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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
旅程二章 硝子の上を征く

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フィアーク南地区について

 大通りから横道へ逸れ、南門の方面へ歩いていく。ワルツとロンドが先導し、三人は後ろに続く。初めは賑やかな商家や酒場、食堂など賑やかで華やかな景色が続いたが、小一時間ほど歩いていくと少しずつ辺りの様子も、薄暗くどんよりとした雰囲気に変わってきた。

 陽はまだ高いはずだが、商店にしては薄暗く雨垂れ汚れで中が見えない窓や、路上でボロ着を身につけ蹲る人に横たわる人の姿が無数にある。先ほどまで歩いていた中央の大通りとは違って、石畳には長年の土埃が堆積し砂っぽく、横目に見る壁にも張り付くようについた黒っぽいシミ汚れが増えてきたため、そう感じるのだろうと思われた。色彩感が唐突に褪せた色に変色したと言っても過言でないような街並みだった。

 聞こえてくる音もあまりない。ひそひそとどこからか囁くような、密談しているような声が風の吹き抜ける音に乗って届いている気もしたが、それも陰気な気配によってもたらされる錯覚のせいかもしれない。というのも、あまり通りの人目につくところで話している人が居ないためだ。少し路地を入ったところや家の扉越しに好奇や悪意を孕んだ人の気配がする。こういった地域にあまり馴染みのないオラトリオとバラッドは肌に張り付くような不気味さに体を固くした。

 移動手段を王都内を走る送迎馬車に頼る手もあったが、行き先を南地区へと伝えると良い顔をしない者が多い。一人目に聞いてみた御者も例に漏れずそうだった。オラトリオが見識も広まるだろうからと理由づけし、歩いて行くこととした。陽の高い時間でも治安面で気の抜けない南地区は、王都を知る者なら殊更、あまり近づきたがらない場所であることも理解できてしまう。

 ワルツの過去の話をチラリと耳にしていたオラトリオとバラッドは、未成年者のワルツが人攫いに追い回されていたという話を思い出し、改めて肝を冷やし、警戒を強めた。

「……付き合わせてしまい、出発早々に寄り道で申し訳ありません。こんなことでしたら、この一週間の間に訪ねていけばよかったですね……と言いたいところでしたが、思い返してみると、やはり一人で出向くのはまだ臆病風に吹かれてしまい無理だったと思うので……一緒に行ってくださること、本当に感謝しています。ありがとうございます。」

前への注意を怠らず、少し後ろに顔と目線を流しながらワルツは居た堪れない雰囲気を醸し出している。

「お前、普段からあんまり人に頼らなかったからなぁ。慣れてないといざという時、こうやって気まずいだろうよ。だから普段から頼っとけつってただろ?」

ロンドは軽くワルツの言葉をいなした。その言葉に反論できる何言かを考え、ワルツは「でも……」とか「うぅ……」とか唸るが、少し間があり、結局「はい、そうですね。」と素直に聞き入れた。見た目や言葉の雰囲気と正反対で、それなりに気の強いワルツの弱々しい態度はあまり見られるものではなく、特にロンドの言葉には反論することも多いので、皆一様に心の中で珍しいものを見たと思ったが、ワルツの中でも葛藤があっての事であろうと、変に揶揄うのも野暮だと黙って見守ることにした。そもそも、軽口を叩きながら歩くには、周囲の状況がなかなか警戒を解かせてくれない。どこからともなく感じる目線や気配が、南地区の深くへ歩いて行く毎に強くなっていく。

「ともあれ、私が過ごしていた噴水広場までもう少しです。噴水広場と言っても、噴水はとっくに水が枯れていて、砕かれ割れていますので、その残骸が残っているだけなのですが……ですが、あの場所は南地区にしてはまだ落ち着いた層が集まり人目もあるところだったので、巷に横行していた人攫いや犯罪に巻き込まれることが少なかったんです。あの頃は、本当に夜が怖かった……雨風を凌げる空家や、倒壊した家の建具の名残に凭れて眠るしかありませんでしたから。噴水広場も夜は人目がなくなりますし、街灯もあまりなく、あっても壊れているものも多く真っ暗なところも多かったので、過ごす場所を間違えると身の危険が常にありました。」

「守護団ももちろんそれを見過ごすわけにはいかねぇから毎晩交代で警邏に当たってたし、今もそれはそうなんだが、地区の広さに対して割ける人員にも限りがあったからな。目が行き届かなくて不幸な目に遭う奴もかなりもいるのが現実だな。」

「この地区は犯罪組織の構図も複雑だから、諜報の情報網でも引っ掛けきれない犯罪者がいる。いやに巧みなんだよ、中にはフェイクの情報を掴ませてきたり、守護団の警邏情報を把握したりしている奴もいた。結局、見つけきれていないが、かなり頭の切れる性根の腐った元締めがいるんだろうと予測されていた。」

「だからというのも変な話ですが、幼い頃の私が怖かったのは魔物よりも人でした。王都は城壁に囲まれていて四方の出入り口には門番もいますし、近隣に魔物有事のあった際には閉門されますから、王都内にいるうちは魔物の脅威に晒されることは無いに等しいんです。ですが、犯罪者の出入りは指名手配でもない限り特に制限がなかったですから。」

ワルツの口から深いため息が漏れる。

「……先ほど、会いたい人は居ないと言いましたが、実際には、ずっと未練に思っていることがあるんです。心にずっと呵責があり、口にすることも避けていたのですが、十五の私には、一人だけ、長く行動を共にしていた友人と呼べる者がいました。ですが、今はその行方も分からず、半ばどうしようもない後悔だと諦めているのです。あの日、私が守護団に助けられた夜に彼とははぐれてしまい、それっきりです……。人攫いに追われていたので逃げ伸びてどこかで元気にしているのか、人攫いに連れて行かれたのかすら分かりません。その後、守護団に入ってからも個人的に消息を追っていたのですが、その姿はもう街の中のどこにも見つかりませんでした……。せめて、どこかで生きていてくれるといいのですが……。私の乗り越えたい恐怖は、きっと自分だけが助かってしまったような罪悪感も含まれているんだと思います。当時の私の力ではどうしようもなかったと言い聞かせて、必死に忘れようと努めていました。彼の……ノックスのその消息を知ることを望んでいながら矛盾していますし、酷く薄情ですよね……。」

俯いてしまったワルツの言葉を最後に沈黙が降り、ただ乾いた風の音だけが通りを駆け抜ける。何も知らせてくれないやしない割に、ひそひそと囁く嫌な気配だけを運んでくる風だった。

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