023●リンゴたち?
「日本語って、なんでこんなにややこしいのかなあ。」
「どうした、エイミー?何かあったのか?」
「お魚屋で買い物したのよ。ブリがほしい、って言ったらハマチではどうかって。いや、わたしはブリがほしい、って押し問答になったんだけど、サイズが違うだけで同じ魚だったのよね。」
「あっー、それはワラサとも言うなあ。」
「ペンの数え方も、イッポン、ニホン、サンボン、ってポン、ホン、ボンの使い分け、わかんないよ。だいたい、ニホン、ニッポン、どっちなのよ?」
「言葉は計画的に作られていませんからね。例外が多いですから、難しいですよね。ちなみに国名はどちらでもOKですが。」
「ジンにあたってもしょうがないんだけど、世界一難しい言語よね、日本語って。」
「悪魔の言葉、って言われた時期もありましたからね。でも、エイミーさん、英語だって、複雑ですよ。」
「えっ、どこが?」
「英語は、1匹かそれ以上かに厳密です。つまり、複数形ですね。その複数形にしても不規則なものがあります。語尾にSがつくだけじゃなくて、man は men になりますしね。もし、スーパーマンが2人以上いたら、スーマーメンって、インスタントヌードルみたいですよね。」
「う〜ん、言われてみればそうよね。フランス語やドイツ語なんて、男性名詞、女性名詞なんかもあるし、もっと複雑よね。」
「あの、わたし、思うんですけど・・・」
「なあに、ココアちゃん?」
「つまり、言葉ができた時、そうやって区別をしなければならない、生活環境があったのではないでしょうか?」
獲物の大きさや数、性別などを厳密に区別する言語の特性は、
その言語を話す人々の生活環境に深く根ざしている。
例えば、日本の出世魚にみられるように成長段階で呼び名が変わる習慣は、
漁業が生活基盤であったことを示唆する。
魚の大きさによって価値や用途が異なるため、言葉で明確に区別する必要があった。
それは、より効率的な情報伝達のために不可欠であった。
単数・複数を区別する言語も同様だ。
狩猟採集社会では、獲物が単独か、それとも群れでいるかという情報は、
狩りの成功や生存に直結する。
数を正確に伝える言葉の区別は、共同体の安全を保つ上で不可欠であった。
さらに、オス・メスの区別する言語も、
獲物の行動パターンや肉質の違い、あるいは繁殖サイクルを把握する上で重要だったと考えられる。
このように、言語は単なるコミュニケーションツールではなく、
その土地の環境や人々の生活様式、そして生きるために必要であった知恵を反映している。
生活が厳しければ厳しいほど、獲物の状態を細かく正確に伝える必要性が高まり、
それが言語の細部に反映されたであろうことは、想像に難くない。
例え自動翻訳機が出来ても、
このような微妙なニュアンスを知ることは、相手の理解に繋がる。
相互の信頼を築くために、相手の言語を通じて文化を知ることは、
今も昔も大切なのではないだろうか。
「確かに、日本語ではリンゴはいくつあってもリンゴだな。普通、リンゴたちとは言わんな。あっ、俺、リンゴ持ってきたんだ!みんな、食べてくれ!ほらよ、ジン!」
ジン、なぜそんな顔してるんだ?
あっ、あんた、生のリンゴ苦手だった!
相互理解が足りんな、俺。




