067●ビールを賭けた 勝者は?
あれは、あの時の!マンジは息を飲んだ。
そうか、あの人物がヴァルター将軍だったのか。
どうりで、圧倒的な存在感だった。
そして、あの少年。入隊時にコテンパンにされた、ただ者ではない相手だ。
マンジはヤハチに目を向ける。ヤハチもヴァルターに気づいていた。
これはすごい。あの将軍と、あの少年と、両方と対戦できるなんて!
兵数は164人。ツキカゼが100人に絞ろうとしたが、
ヴァルターが「周囲で見ている連中も参加させろ!」
と強引に命じたことで、規模は膨れ上がった。
海岸沿いの海軍訓練場。
四方を腰ほどの高さの壁に囲まれ、岩や砂地、池などが設えられている。
実戦を意識した広大な空間だ。
中央の壁際の壇上にはミトとツキカゼが立ち、兵たちは山側に布陣。
ヴァルターとジン・ラベンダーは海側に立つ。
ヴァルターは特大サイズの防具を身にまとい、
ジンは小柄な模擬戦用防具を着用している。
ヴァルターの武器は模擬長剣。彼の体格では、長剣が短剣に見えるほどだ。
ジンは小太刀を二刀携えている。
模擬戦用とはいえ、剣は実剣と同じサイズと重量。
果たして二刀を使いこなせるのか。
戦艦から眺めていたブラッドが呟いた。
「これは無理だな。」
「そうだよな。いくらヴァルターでも、あの数を相手にするのは厳しい。しかも兵たちは’雷牙’を持っている。一撃が当たれば動けなくなる。少年連れでは動きも制約されるだろう。」
ブラッドは笑いながら応えた。
「違う違う。無理なのは兵どもだ。俺には勝負の結果が見える。ふたりの圧勝だな。」
「へえ?じゃあ俺は多数派の勝利に昼飯のビールを賭けるぞ!」
「いいだろう。ただし、俺のお気に入りは高いぞ。」
「ブラッド、もう、勝った気でいるのか?おっ、始まるぞ!」
ミトの号令とともに戦端が開かれた。
兵士たちはふたりに殺到する。包囲殲滅戦の理屈だ。
だが、ふたりは囲まれるまで待っていなかった。
右へヴァルター、左へジンが兵士たちを凌ぐ速さで走る。
ヴァルターは塀を右に置き、右小手を打たれにくい状況を作る。
リーチと長剣を活かし、遠距離から攻撃する。
相手が間合いに入る前に勝負がつく。動きを読む能力も有効に働いている。
模擬剣といえど、当たれば痛い。
防具越しでも、ヴァルターの打撃は骨の髄まで届く。
急所を打突され、横たわる者が続出する。
誰一人、ヴァルターに剣を届かせられない。
ジンは動きを読ませない。
右手の剣は膝やくるぶしを打ち、左手は下から顎を狙う。
兵士たちは多勢であることが災いし、味方の陰に隠れたジンを見失う。
腰から下を縫うように走り攻撃するジンは、現れては消える魔法剣士のようだ。
マンジは驚いている。多数が少数に敵わない?
’雷牙’と対戦した時はそうだった。
だが、今回は’雷牙’を持つ自分たちが、
それを持たない、たった二人に歯が立たないのか?
前世の時代劇では、倒された侍はその場から消える。
しかし実戦では違う。倒れた味方が足場を悪くする。
躓いてよろける。
だがヴァルターは迷うことなく、彼らを踏みつけながら迫ってくる。
’雷牙’で一撃すれば勝てる。それが分かっていても、切り結ぶことすらできない。
剣筋は躱され、兜に打撃を受ける。
声をあげる間もなく、マンジは気を失った。
ヤハチは戸惑っていた。どこにいる?周囲を見る。
味方が呻きながら倒れていく。膝など脚を抱えている者が多い。
防具は機能していないのか?
その瞬間、彼も膝下と顎への攻撃を受けて失神した。
左右からの攻撃を受けた兵士たちの中央は混乱する。
どちらに行くべきか。
一方は野獣のように向かってくる。
もう一方は見えない。
首を交互に左右にするうちに、中央は挟撃されることになった。
兵数はかなり減った。それでも40名が訓練場の隅にふたりを追い詰める。
だが、それが裏目に出る。
背後からの攻撃ができず、隅では人数の優位が発揮できない。
40対2のはずが、2対2、せいぜい4対2での戦いの繰り返しとなる。
さらに、ヴァルターが長距離攻撃で撃ち漏らした兵を、ジンが双剣で仕留める。
彼の剣は一方で’雷牙’の鍔下を押さえ、
もう一方で斬りつけるという戦法を見せる。
決して’雷牙’の刃に直接触れることはない。
集団に囲まれた状況では、
戦闘を1対1の繰り返しに変えることが勝利への鍵となる。
伝説の剣豪は、狭い足場に身を置き、迫る敵を一人ずつ順に斬り伏せたという。
隘路での迎撃という地形的優位を得られなければ、次に選ぶべきは「動き」だ。
背後からの攻撃が届く前に一撃離脱を繰り返し、常に単独との勝負を作り出す。
万一、移動が叶わない場合は、敵の攻撃範囲を狭めることが重要となる。
正面から、限られた視野の中での応戦であれば、血路は開かれる可能性がある。
だが、それを実現するには、体力と技術の両方が問われることは言うまでもない。
最後に倒れた兵を遠目に眺めながら、ブラッドはにこやかに言った。
「ほら、言った通りだろう。ビール、ごちそうになるぞ。しかし、ヴァルターって、あんなに優しいヤツだったんだな。随分、手加減してたぞ。」
しかも、ジン・ラベンダー。
よく見えなかったが、戦況を俯瞰しているようだった。
なんだか、王虎さんみたいだ。
ぜんぜん違うタイプだが。
少年とは思えんな。これからが楽しみなヤツだ。
ブラッドの期待は、
実は若かりし日に王虎が自分にかけていたものと同じであることを、
彼は知らない。




