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一魂一体  作者: Kioh
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第5話 ヨウという名の呪い

一魂一体――いっこんいったい。

ひとつの魂に、ひとつの身体。

放課後、四宮美月に執事との面会を頼んでから、数日が過ぎた。


その間、美月から返事はなかった。


如月は普段通り学校に通い、普段通り授業を受け、普段通り蓮也のくだらない話を聞き流していた。


けれど、頭のどこかではずっと、あの校長室で起きたことを考えていた。


あの執事は何者なのか。

なぜ、自分を知っているのか。

なぜ、美月を守れと言ったのか。


そして――

腕の内側に刻まれた、この印は何なのか。


考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていった。


そして金曜日の放課後。


帰り支度をしていた如月の前に、美月がそっと立った。


「玖条さん」


「……ん?」


美月は少し周囲を気にするように視線を動かしてから、小さな封筒を差し出した。


「執事から預かりました」


如月は封筒を受け取った。


中には、短い手紙と住所が書かれた紙が入っていた。


『今週末、土曜日の午後三時にお越しください。美月お嬢様には詳しい事情をお伝えしておりません』


それだけだった。


如月は紙に書かれた住所を見下ろす。


「……土曜日か」


「はい。私はその時間、病院のボランティアがあります。なので、家にはいないと思います」


「そうか」


美月は小さくうなずいた。


聞きたいことがないわけではない。

たぶん、そういう顔をしていた。


けれど彼女は、それ以上何も聞いてこなかった。


如月も、何も言わなかった。


今はまだ、言えることがなかったからだ。


「では、私はこれで」


「ああ。ありがとう」


美月は軽く頭を下げると、静かに教室を出ていった。


如月は手の中の封筒に視線を落とす。


そして土曜日。


如月は、封筒に書かれていた住所へ向かっていた。


歩いているはずなのに、意識だけはあの校長室に取り残されたままだった。


あの執事は何者なのか。

なぜ、自分を知っているのか。

なぜ、美月を守れと言ったのか。


そして――

腕の内側に刻まれた、この印は何なのか。


考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていった。


やがて如月の視界に、巨大な屋敷が現れた。


古びているのに、荒れてはいない。

広すぎる庭と高い門。

まるで、昔の金持ちの家をそのまま残したような屋敷だった。


「……本当にこういう家ってあるんだな」


門は、すでに開いていた。


玄関まで進み、巨大な扉の前でベルを鳴らす。

すると、重い音を立てながら扉がゆっくりと開いた。


中に立っていたのは、あの執事だった。


「お待ちしておりました、玖条様。ようこそ、四宮家へ」


執事は深く頭を下げると、屋敷の奥へ歩き出した。

如月は無言でその背中を追った。


「美月お嬢様は、週末は病院でボランティアをなさっています。ですので、本日この時間にお呼びいたしました」


「……美月は、俺がここに来ることを知ってるのか」


「いいえ。詳しいことは伝えておりません」


「そうか」


如月は短く答えた。


正直、それでよかったのか悪かったのかは分からなかった。

ただ、今から聞かされる話を、美月が知らない方がいいということだけは、何となく分かった。


長い廊下を進み、いくつもの扉を越えた先で、執事は一つの大きな部屋の前に立ち止まった。


扉が開かれる。


その瞬間、如月は思わず足を止めた。


そこは、屋敷の中に造られた小さな教会のような場所だった。


高い天井。

壁沿いに並べられたガラスケース。


その中には、奇妙な形の短剣、古びた十字架、黒ずんだ鈴、文字の読めない巻物などが並べられていた。


部屋の奥には小さな祭壇がある。


祭壇の壁には、見たことのない紋様が刻まれていた。

その前には何本もの蝋燭が灯され、揺れる炎が部屋全体に薄い影を落としている。


祭壇の中央には、分厚い黒革の本が開かれていた。

その隣には、小さな箱が置かれている。


「……趣味が悪いな」


如月がぼそりと言うと、執事は静かに頭を下げた。


「申し訳ございません」


「いや、謝られても困る」


執事は祭壇の前に立ち、開かれた本へ視線を落とした。


「ここに、玖条様と美月お嬢様の運命が記されています」


如月は本を見た。


開かれたページの上部には、たった三文字が記されていた。


YAW。


「……ヨウ」


如月は小さくつぶやいた。


あの暗闇の中で聞いた言葉だった。


生ける天使の魂を守る者。


“ヨウ”よ。


「名ではありません。称号のようなものです」


執事は指先で古い文字をなぞりながら、ゆっくりと読み上げた。


「生きる世界に生まれし最強の魂。人の器に、魔王の魂の欠片を宿す者。それを、YAWヨウと呼ぶ」


魔王。

魂の欠片。

人の器。


どれも現実離れした言葉だった。


それなのに、如月は笑えなかった。


自分が普通ではないことくらい、ずっと前から知っている。


人には見えないものが見えた。

人には殺せないものを殺せた。

悪魔を狩る力があった。


だからこそ、その言葉は冗談には聞こえなかった。


「……続けろ」


如月がそう言うと、執事はうなずいた。


「この世界には、魂に関する絶対の法則があります」


一つの魂には、一つの身体。


一つの身体には、一つの魂。


それが、生きる世界の理。


天よりも古く、地獄よりも古く。


天使でさえ、誰がその法則を刻んだのかを知らない。


だが、ただ一度だけ、その理を外れた存在が生まれた。


魔王が人間を愛した時。


人の魂と、魔王の魂の欠片。


二つの魂を一つの身体に宿した子が生まれた。


それが、YAW。


そしてYAWが生まれた瞬間、世界の均衡は崩れた。


その歪みを正すため、天より一人の幼い天使が落とされた。


生きる世界へ。


人間の身体へ。


その時から、YAWと堕ちた天使は一つの呪いで結ばれた。


十八歳になるまで、YAWは堕ちた天使を守らなければならない。


もし堕ちた天使がその前に命を落とせば、YAWの身体もまた炎に焼かれる。


だが、二人が十八歳に至った時、法則は反転する。


YAWに与えられる時間は、たった一日。


その一日のうちに、YAWは自らの手で堕ちた天使を殺さなければならない。


それが成されれば、YAWは呪いから解放され、生きる世界に残ることを許される。


しかし、堕ちた天使の魂は永遠に消滅する。


もしYAWが拒み、あるいは失敗すれば――


YAWの身体は炎に焼かれ、堕ちた天使だけが生き残る。


執事が読み終えた後、部屋には蝋燭の燃える音だけが残った。


如月は何も言わなかった。


言えるはずがなかった。


理解が追いつかない。

だが、頭のどこかで、嫌なほどすべてが繋がっていく感覚があった。


「……つまり」


如月は低く言った。


「俺の中には、魔王の魂の欠片がある。美月は堕ちた天使で、俺とあいつは呪いで繋がっている」


執事は答えなかった。


沈黙が、肯定だった。


「それで、俺が生き残るには……十八歳になった後、美月を殺せってことか」


その声には、怒りも悲しみもなかった。


ただ、冷え切っていた。


部屋の蝋燭だけが、小さく揺れていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は「YAW」と、美月と如月を結ぶ呪いについての話でした。


次話では、この理不尽な運命に対して如月がどう答えるのかを書いていきます。


次話もよろしくお願いします。

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