画って、スーツで潜ってる人形使いに先に中ボス倒されたやつだろ
40:名無しの冒険者
スーツの人のスレの Part1 の24番。最初の頃の書き込み
>この人の声、アセントの配信で裏方やってた人じゃね?
41:名無しの冒険者
つながった
元社員なら、社内の下見で中ボスの倒し方も知ってたわけだ
そりゃ一発で固まらせるわ
42:名無しの冒険者
>>41
倒し方まで知ってたなら、アセントの看板パーティが下見で引き返すか?
あとアセント公式の配信一覧、全部見てきた。第10層の奥に入った回なんて1本もない
スーツの人が第10層の奥で倒してる角鹿のことは、どこから流れたんだよ
51:名無しの冒険者
スーツの人と組んでる盾の子も元アセントの養成所だろ
二人ともアセントとグル
52:名無しの冒険者
もう切り抜き出てる
〔切り抜き〕スーツの人形使い、元アセントの裏方だった
朝の時点で20万回。戦いの最中に人形の膝直した方の80万回に追いつくのも早いぞ
53:名無しの冒険者
>>51
お前がグルだと思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな
俺の名前を書いたのはアセントではない。このスレッドを読んだ側だ。
この分なら、アセントは最後まで、自分の口では名前を出さずに済む。
◇
職人の店で膝の関節の部品を受け取り、昼前には第1層の脇道の入口に座っていた。
代金は前の晩に払ってあるので、残高の2,000円には手を付けずに済んだ。済んだと言えるほどの額でもない。
前の晩に立てた計画の一番目は、膝の取り付けを最初から最後まで、切らずに映すことだった。
ドローンを浮かべて、配信をつける。
同時接続数は、つけて数分で、修理を配信した日の最大を越えた。
膝の切り抜きの客だ。
『膝直すとこ見に来た』
『仕込み』
『台本あるだろ』
『普通に見たいんだけど』
『どうせ編集で切ってる』
コメントの半分が、最初からこの調子だった。
編集で切る、という疑い方は、切り抜きを作る側の言い方だ。どこで切れば話が変わるかを知っている人の。
俺も5年、アセントで配信を作る側にいた。
言い返す文句なら浮かんでいた。口に出さなかっただけだ。
「では、膝の取り付けを始めます。潰れた関節を外すところからです」
人形のスタントさんを《収納》から出し、脚を伸ばしたまま床に寝かせる。潰れた関節を外し、替えの部品を、膝の差しこみ穴に当てる。
穴の縁が少し曲がっていて、そのままではかみ合わない。昨日、戦いの最中に急いで戻した所だ。自分の雑な仕事の跡を、万を越える客の前で直すことになる。
工具を当てて《鍛冶》を念じると、工具の当たる音が早回しで続き、曲がりが部品の形へ寄っていった。
曲がりを戻すあいだ、MPがじわじわ減っていく。急がない。急げば、また曲がる。
「今、穴の縁の曲がりを戻しています。……はい、かみ合いました。ねじを留めます」
『その部品アセントの?』
『手元ずっと映ってるな』
『止めずに映すの逆に怪しい』
『普通に上手い』
『仕込み』
どれにも答えないまま、最後のねじを締めた。
スタントさんの膝を曲げて伸ばすと、関節の小さな機械音が、元どおりの間で鳴った。
これなら、踏ん張っても曲がらない。
「本日は、膝の取り付けまでお付き合いいただき、ありがとうございました」
配信を切る。最大の同時接続数は約3万だった。
登録者数の欄を見る。
21万5千。
昨日の夜から、ほとんど動いていない。
「柏木さん」
脇道の入口に、黄色い矢印の大盾が立っていた。角の形のへこみが、通路の明かりで影になっている。
朝比奈さんだ。来るとは聞いていない。聞いていても来るのが、この人だ。
ドローンは浮いていないから、配信はしていないらしい。
「見てました、さっきの。最後まで」
朝比奈さんは自分の腕の画面を俺に向けた。昨日のアーカイブのコメント欄だ。
「読みますね。『グル』『工作員』『養成所の出戻り』『アセントに帰れ』。……帰らないですけどね」
「……はい」
「あと、常連のしじみさんが一人で全部に言い返してくれてて。『7人の頃から見てる。この子は人の言うことなんか聞かない』って」
画面の中の名前に、朝比奈さんが口をとがらせる。
「それ、褒めてます?」
それから、笑った。
「わたしの登録者、千人減りました。……次!」
千人。見る人が7人だった頃から積んできた数字の、千人だ。
声は明るい。
言いながら、袖の安全ピンを外しては留め直している。何度目かで、数えるのをやめた。
損得を考えるより先に、俺は言っていた。
「朝比奈さんが決めることですが。しばらく、別々に潜りましょう」
「……え」
「朝比奈さんの配信まで、巻き込むので」
流出騒ぎの火元が俺の前の職場なのだから、我ながら世話がない。
朝比奈さんが動きを止めた。
空いたほうの手を俺の袖へ伸ばしかけて、途中で止める。
「怖いです」
声は、小さくなかった。
「離れるのがいちばん安全なのも、分かってます。もめてる人からは距離を取れって、養成所で最初に教わるやつです」
朝比奈さんは安全ピンから指を離し、背中の大盾を下ろした。
黄色い矢印を前に向けて、俺の隣の床に立てる。
「でも柏木さん、今、言いましたよね。わたしが決めることだって」
「……言いました」
「じゃあ、決めました」
盾の縁を握ったまま、朝比奈さんがこっちを見る。
「わたしの配信は、柏木さんの隣で撮ります。撮りたいから、撮るんです」
隣に、角のへこんだ盾が立っている。明日は、その持ち主のドローンもここに浮く。
画面が、2つある。
「で、柏木さんは?」
朝比奈さんが、盾の縁に顎を乗せて聞いてくる。
「明日は、切れる所も、前もって決めておける所もない配信にします」
疑いのコメントは、どれもその2つを突いていた。
「道は、分かれ道ごとにコメントで選んでもらいます」
「え、毎回ですか」
「毎回です。朝比奈さんの画面と並べて、同じ時刻を別の角度から映します。2つの画面を並べて見比べられたら、どこを切っても分かるので」
「わたしの画面は、わたしが撮りますからね。柏木さんの二台目のカメラじゃないです」
「はい。それでお願いします」
頼む前に、断られた形になった。この人の段取りは、いつもこっちの一行先にある。
腕の画面で協会のサイトを開き、ダンジョンの中で電波をつなぐ中継器の配置図を出した。第10層の奥では、電波の届く通路にだけ色が付いている。アセントにいた頃、撮影の下調べで何度も印刷した図だ。
投票にかけるのは、色の付いた道だけにする。届かない道を選ばれたら、配信はそこで切れて、切れる所ができてしまう。
その場で、自分のアカウントに打った。
『明日の配信は第10層の奥です。行き先は、分かれ道ごとにコメントで決めていただきます。朝比奈さんの配信と同時にお送りします』
送って、画面を伏せずに待つ。
告知の下に、返信が付きはじめた。
『どうせ台本』
『行き先こっちで決めんの? 見るわ』




