072●’英雄’ その意味を知る者たち
ジン・ラベンダーは、荒れた山道を駆けていた。
腕には小さな子ども。
その後ろから、5人の男たちが迫っていた。手に剣や槍が握られている。
ロイ・ラベンダーがその村に赴いたのには、理由があった。
風土病の治療である。今年は多いと聞いた。
自ら出向き対応したい。だが、多人数で行けば随行者にも感染の恐れがある。
また、’他所者’へ住民の反発があるかもしれない・・・。
もう1つ、確かめたいことがあった。
その地では、ごく稀に、
そこでのみ生まれる黄金の瞳を持った’神の子’がいるというのである。
村では、黄金の瞳の子どもは聖なる存在。
敬われると共に、神への捧げ物でもあった。
厄災が起きれば、神の怒りを鎮めるために、その命が奪われている。
そんな噂を聞いたロイは現地に単独で行こうとしていた。
それに待ったをかけたのが、ジンである。
書斎に二人が籠もり、話し合っていた。
母のウィルフレッダさえ中に入れなかった。
ウィルフレッダは漏れてくる会話を聞きながら思った。
まるで、独り言を繰り返しているみたい。
ジンはきっとロイの小さい頃と、そっくりなのだろうな、と。
ようやく部屋から出てきたふたりは、結論をウィルに伝えた。
明日からロイとジンが数日、家をあけると。
村の長老は、その神の熱心な信者だった。
古くから伝わる伝説や伝承、教義に忠実だった。
村には、他の地域にはない風土病がある。
今年は例年より発病者が著しく多い。
神の子の命は風前の灯火だった。
村の中央には、既に祭壇が組まれ、神の怒りを鎮める準備が整っていた。
だが、到着したロイは、
直ぐにその風土病に持参した薬剤の1つが有効と理解する。
何人もの発病者を治療し回復を確かめた後、ロイは黄金の瞳について尋ねた。
すると、穏やかだった長老の顔が、突如として険しくなった。
目に狂気のような光が宿り、声が震えた。
そして叫んだ。
この者たちを討て!尊い神の子を奪いに来たに違いない、と。
ロイとジンは村を離れる。
ロイが村人の注意を引いている間に、ジンが子どもを連れて逃げる。
子の母は切迫した危機を感じており、我が子をジンに託したのだ。
追え!ふたりを始末して、必ず神の子を連れ戻すのだ!
ロイが追手を遮る。武器を持つ多数に対して、鮮やかに拳や脚をふるう。
手加減を、もちろん忘れない。
ジンが公国に入るまでの間だ。
防御に徹しつつ、それでも彼らの前進を食い止める。
だが、別働隊というべき追手がいた。
—5人だ。ジン、そっちに行くぞ。頼んだぞ、俺!
—了解!俺!
ジンもロイも武器を携行していない。
いたずらに住民を刺激しないためだった。
いざとなれば、亜空間から取り出すこともできるが、
できるだけ‘ルール’は守りたい。
突然、空中から剣がでるところを、
万一、目撃されればエンジェラムのオーバーテクノロジーを知られてしまう。
ジンは常人ではない速度で、子どもを抱えて走る。
追手も死に物狂いで駆ける。
あの子ども、なんて速さだ。驚きつつ追走する。
うーん、さすがにキツイな。
体格のスペックは、まだ、子どもだからな。
無手で5人を相手にすることになるか。
まあ、なんとかなるけど。
んっ?確かここは・・・。
ジンはなだらかな高みに達した。5人が追いつく。
「かわいそうだが、ここで死んでもらうぞ!」
「素手の、しかも子どもを斬るのは、本意ではないが、恨むなよ!」
ジンは穏やかにほほ笑みながら言った。
「素手?いや、剣なら、ここにある。」
ジンの背後にあるもの。
大地に突き刺さる剣。
錆もせず、その時のままで、
人々を見守る、あの剣がそこにある。
「ローレンスの剣・・・」
「‘英雄’だ・・・」
5人が茫然と立ち尽くす。
「話し合いましょう。ここは、そういう場なのですから。」
「まあ、かわいい!きれいな瞳!左が黄金色、右が深い緑なのね!すご〜い!」
ウィルフレッダが‘神の子’の身体を拭きながら言う。
「お名前は?」
「・・・ユリ。」
「じゃあ、ユリちゃん、お着換えしてから、食事にしましょうね!」
ロイはキッチンで腕をふるっている。ジンはその横で調理を手伝っている。
「まあ、よかったな。だれも命を落とさなかった。」
「長老に男たちが‘英雄’を見せるためにもっていったからね。」
「いやあ、ローレンスには助けられるな。」
「もう1度、会って見たいね。」
「そうだなあ。いいヒトだった。」
「ソレイユが心を動かされた人だものね。」
ふたりで調理しながら、なに喋っているんだろう?
なんだか、また、ひとりごとみたい。おかしなふたり!
ウィルフレッダはユリと、いつでも食べ始める準備万端であった。




