第6話 法則ごと壊す
一魂一体――いっこんいったい。
ひとつの魂に、ひとつの身体。
十八歳になった後、美月を殺せというのか。
その問いに、執事は苦しげに目を伏せた。
「……それが、この本に記された唯一の方法です」
「本に書いてあるから、信じろって?」
「私にも、すべてが正しいのかは分かりません。ですが、天使は私の夢に現れました。美月お嬢様を守る方法。そして、玖条様を見つける方法を教えたのです」
「天使が、あんたに?」
「はい」
「ずいぶん都合がいいな」
如月の言葉は冷たかった。
だが、執事は怒らなかった。
「私も、そう思いました」
その返事に、如月は少しだけ黙った。
執事は祭壇の横に置かれた箱へ手を伸ばした。
箱を開けると、中には黒い短剣が入っていた。
刃は光を吸い込むように黒く、柄には見覚えのない文字が刻まれている。
「これを」
執事は両手で短剣を持ち上げた。
「時が来た時、美月お嬢様を殺すための短剣です。この呪いを断ち切るには、これを使うしかないと記されています」
如月は短剣を見つめた。
「……悪趣味すぎるだろ」
「はい」
執事の声は震えていた。
「私も、そう思います」
如月はゆっくりと手を伸ばした。
指先が柄に触れた瞬間、ぞわりとした感覚が腕を駆け上がった。
同時に、腕の内側にある印が熱を帯びる。
「っ……」
冷たい。
けれど、どこか懐かしい。
まるで、短剣の方が如月を知っているかのようだった。
「……あと九ヶ月」
如月は呟いた。
「俺たちが十八になるまで、あと九ヶ月しかないってことか」
執事の顔が歪んだ。
「美月お嬢様が生まれた夜、ご両親は亡くなりました。外傷も病もなく、ただ眠るように息を引き取っていたそうです」
その声は、今までよりも少しだけ弱かった。
「私はその時から、お嬢様が何かに巻き込まれているのだと感じていました。成長するにつれて、悪魔も現れるようになりました。最初は弱いものばかりでした。ですが、年々強くなっております」
執事は拳を握りしめた。
「私の一族は二百年以上、四宮家に仕えてまいりました。私は美月お嬢様を守るため、できる限りのことをしてきました。聖具を集め、結界を張り、天使の声に従ってこの本を探し出しました」
そこで、執事は初めて如月から目を逸らした。
「本当は、玖条様には近づきたくありませんでした」
「……俺が美月を殺す存在だからか」
「はい」
執事は否定しなかった。
「私は、お嬢様に生きていてほしい。だから、あなたに会わせたくなかった。ですが、最近現れる悪魔は、私の力ではもう防ぎきれません」
深い沈黙。
「ですから、お願いしたのです」
執事は頭を下げた。
「どうか、美月お嬢様をお守りください。残された時間だけでも」
如月は短剣を握ったまま、執事を見下ろした。
「残された時間だけでも、か」
「……はい」
「その後は?」
執事は答えなかった。
如月は短剣を見つめたまま、低く言った。
「一つ聞く」
「はい」
「あんたは俺に、美月を殺してほしいのか」
執事はすぐには答えなかった。
長い沈黙の後、彼は絞り出すように言った。
「……私は、美月お嬢様に生きていてほしい」
「じゃあ、俺が死ねばいいってことか」
「そうも、言えません」
「都合がいいな」
如月の言葉に、執事は何も言い返せなかった。
「俺にも生きろと言う。美月も守れと言う。だけど最後には、どちらかが消えなきゃいけない」
蝋燭の火が揺れた。
如月は黒革の本を見下ろした。
YAW。
堕ちた天使。
呪い。
十八歳。
一日。
短剣。
誰かが決めた法則。
誰かが書いた結末。
如月はゆっくりと息を吐いた。
「……俺はまだ、その本を信じない」
執事が顔を上げる。
如月は黒い短剣を箱の中へ戻した。
「美月も俺も生きる方法を探す」
「玖条様……」
「それが無いなら――」
腕の内側の印が、熱を持った。
まるで、その言葉を聞いているかのように。
如月は静かに言った。
「その法則ごと壊す」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
守るべき相手を、いつか自分の手で殺さなければならない。
そんな理不尽な運命を前に、如月は別の道を探そうとします。
次話もよろしくお願いします。




