第5話「機兵狩り」
ルーン石で舗装された地面が、二体の鉄の巨人が歩くたびに震えていた。
《魂の市場》にいた群衆は、ヒステリックな悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。
商人たちは金貨や宝石で満たされた露店を放り出し、我先にと地区の出口へ殺到する。
オークヘイヴンで、《血の自動人形》に立ち向かうほど愚かな者はいない。
それは――
タイタンによって造られた戦争兵器。
痛みも。
恐怖も。
疲労も感じない。
ただ命令に従い、軍隊そのものを粉砕するために造られた殺戮機械だった。
「トム! お願いだから逃げましょう!」
ニクスが震える手でトムの袖を掴んだ。
「奴らの外殻は通常の魔法も普通の刃も通さない! あんなもの、どうやって貫くつもりなの!?」
トムは彼女を見ることすらしなかった。
肩を軽く動かし、ティーフリングの手を振りほどく。
「お前にとっては、倒せない怪物だ」
トムは奪った狩猟用短剣を握り直す。
「俺にとっては――」
冷たい目が二体の機兵を捉えた。
「歩く魔力電池にすぎない」
【現在魔力:45%】
左側の自動人形が、二トンにも及ぶ巨大な戦斧を持ち上げた。
胸部に刻まれた深紅のルーンが激しく輝く。
大量の魔力が、鉄の腕に組み込まれた油圧機構へ流れ込んでいく。
「――脅威ヲ排除スル」
機械音声が、雷鳴のように響き渡った。
BOOOOOOM!
戦斧が振り下ろされる。
巨体からは想像もつかない速度だった。
巨大な刃が石畳を直撃し、石を粉々に砕く。
衝撃波が周囲の露店を丸ごと吹き飛ばした。
だが――
そこにトムの姿はなかった。
戦斧が落下を始めた、その一瞬。
トムは左へ身体を滑らせていた。
眼力は使わない。
温存する。
自動化された機兵の攻撃パターンなら、トムは誰よりも知っている。
二十四回目の召喚。
あの世界で、トムは一個軍団にも匹敵する機械ゴーレムの群れと戦ったことがある。
――大型機兵は質量が大きい。
――その代わり、腰部を支点とした旋回加速度が極端に低い。
トムは地面に突き刺さった戦斧の刃へ足を乗せる。
そのまま勢いを利用して跳躍。
一直線に――
機兵の胸部へ飛び込んだ。
「――標的ヲ拒絶」
右側の機兵が反応した。
巨大な機械腕が振り抜かれる。
トムを一体目の胸部へ叩き潰すつもりだ。
空中でトムは身体を折り畳んだ。
脚を縮める。
巨大な拳が――
ブーツの底から僅か数センチの場所を通過した。
その瞬間。
二体目の腕が一体目の装甲へ激突する。
トムはその衝撃を利用した。
身体を弾き飛ばし――
一体目の首関節へ向かって飛ぶ。
露出した関節。
重量級機兵の――
最大の弱点。
トムは短剣を鉄板の隙間へ突き刺した。
CLANG!
狩猟用短剣は鋼鉄合金に耐えきれず、真っ二つに折れた。
だが――
必要な亀裂は、すでにできていた。
「――構造破壊」
トムが呟く。
躊躇はなかった。
そのまま素手を装甲の隙間へ突っ込む。
バチィッ!
魔力電流が指先を焼く。
皮膚が焦げる。
だが、トムは気にしない。
何百もの魔導兵器を解体してきた人間だけが持つ知識。
内部に走る魔力流管。
それを――
力任せに引き千切る。
CRACK-SPARK!
青く輝く魔力液が噴き出した。
切断された血管から血が噴き出すように。
機兵の巨大な身体が――
停止した。
全身のルーンが不規則に点滅する。
内部圧力の制御が崩壊していく。
しかし、トムは止まらない。
さらに腕を奥へ突き込む。
胸部中央。
その奥にある――
魔力核。
トムの手が、何かを掴んだ。
人間の頭ほどもある巨大な球体。
青白い光を放ちながら脈動している。
原初魔力結晶。
「――これか」
トムは笑った。
そして――
一気に引き抜いた。
ズゴォッ!
四メートルの巨体から生命そのものを抜き取られたかのように、機兵が崩れ落ちる。
ドゴォォォンッ!
鉄の山と化した身体が、石畳へ倒れた。
トムはその残骸の上に立った。
そして手にした原初魔力結晶を――
魔力を僅かに纏わせた拳で殴りつける。
ピシッ……
亀裂が走った。
次の瞬間。
WOOSH!
