第1話:空から落ちてきた怪物
こんにちは!これが私の初めての小説です。楽しんでいただければ幸いです!
彼は、いったい何度その言葉を聞いただろうか。
「おお、異世界より召喚されし勇者よ! どうか我ら人類を救ってください!」
彼の前で、いったい何人の王が跪いただろうか。
いったい何人の女神が、偽りの慈愛に満ちた笑みを浮かべ、祝福という名の魔法の鎖を差し出してきただろうか。
十回?
五十回?
百回?
もう、トムには分からなかった。
本当の名前も。
家族のことも。
地球のことさえも。
その記憶は、何百年もの間に繰り返された苦痛と血と裏切りの海の中へ、とうの昔に溶けて消えていた。
もはや彼の精神は、人間のものではない。
誰にも二度と繋ぎ合わせることのできない、粉々に砕けた鏡だった。
*――そんなに俺に世界を救ってほしいっていうなら……全部、終わらせてやる。*
それだけが、意識の虚無に残された唯一の思考だった。
そして――
トムは次元の壁を突き破った。
**ドゴォォォンッ!!**
機械的な轟音と、元素エネルギーの爆発が、果てしなく広がる大陸の空を震わせた。
新たな世界の空気には、花の香りも、純粋な魔力の匂いもなかった。
そこにあったのは――
硫黄。
生臭い血。
焼けた鉄。
そして、舞い上がる砂埃の匂い。
トムは目を開いた。
落下速度――時速五百キロ以上。
眼下に広がっていた光景は、まさに地獄だった。
平和な都市などない。
穏やかな農村もない。
遥か彼方まで続く地平線は、数千里にも及ぶ巨大な戦場と化していた。
無数の軍勢が、血で血を洗う戦争を繰り広げている。
光の矢を放つハイエルフの軍団。
それを迎え撃つのは、銀河オークの軍勢と炎の巨人たち。
さらにその上空では、ワイバーンと黒竜が六枚翼の天使たち、そして悪魔狩りの戦士たちと激突していた。
完全なる混沌。
一つの惑星そのものが、自らを喰らい合っている。
それを見下ろし――
トムは笑った。
歪んだ笑み。
冷たい笑み。
そこには、人間らしい温もりなど一欠片も存在していなかった。
「……最高だ」
**ズガァァァン!!**
次の瞬間。
トムの落下地点を中心に、丘が丸ごと吹き飛んだ。
前線のど真ん中に直径三十メートルにも及ぶ巨大なクレーターが生まれる。
舞い上がった砂埃が、視界を覆い尽くした。
剣戟の音も。
魔法の轟音も。
その一帯だけ、数秒間完全に途絶えた。
そして――
クレーターの奥から、一人の男が歩いてくる。
トムだった。
身に纏っているのは、次元転移によってズタズタに引き裂かれた黒いボロ布だけ。
剣はない。
神聖な鎧もない。
魔法も発動していない。
次元を越える際の負荷によって、彼の魔力は完全に枯渇していた。
「なんだ、あれは……? 人間か?」
三メートルを超える巨体。
血まみれの斧を握ったオークの指揮官が叫んだ。
「どうしてあんな下等な虫けらが、空から落ちてきて粉々になっていない!?」
オークが突進する。
その巨大な斧が振り下ろされた。
山すら両断するほどの一撃。
だが――
トムは瞬き一つしなかった。
*――動きの解析。*
*距離。*
*質量。*
*角度。*
魔法など必要ない。
トムは何百年もの間、数十種類もの戦闘体系を渡り歩いてきた。
その肉体に刻み込まれた記憶は――
もはや戦神の領域だった。
ほんの僅かに左へ動く。
巨大な斧が空を切った。
その瞬間。
トムは一歩踏み込んだ。
オークの懐へ。
そして二本の指を伸ばし――
怪物の喉仏へ突き込む。
同時に、踵で膝を蹴り抜いた。
**バキィッ!!**
「――ッ!?」
オークの膝が、ありえない方向へ折れ曲がる。
悲鳴を上げる暇すら与えない。
トムは空中で、オーク自身が握っていた斧の柄を掴んだ。
そのまま身体を回転させる。
巨大な刃が――
一閃。
オークの首を刎ね飛ばした。
さらに、その軌道上にいた五人の兵士までもまとめて斬り裂く。
**ブシャァァッ!!**
血が噴水のように噴き上がった。
