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あまりに何度も召喚されて心が壊れてしまったので、この新しい世界を滅ぼすことにした。  作者: トーン


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2/8

虚無の中で生き抜く術

胆汁と焼け焦げた金属の味が、トムの口いっぱいに広がっていた。


*――六パーセント。*


魔力を限界まで消耗したときに訪れる、最悪の状態。


人体に宿る魔力は、ただ魔法を使うためだけに存在しているわけではない。


それは内臓、筋肉、骨を保護する一種の緩衝材としても機能している。


それを失えば――


自分の身体そのものが、三倍の重さになったかのように感じる。


肺は焼けるように痛む。


視界の端が、灰色に揺らぐ。


それでも。


トムは瞬きすらしなかった。


震えもしない。


数十もの世界を渡り歩いてきた彼は、ある一つの絶対的な教訓を学んでいた。


――戦場では、弱さは敵に知られた瞬間に初めて「死」を意味する。


「や……奴は……たった一秒で、将軍の守護竜を……」


最前列にいた竜人族の戦士が呟いた。


無意識に、一歩後ずさる。


「なんなんだ、あの化け物は!? 魔法陣すら使っていないぞ!」


ドラゴンの死体が地面へ落下してから、数秒。


その沈黙は、トムにとって永遠にも等しく感じられた。


だが――


その沈黙こそが必要だった。


軍勢が躊躇する一秒一秒が、トムの肺に新たな酸素を送り込む。


しかし。


この戦場の指揮官が、全員愚かだったわけではない。


上空。


黄金色の光の翼を広げ、銀色の鎧を纏ったヴァルキリーが空中に浮かんでいた。


彼女は目を細める。


そして神槍を掲げ――


その切っ先を、真っ直ぐトムへ向けた。


「奴の姿に惑わされるな!」


ヴァルキリーの声が、谷全体に雷鳴のように響き渡る。


「奴の魔力反応が急激に低下している! 禁術を使ったのだ! 今の奴には、もう力が残っていない!」


そして――


「前衛部隊! 奴を殺せッ!!」


*――クソッ。*


恐怖によって生まれていた沈黙が、一瞬で破壊された。


「竜人帝国の栄光のためにィィィッ!!」


赤い鱗を持つ竜人の隊長が咆哮する。


炎を纏った大剣を振り上げ、突撃。


同時に――


トムの周囲の影から、五人のダークエルフの暗殺者が現れた。


毒を塗った短剣。


すでにトムの首まで数センチ。


だが。


魔力が満タンなら、トムは百メートル四方を丸ごと焼き払っていただろう。


今の魔力は――六パーセント。


魔法を使う?


