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091●たったひとつだけ
彼は自慢の少ない、というか、本当にうだつの上がらない男である。
いつも肝心な時に失敗する。ここ一番の勝負に勝てない。
何か功績になるかも、という時は、傍らの誰かが持って行く。
だから、彼は何かあった場合、取り敢えず謝る。
これが基本的絶対的戦略である。
だが、たった1つだけ、自慢できることがある。
選挙の投票だ。
選挙権を得てから、様々な投票があった。
それらを、ただの一つも棄権していない。
投票日当日にやむを得ない予定があれば、期日前投票に行く。
選挙公報は必ず読む。裁判官の国民審査も熟読する。
場合によっては、どのような判決であったかネットで調べる。
テレビの政党の選挙放送も見る。
彼の家には録画機器がない。貧乏なのだ。
だから深夜のリアルタイムで見るしかない。
妻が入院した際に、国政選挙があった。
彼は考えた。今回だけは、無理だなあ。
しかし、彼の中の何かが彼を叱る。
ダメだろう!イカンだろう!と。
我ながら、ワガママだと思いながら、彼は投票に行った。
誰も褒めない、認めてくれない。
しかし、そんなことのために、彼は投票に行くのではないのだ。