「し、指揮官が……一秒で殺された!?」
「化け物だ!!」
「殺せぇぇぇッ!!」
数百体ものオーク、ゴブリン、さらにはダークエルフまでが、自分たちの戦争すら忘れ、一斉にトムへ殺到した。
だが――
黒髪の青年は、ただ静かに歩き続けた。
一歩。
また一歩。
拳が鳩尾へ突き刺さる。
槍を紙一重で躱す。
敵の剣を奪う。
そのまま三人の首を同時に斬り落とす。
一連の動きに、無駄は一切ない。
まるで――
死の舞踏。
敵の力を利用し、自らの力を最小限に抑えながら、次々と敵を葬っていく。
そして――
わずか三分足らず。
八十人を超える精鋭戦士たちが、トムの足元に死体となって転がっていた。
だが。
この世界は、あまりにも混沌としていた。
「――死ねぇぇぇッ!! 侵入者ァァァ!!」
天空から怒号が響き渡る。
八枚の翼。
黄金の鎧。
神聖な光を纏った存在。
天界軍の将軍――
大天使。
彼は地上に現れた異常存在を見つけていた。
「消えろッ!!」
大天使が手を掲げる。
次の瞬間。
圧縮された聖なる光の槍が放たれた。
音速。
狙いは――
トムの頭頂部。
完全な不意打ち。
機械的に回避することなど不可能な一撃だった。
トムは感じた。
死が迫っている。
*――今だ。*
その瞬間。
左目が変化した。
暗褐色だった瞳が、一瞬にして黄金色へと変わる。
瞳の中では、無数の歯車が反時計回りに回転していた。
**【眼力――0.005ミリ秒先予知+瞬間転移】**
発動。
世界が――
止まった。
周囲の時間が極限まで減速する。
トムには見えていた。
0.005ミリ秒後。
光槍が地面へ突き刺さる正確な位置。
そこから発生する聖なる爆発の軌道。
そして――
空中にいる大天使の背後。
唯一の死角。
すべてが。
見えていた。
次の瞬間――
**フラッシュッ!!**
聖なる槍がトムのいたクレーターを完全に吹き飛ばした。
だが。
その瞬間。
トムの姿は、そこにはなかった。
そして――
「な――!?」
大天使の背後。
空中。
そこにトムが立っていた。
「何……!?」
大天使が振り返ろうとする。
しかし――
遅い。
トムの手には、ゴブリンから奪ったただの剣が握られていた。
その刃を――
大天使の後頭部へ突き刺す。
ズブッ。
刃が後頭部を貫通し、そのまま喉を突き抜けた。
「――ッ……」
大天使の身体が硬直する。
そして。
力を失った巨体が、空から落下した。
地面に触れるより前に――
すでに死んでいた。
**ドサァッ!!**
トムもまた、地面へ膝をついた。
「……ハァ……ハァ……」
呼吸が乱れる。
血管が焼けるように熱い。
心臓が、今にも破裂しそうなほど激しく鼓動している。
その瞬間。
脳内に冷たい表示が浮かび上がった。
**【副作用】**
**【総魔力量――94%減少】**
この世界の大気から、ようやく僅かに集めた魔力。
それすらも、一秒足らずですべて消し飛んだ。
全身から力が抜けていく。
筋肉が震える。
今のトムは――
生まれたばかりの赤子と変わらないほど無防備だった。
それでも。
トムは顔を上げた。
彼を取り囲んでいる軍勢を見る。
数千。
いや、それ以上。
オーク。
エルフ。
ゴブリン。
悪魔。
天使。
そのすべてが――
恐怖に凍りついていた。
たった一人の青年が。
一瞬で。
天界軍の将軍を殺した。
それを見て。
トムは――
「クク……」
小さく笑った。
そして――
「ハハ……」
やがて。
「ハハハハハハッ……!」
狂ったような笑い声を響かせる。
砂埃の中。
左目だけが、まだ微かに黄金色の光を放っていた。
トムは立ち上がる。
そして、数千の軍勢を見渡しながら――
静かに言った。
「……次の奴は、前に出ろ」
やあ、トムです!この世界の導入部、いかがでしたか?ぜひコメント欄に感想や考察を書き込んでくださいね。皆さんの声を楽しみにしています。それでは、次の章でお会いしましょう!




