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一魂一体  作者: Kioh
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第7話 青春の放棄

一魂一体――いっこんいったい。

ひとつの魂に、ひとつの身体。

七月に入ってから、空は気味が悪いほど青かった。


学生も、会社員も、日々の流れに少しずつ慣れ始める頃。

朝の電車も、昼休みのざわめきも、放課後の校舎に残る熱気も、まるで昨日と同じように繰り返されている。


変わらない青空。

変わらない暑さ。

変わらない日常。


――教室の黒板の右上には、少し大きな文字でこう書かれていた。


『体育祭まで、あと九日』


誰が書いたのかは分からない。

けれど、その一文があるだけで、教室の空気はいつもより少し浮ついていた。


「お前、リレー出る?」


「応援団って、まだ入れるのかな?」


「明日からちょっと練習しようかなー」


あちこちから聞こえてくる会話は、体育祭の話ばかりだった。


如月が教室に入ると、そのざわめきは嫌でも耳に入ってくる。


クラス対抗。

思い出作り。

青春。


そんな言葉が、教室の中に漂っている気がした。


如月は小さく息を吐き、自分の席へ向かいながら思う。


――体育祭ね。


――クラスで一致団結とか、思い出とか、そういうやつか。


――悪いけど、俺には関係ない。


――俺は、できるだけ一人で静かに生きていたいだけだ。


席に着いた瞬間、隣に座っていた蓮也が顔を覗き込んできた。


「キサ? なんでそんな死んだ顔してんの?」


「別に。いつも通りだろ」


「それが問題なんだよ、お前は」


蓮也はそう言いながら、自分の椅子をぎぎっと如月の方へ寄せた。


そして、妙に楽しそうな顔で声を潜める。


「で……進展は?」


「何の話?」


「決まってんだろ。美月ちゃんのこと」


如月はすぐには答えなかった。


視線だけを、少し前の席へ向ける。


美月は女子たちに囲まれて、体育祭の話をしていた。

何かが面白かったのか、口元に手を当てて笑っている。


その笑顔は、あまりにも普通だった。


十八歳になった時、自分に何が起こるのか。


そんなことなど、まだ何も知らない顔だった。


如月は軽くため息をついた。


「……別に。何もない」


「へえ。そうなんだ?」


蓮也は一瞬黙ったあと、にやっと笑った。


「この前、あんな感じで助けてたのに?」


「蓮也。やめろ」


「キサ、落ち着けって。図星だった?」


「違う」


「否定早すぎると、逆に怪しいんだよなあ」


その時だった。


ふと、如月と美月の目が合った。


美月は少し驚いたように瞬きをして、それから小さく手を振った。


如月は、何も見なかったことにして視線を外す。


だが、当然ながら蓮也がそれを見逃すはずもなかった。


「おい。今、手振られたぞ」


「気のせいだろ」


「いや、完全にお前に振ってたって。返せよ」


「いい」


「いや、よくないだろ。普通に失礼だぞ」


「別にいい」


「お前さ……始まる前から全部終わらせようとすんなよ」


蓮也はそう言って、楽しそうに笑った。


「キサ。俺はそれ、許さないからな」


「何を?」


「青春の放棄」


「いらないよ、そんなもの」


「はいはい。そういうこと言うやつほど、後で一番面倒なことになるんだよな」


如月は返事をしなかった。


窓の外では、青空が変わらず広がっている。


まるでこの世界には、何の異常も起きていないみたいに。


それから数日が過ぎた。


黒板の右上に書かれた文字は、いつの間にか変わっていた。


『体育祭まで、あと二日』


教室の空気は、九日前よりもさらに騒がしくなっていた。


放課後前のホームルームが終わりかけた頃、担任が教卓の前で手を叩いた。


「はい、少し連絡。ホームルームが終わったあと、体育祭の準備を手伝える人は残ってください」


その言葉に、教室のざわめきが少しだけ落ち着く。


担任は黒板に簡単なメモを書きながら続けた。


「クラス旗の仕上げ、応援用の道具確認、ゼッケンの整理、それから当日のテントと椅子の確認があります。そんなに長くはかからないと思うけど、手伝える人はいるか?」


数秒の沈黙のあと、ぽつぽつと手が上がった。


五人ほどだった。


その中には、美月の姿もあった。


蓮也はそれを見た瞬間、何かを思いついたように目を細める。


そして、迷いなく手を上げた。


「先生。俺と玖条も手伝います」


「え?」


如月は思わず声を漏らした。


目を見開いたまま、隣の蓮也を見る。


蓮也は悪びれる様子もなく、親指を立てていた。


如月が抗議するより早く、担任が頷く。


「よし。じゃあ七人だな。助かるよ。詳しい担当はこのあと割り振るから、残ってくれ」


「いや、先生――」


「玖条、頼んだぞ」


担任のその一言で、逃げ道は消えた。


蓮也は小さく笑いながら、如月の肩を軽く叩く。


「青春、強制参加ってことで」


如月は深く息を吐いた。


「……あとで覚えてろよ」


「怖い怖い。でも楽しそうだろ?」


「どこが?」


そう言いながらも、如月の視線は自然と美月の方へ向いていた。


美月は、手伝いに残ることになった数人と話しながら、どこか嬉しそうに笑っている。


その笑顔を見た瞬間、如月の胸の奥に、ほんのわずかな違和感が残った。


守らなければならない。


近づきすぎてはいけない。


その二つの考えが、同時に頭の中でぶつかる。


そして如月は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「……面倒くさいな、本当に」


悪魔よりも、青春の方がずっと厄介だ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は体育祭を前に、如月が少しずつ“普通の日常”へ引っ張り込まれていく回でした。


次話もよろしくお願いします。

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