第七話 止まった時間
教室には、いつもと同じ朝が訪れていた。
誰も昨日のことを口にしない。
机を引く音だけが静かに響いている。
リノは教室へ入ると、一番最初に教室の後ろを見た。
水瀬湊の席。
そこには机も何もなかった。
リノは小さく呟いた。
「……ない。」
昨日までそこに座っていたはずなのに。
まるで最初から存在しなかったみたいだった。
「ねぇ。」
近くの生徒へ声を掛ける。
「水瀬くんの机は?」
その生徒は肩を震わせる。
何も答えず、目を逸らした。
「どうして……。」
返事はない。
教室へ悠が入ってくる。
「起立。」
いつも通りの朝。
まるで昨日などなかったかのように授業が始まる。
◇◇◇
昼休み。
リノは一人で食堂へ向かった。
周りでは誰も会話をしていない。
スプーンの音だけが響いている。
「この街って、本当に変。」
パンをちぎりながら呟く。
その時。
「少しいいか。」
顔を上げる。
悠だった。
「先生。」
悠は黙って向かいへ座る。
二人の間に沈黙が流れる。
「昨日のこと。」
リノが口を開く。
「先生は、何とも思わないの?」
悠はしばらく答えなかった。
やがて、小さく言う。
「思う。」
リノは驚いた。
「え?」
「毎回思う。」
その言葉はあまりにも静かだった。
「……だが。変えられない。」
リノは首を振る。
「変えられる。」
悠はリノを見る。
「どうして、そう言い切れる。」
「だって。」
「誰もやろうとしてないだけだもん。」
その言葉に、悠は返事ができなかった。
◇◇◇
食事を終え、立ち上がる。
その時だった。
カラン。
悠の腕時計が机へ当たる。
古びた腕時計。
針は止まったままだった。
リノは思わず言う。
「先生。」
「時計、壊れてるよ?」
悠は腕時計を見つめる。
「知っている。」
それだけ言って袖を直した。
リノは首をかしげる。
「新しいの買わないの?」
悠は少しだけ笑ったような気がした。
「これは、、、捨てられない。」
その一言だけ残し、立ち上がる。
リノは腕時計を見つめたまま呟く。
「大事なもの……なのかな。」
放課後。
リノは再び、あの壁の前へ立っていた。
拳を握る。
「私が変えてみせる。」
血で円を描く。
壁が透ける。
リノは迷わず、その奥へ足を踏み入れた。
地下へ続く扉が、静かに開く――。