純粋で、まだ精製されていない魔力が一気に溢れ出した。
トムの身体へ流れ込む。
肌の毛穴が、その魔力を貪るように吸収する。
熱が血管を駆け抜ける。
まるで液体の炎。
あの世界へ落ちて以来、枯れ果てていた魔力の器が――
再び満たされていく。
【現在魔力:88%】
トムの表情が変わった。
疲労による青白さが消える。
代わりに――
冷たく。
濃密で。
恐ろしい輝きが、その瞳に宿った。
だが――
まだ終わっていない。
もう一体。
仲間の破壊を認識した二体目の機兵が、戦闘アルゴリズムを変更する。
胸部のルーンが――
赤から、不安定な紫へ変化した。
「――危険度:極大」
「――自爆モードヲ起動スル」
機兵の内部で、魔力核が急激に過熱し始めた。
爆発すれば――
商業地区一帯が消し飛ぶ。
「……そうはいかない」
トムの声は冷たかった。
「そのエネルギーは――俺のものだ」
今度は――
潜り込む必要すらなかった。
【現在魔力:88%】
魔力が満ちたことで、トムの身体能力は桁違いに跳ね上がっている。
十倍。
それ以上。
一瞬――
トムの姿が影の閃光へと変わった。
次の瞬間には、二体目の機兵の胸部前に立っていた。
緊急封鎖装甲が閉じるより早く。
トムは右拳を握る。
そして――
吸収したばかりの魔力の一部を、拳の一点へ集中させた。
――霊穿撃。
BOOOOOOOOOOM!
拳が突き刺さった。
強化鉄甲が――
濡れた紙のように砕ける。
トムの腕が、そのまま機兵の胸部を貫通した。
そして――
指先が魔力核を掴む。
自爆シークエンスが完了する、その直前。
トムは魔力核を――
引き抜いた。
ズゴォォッ!
二体目の巨人が大きく揺れる。
そして――
後方へ倒れ込んだ。
ドゴォォォォンッ!
石造りの地面が大きく震える。
トムは瓦礫の横へ軽く着地した。
手の中には――
二つ目の原初魔力結晶。
トムはそれを両手で握る。
力を込める。
――ミシッ。
巨大な結晶が――
簡単に砕けた。
WOOOOOOOOOSH!
精製された魔力の波が広場全体を駆け抜ける。
瓦礫の陰に隠れていた僅かな生存者たちの外套が、強烈な風圧で大きくなびいた。
そして――
【現在魔力:100%】
静寂。
トムは目を閉じた。
完全に満たされた魔力の感覚を、一秒だけ味わう。
力が満ちている。
圧倒的な力。
だが――
トムにとって、それは特別なものではなかった。
本当の破壊を始めるために必要な――
ただの最低条件。
ゆっくりと目を開く。
広場は、死んだように静まり返っていた。
瓦礫の陰に隠れていた生存者たち。
その中には、ニクスもいた。
全員が――
広場の中央に立つ人間を見つめていた。
恐怖。
それは、悪魔やドラゴンを見た時よりも深かった。
たった二分にも満たない時間。
素手と、折れた短剣だけで――
オークヘイヴンの伝説的な防衛兵器を二体とも破壊した男。
その事実が、誰の頭からも離れなかった。
その時――
街の中央塔から、巨大な音が響いた。
――ヴォォォォォン……!
タイタンの角笛。
オークヘイヴン全域へ響き渡る、巨大な警報。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
六回。
そして――
七回。
侵入者に対する――
最大警戒信号。
「……嘘……」
ニクスが呟いた。
その顔は、死体のように青ざめている。
膝から力が抜け――
その場に崩れ落ちた。
「タイタンの警報を……鳴らした……」
震える声。
「バルタザールが来る……」
「それだけじゃない……」
ニクスは絶望したように顔を上げる。
「《鉄の衛兵》全軍が……来る……」
トムは目を開いた。
左眼が――
僅かに輝く。
前髪の隙間から覗く瞳の奥。
その中で――
機械仕掛けの時計のような紋様が、ゆっくりと回転していた。
トムは街の中央。
タイタンの塔を見つめる。
そして――
ゆっくりと笑った。
壊れたような。
狂気を孕んだ。
飢えた笑み。
「……最高だ」
トムは姿勢を正した。
「まとめて来い」
その瞳に――
殺意が宿る。
「――全員、一度に相手してやる」




