第12話 戦わない日の修理配信で、鍛冶を取った
肩の外板1枚とねじ4本で、残高が家賃に千円足りなくなった。
家賃8万円の支払い日はあさってだ。
昨日、第10層で中間ボスを倒した。中間ボスとの戦いで割れたスタントさんの肩は、ダンジョンの外では開かない《収納》の中で、まだ割れたままでいる。
人形のADさんを買った新宿の職人の店で、割れ目と同じ厚さのアルミの板を切ってもらった。
工具はスタントさんを組んだときのものを、家から鞄に入れてきてある。工具まで買っていたら、千円では済まなかった。
「肩なら、板とねじで済みますけどね」
職人さんが釣り銭をカウンターに置いた。
「頭や胴が割れたら、うちに頼んでも部品代と工賃で数万円です。日数も、何日か見ておいてください」
「承知しました」
手のひらの小銭より、頭や胴の修理代のほうが重く頭に残った。
直さなければ稼げない。直せば家賃が欠ける。
登録者が15万人に届いた翌朝の財布が、これだ。
◇
《収納》から出せない以上、スタントさんを直す場所はダンジョンの中と決まっている。
手でやれば半日仕事で、今日はもう戦う時間が残らない。
なら、直すところを配信する。
再生数が跳ねた翌日に何も流さなければ、昨日来た客は戻ってこない。アセントで制作をしていた頃に、何度も見てきた数字の落ち方だ。主役のスタントさんが戦えない日は、作業の映像で場をつなぐ。
第1層の、本道からそれた行き止まりの脇道。その入口に腰を下ろした。
人はほとんど通らないのに、本道の中継器の電波はちゃんと届く。作業場としては、家賃がかからないぶん中野の部屋より上等だ。
《収納》からスタントさんを出して、床に寝かせる。ADさんはキャリーから降ろして、隣に立たせた。今日のADさんの仕事は、そこに立っていることだけだ。
ドローンを浮かせ、題を『新宿ダンジョン 戦闘人形の肩、修理します』にして配信をつけた。
「おはようございます。今日は第1層で、戦いません。スタントさんの肩を直します」
『昨日の中ボスの人だ』
『スーツの人きた』
『切り抜きから来ました』
『第1層?』
同時接続数は9,000から始まった。
昨日の始まりには届かないが、裏方の頃に受け持った平日の朝の配信なら、拍手が出る数字だ。
割れ目の縁はめくれて、刃物みたいになっている。やすりで角を落とさないと、板を当てる前に俺の指のほうが切れる。
外板の裏に、同じ厚さの板を当てた。肩の丸みに沿わせて、手で少しずつ曲げていく。曲げすぎると戻らないから、指の幅ずつだ。
工具が外板を叩く乾いた音だけが、脇道に続いた。
『今日は戦わないの?』
『修理って何』
『中ボスの続きは』
『作業配信かよ』
予告はした。予告しても、客は帰る。
8,000。
7,000。
6,500。
作業の映像で場がつなげるのは、主役が戻ってくると分かっている番組だけらしい。
四隅のねじ穴のうち1つが、板の穴と半分ずれた。割れ目が斜めに走ったせいで、外板の穴が引っぱられてゆがんでいる。
ここで無理に締めれば、割れ目のほうが伸びる。手回しのドリルで、板の穴を少しずつ広げ直した。
脇道の奥から、半透明のスライムが1匹這ってきた。戦闘を見たいという注文に、ダンジョンのほうが応えたらしい。
指を1回曲げる。ADさんが一歩出て、拳で潰した。
本日の戦闘は以上です、と胸の中で告げた。
『今のが戦闘?』
『わるいスライムじゃなかったかもしれないのに』
『ねじの締め方、丁寧だな』
『この作業音いい』
『ずっと聞いてられる』
5年裏方をやって、作業の音を褒められたのは初めてだ。
板を肩の線の半分まで沿わせて、2隅をねじで留めたときだった。
【取得可能なスキルに、《鍛冶》が加わりました】
工具を持つ手が止まった。
5年、撮影の現場で三脚もライトも、ドローンも無線機も直してきた。ダンジョンの中で直したのも、一度や二度じゃない。それでも、この天の声は一度も鳴らなかった。
3日目に中野の部屋で、スタントさんの右腕を丸一日かけて直したときも、同じだった。
何が違うのかは分からない。
「すみません、予定を少し変えます。取れるスキルの一覧に、《鍛冶》が出ました」
『鍛冶?』
『生産スキルじゃん』
「取ります」
「人形の頭や胴が割れたら、職人さんに頼んで数万円と何日かです。自分で直せれば、それが浮きます。スキルptは4です」
スキルpt 4の見積もりとしては、裏方の頃に通したどれより割がいい。
『やめろ』