それは自殺と同じだ。


ならば。


トムが最も得意とする方法を使う。


――敵自身の欲望を、敵同士でぶつける。


*竜人の突撃――重量級の大剣。右上方からの振り下ろし。*


*速度は速い。だが、単純すぎる。*


*ダークエルフの暗殺者――同時攻撃。ただし竜人との連携は皆無。*


トムは後退しなかった。


むしろ――


一歩、前へ出た。


大剣の間合いの中へ。


「死ねぇぇぇッ!!」


鱗の戦士が叫ぶ。


炎の大剣が振り下ろされる。


その――


ほんの一瞬。


トムは膝を曲げた。


そして地面へ飛び込むように倒れ込む。


赤茶けた砂埃の上を滑走する。


巨大な刃が――


鼻先数ミリを通過した。


そして。


そのまま後方から迫っていた二人のダークエルフを直撃。


**ズガァァンッ!!**


炎と血が爆発する。


二人の身体が真っ二つに裂けた。


「この馬鹿野郎ッ! どこを狙っている!?」


ダークエルフの隊長が怒鳴る。


しかし――


トムは、その言い争いを待たなかった。


地面に伏したまま、竜人の踵を掴む。


そして。


盗んだ短剣を、鎧に守られていない膝裏の関節へ突き刺した。


**バキィッ!!**


「グアァァァッ!!」


竜人の隊長が絶叫する。


膝をついた巨体。


その肩を踏み台にして――


トムはバネのように跳び上がった。


その瞬間。


空から三本の天界の矢が飛来した。


先ほどまでトムがいた空間を貫通する。


そして――


倒れていた竜人の胸へ突き刺さった。


「……味方殺しとは、なかなか素晴らしい連携だな」


トムが冷たく呟く。


そのまま空中から落下。


着地点は――


呆然と戦況を見ていたオークの戦士の肩。


ドスッ。


「――え?」


反応する暇すらない。


トムはオークの兜から伸びた角を掴む。


そして――


捻る。


**ゴキッ。**


首が折れた。


*一人死亡。*


*あと二人。*


*装備を奪う。*


トムはオークの身体が倒れるより早く装備を剥ぎ取った。


投擲用の斧。


腰に下げられた二本のポーション。


そして――


小型の青銅盾。


*――簡易解析。*


**【現在魔力:7%】**


**【自然回復:極微量】**


**【直接敵対勢力:約三千】**


**【内訳:四つの敵対派閥】**


**【地形:北方五百メートル地点に岩石地帯を伴う開けた谷】**


トムの瞳が細くなる。


「この谷の中央に留まれば、遠距離魔法で押し潰される」


脳内で、無数の可能性が超高速で組み上げられていく。


「なら――」


トムは北方の岩場を見る。


「この戦場そのものに、俺の代わりに戦わせる」


そして――


手にしたオークの投げ斧を振りかぶった。


標的。


ダークエルフの隊長。


「――ッ!?」


**ヒュンッ!!**


斧が猛烈な回転をしながら飛んでいく。


次の瞬間。


**ズブッ!!**


刃がエルフの胸へ深々と突き刺さった。


「隊長ッ!!」


ダークエルフたちが叫ぶ。


隊長の身体が倒れる。


「オークの攻撃だ!!」


「奴らは条約を破ったぞ!!」


「違う!! 俺たちじゃない! あの人間だ!!」


オークたちが必死に叫ぶ。


だが――


もう遅い。


「制圧射撃!! 全員まとめて殲滅しろ!!」


エルフ側の副隊長が怒鳴った。


その瞬間。


戦場が再び爆発した。


炎の魔法。


天界の光の矢。


毒の魔法弾。


無数の攻撃が空を交差する。


だが――


今度の標的はトムではない。


敵同士だ。


たった一人の予測不能な侵入者。


その存在が生み出した疑心暗鬼。


それが引き金となり――


各勢力は再び互いを殺し始めた。


「殺せぇぇぇッ!!」


「裏切り者を逃がすな!!」


「全部敵だ!!」


戦場は、瞬く間に地獄へ戻った。


トムは、その混沌を隠れ蓑にした。


身体を低くする。


走る。


爆発と死体の間を縫うように駆け抜ける。


すべてを――


鍛え上げられた本能だけで回避する。


火球がすぐ横を通過した。


黒い衣服の一部が焦げる。


それでも、トムは瞬きすらしない。


一本の光槍が足元へ突き刺さる。


トムはその槍を踏み台にした。


そのまま跳躍。


深い溝を飛び越える。


数分後。


身体には無数の小さな切り傷。


それでも心拍数は完璧に制御されていた。


トムは北方の岩石地帯へ続く峡谷の入口へ辿り着いた。


そして――


立ち止まる。


崖の頂上から、振り返った。


眼下。


そこに広がっていたのは――


炎。


悲鳴。


血。


そして殺戮。


数百もの死体が、種族の区別すらなく大地を埋め尽くしている。


トムはオークから奪った二本のポーションを取り出した。


そのうち一本を鼻元へ近づける。


赤く輝く液体。


トムは匂いを嗅いだ。


「低品質の魔力回復ポーション……」


一瞬だけ考える。


「人間にとっては毒性のある薬草も微量に混ざっているな」


そして――


口元を僅かに吊り上げる。


「……完璧だ」


ゴクッ。


一気に飲み干す。


液体に含まれていた毒素は――


何の効果も発揮しなかった。


何千もの毒を経験してきたトムの身体は、すでにその程度の毒に対して完全な耐性を獲得している。


ポーションに含まれていた魔力が、ゆっくりと体内へ流れ込んでいく。


そして――


*【現在魔力:14%】*


トムの唇に、再び生気のない笑みが浮かんだ。


彼は新たな世界の地平線を見つめる。


空には――


三つの月。


そして。


宙に浮かぶ巨大な山々。


「……クソみたいな世界だな」


トムは静かに呟いた。


そして背を向ける。


戦場を離れ、暗い峡谷の奥へ歩き出した。


「……最高だ」


その声には、憎しみすら感じられない。


ただ――


冷たい確信だけがあった。


「こんなに混沌としてるなら……」


トムの姿が闇の中へ消えていく。


「全部壊しても――」


「誰も、いなくなったことを気にしないだろ」


そして。


彼は闇の中へ消えた。


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