『生産スキルは外れ』
『ポイントの無駄』
『外れ職に外れスキル』
『攻撃取れ攻撃』
コメントの流れが一気に速くなった。
『なんで生産スキル』
『昨日の中ボスの人が、なんで』
『考え直せ』
『戦えるスキルにポイント残しとけって』
画面は止める声で埋まった。
登録者15万人の前だ。
ここで聞いたこともないスキルを取って失敗すれば、その責任は俺一人に来る。
やめておきます、と言えば、止めたのは視聴者だったことにできる。
それは、楽だ。
「では、今日は見送り――」
先に口が動いていた。
その先の言葉が出てこない。
イヤホンに指を当てた。AIには何も聞かない。
頭の中で、修理代の計算をやり直す。数字は、さっきレンズに言ったときから一つも動いていない。
流れたコメントを、もう一度上から読み直す。
やめろ、外れ、無駄、攻撃を取れ。
どの声も、止まった撮影を一本も動かしてはくれない。
「撮影の現場で本番が止まるのは、機材が壊れて、直せる人がその場にいないときです」
床のスタントさんの外板は、継ぎ目ごとに色が違う。どれも、現場で捨てられた撮影機材の部品だ。
「なので、取ります」
『AIに聞いてみ、絶対止められるから』
取る前に、腕の画面に質問を入力した。配信の音には乗せない。
「なあ、《鍛冶》取るけど、正解だよな」
[いい質問ですね! 結論から言うと、正解です。修理の費用が浮きます]
[今回出たのは、ダンジョンの中で人形を直していたからです]
三脚やドローンをいくら直しても、鳴らなかったわけだ。
聞きたかったのは、返事の最初の1行だけだ。
その下に、MPの減り方だの、欠けた部品は生めないだのと、長い箇条書きが続く。親指で、下まで流す。
[戦闘人形は人形使いの武器に数えるため、《鍛冶》で人形の部品を作ることもでき、人形を増やすときにも使えます]
[次は、《鍛冶》で直せる範囲もまとめましょうか?]
画面を閉じて、ステータスを開いた。
取得可能なスキル:《鍛冶》(4)
武器と防具を、打ち、直す。
鍛冶を取得:スキルpt 4(はい/いいえ)
頭の中で、はい、を選ぶ。
【《鍛冶》を取得しました】
スキル:《収納》 Lv1/《人形操作》 Lv3/《エージェント》 Lv1/《並列思考》 Lv1/《鍛冶》 Lv1
スキルpt:14
4を払って、ptは14残った。
残りは板の半分。これで何分になるか。
工具を板の縁に当てる。
頭の中で《鍛冶》を使った。
光らない。
代わりに、音が変わった。
一打ずつ鳴っていた工具の音が、早回しのように詰まって続く。
手が速い。速いのに、一打もぶれない。
冷えたままの板の縁が、工具の先に沿って、肩の線へ寄っていく。
熱してもいない金属が、粘土みたいに言うことを聞く。
MPがじわりと減っていくのが分かった。
最後の隅のねじ。
ここで急げば、あと数十秒は縮む。
手を速めた。
MPの減りが、一段速くなった。
板の縁がうねる。
手の速さを戻す。
うねった所に工具を当て直し、さっきまでの速さでなでていく。縁はもう一度まっすぐに寄った。
急げば、粗くなる。
最後のねじが締まった。
半日かかるはずだった残りが、数分で終わっていた。
指を曲げる。
スタントさんが、床から起き上がった。
右の腕が上がっていく。
直した肩ごと、まっすぐに。
肩に当てた板の縁はどこにも引っかからない。
上がりきった先で、ドローンのレンズの前に、拳が握られた。
「いい上がりです、スタントさん。明日の本番、お願いします」
工具を置いて、腕の画面のコメントをさかのぼった。
『やめろ』
『なんで生産スキル』
『え』
『早っ』
『音が早回しになってる』
9,000。始まりの数字に戻った。
『前半あんなにかかってたのに』
『もう肩が上がってる』
『生産スキルってこう見えるのか』
『地味にすごい』
1万1千。
『やめろって書いたやつ』
『俺だわ』
『でも戦えないじゃん』
1万4千。
コメント欄が手のひらを返す速さは、工具の音より速かった。
流れの中で、コメント欄が急にざわついた。
『盾の子だ』
『盾の子きた』
『本人?』
見覚えのある名前の書き込みが、続けて2つ流れてくる。朝比奈さんだ。
『直ったなら、明日から一緒に潜ります』
『もう決めました』
相談の余地がどこにもない。
「……朝比奈さんが決めることなので」
レンズにはそう答えた。
頭の中では、もう明日の作戦を一分刻みで組みはじめている。
作戦の1行目は、工具の鞄だ。




