王都の影
王都東門へ向う道すがら、ワルツが石畳を眺めながらポツリと呟いた。
「任務で少しの間離れたことはありますが、私は王都から長期間の旅に出たことが無かったので、不思議な感じです。ついにここ、フィアークを離れる時が来たんですね……。」
「お前、今更の感傷かよ?」
「そんな可愛いものではありませんよ、ですが、なんだか不思議なものだなと思いまして。一年前まではこの王都を出る未来はなんて考えていなかったものですから。」
「そういうと、ワルツは王都出身だって前に言ってたよね?」
「えぇ、正確に生まれは分からないんですが、王都の南地区で十五くらいまでは育ちました。」
ワルツは、そう言いつつ東門の方へまっすぐ続く大通りを足元から順に眺めていく。通りは賑やかで、上等そうな皮革や宝石の装飾のついた衣服を身につけている人々が華やかに靴音を響かせ、交易用の馬車などが石畳の上を転がる車輪の音を豪快に響かせている。正面から向かってきて王都の中心街に向かう馬車はどれも重たそうに荷台一杯に荷を積んでいる様子だった。時々、石畳と木の車輪の噛み合うミシリという鈍い音も聞こえる。そんな光景にワルツは少し遠い目になった。
「この大通り沿いと、守護団や王城などのある中央地区などからは中々想像もつかないと思うのですが、この街の南にはそれなりの規模の貧民街があるんです。私は、物心ついた頃にはそこの路地裏に捨てられていて、以来守護団の警邏や見回り保護の下、配給などでなんとか飢えをしのぎ日々を生きていました。ソラリアに向かった時は北門を、テイルバレイから戻った時は西門を、これから向かう終焉の谷方面はここから遥か北東方面なので東門を使うのですが、もう一つの門、南門の方面にはかなり荒れた、治安が悪い場所があるのですよ。守護団もこれ以上の治安悪化を防ぐために日々見守りや警戒をしていますが、あの辺りは犯罪組織の出入りも多く、入団後すぐのオラトリオやバラッドに警邏に出てもらうには危険だったため、お二人は中々触れることのない場所でしたね。王都と一括りに言えど、かなり広い街ですから……。」
「王都だからこそか……。大きな街にはどうしても、仕事を見つけられない、就ける仕事が安いのが理由で貧困に陥る人や、故郷から王都へ登ったはいいが生活レベルの違いで暮らす場所に困る人が出てきてしまう……。田舎や辺境の街とは経済のまわり方もや仕組みが全然違うからな。」
「えぇ、その通りです。バラッドは世情にも明るいのですね。都市の生活レベルで皆が暮らしていければ良いのですが、そんなにうまくいかないのがこの世の中です。成功者がいれば、落伍者もいる……。まぁ、私の親がどういった人だったのか、なぜ、私を捨てたのか、何一つ覚えていませんが……親を責める気にはなれないのですよ……。」
「ワルツは親のことを知りたく、会いたくはないのか?頑張って探そうと思ったら見つかるんじゃないか?」
何なら情報を集めるぞとでも言いたげフーガが気遣わしげに目線を向ける。
「知りたくないと言えば嘘になります。どんな人だったのかとか、自身の出生について知りたい気持ちもあります。ですが、私を捨てたのは理由あってのことでしょう。何かしら一緒にいては不都合な事情が、なのであえて探さないほうがいいのかなと幼いながらに思いまして。」
「何というか、達観した子どもだったんだな。」
「むしろ、逆にそう思う方が子ども心に楽だったというのもあるかもしれません。理想の親という存在に希望を持っていられるので……。それに、守護団が……ロンドが手を引いて、あの真っ暗な路地裏から連れ出してくれてからは、ロンドのことを家族のように感じていましたし、オスカー団長……あの当時はまだ隊長でしたが、団長も親のように私を大切にしてくれましたから、それで十分だったというのもあります。」
「綺麗にこざっぱり話してるが、こいつ中々に大変だったんだぞ。基本、団長と俺以外に心開かねぇし、守護団は家族みたいなものってったが、うまい距離感がわからなくて長々苦戦してたろ。」
「えぇ……まぁ……そうですね。白状すると、正直どう接していいのか分からなかったんです……。誰かを信頼することで傷つかないようにと防衛線を張っていたかった……。南地区にいた頃は、誰かといても翌日もお互い生きていられる保証も、攫われずそこにいられる保証もなかったですし……信頼したが故に危ない大人に売られそうになったことすらありましたから……。防衛本能みたいなものです。」
その言葉と様子を聞いてオラトリオがワルツに突然の提案を持ち出した。
「ねぇ、街を出る前にワルツは一度行っておかなくていいの?南地区。誰か会いたい人はいないの?この一週間、旅の準備や守護団のことばかりをやってくれていて、あんまり自分のことに時間を割けていなかったように見えたからさ、いつ戻ってこられるか分からない旅だし。今、東門のに向かう前に行ってみてもいいんじゃないかなと思うんだけど。」
「もう、かなり前のことでしたし……。当時も誰かと行動を……」
と一瞬止まった後、ワルツは歯切れ悪く続く言葉を選んでいく。
「共にした人も……友人も……いなかったので、あまり……会いたい人もいませんが……。ですが、そうですね。皆さんが良ければ、一度王都を発つ前に……行ってみたい……のかもしれませんね。」
「おっ!?珍しいじゃねぇか!?あれ以来あんまり南地区には行きたがらなかったお前がどういう風の吹き回しだ?」
ワルツは一度ゆっくり瞬きをして続ける。
「んー……。何と言ったらいいのでしょうか……あの時の恐怖や孤独がまだ心の中にあって……いまだに私はそこから逃げ続けている気がするんです。だから、今後に備えて乗り越えてみるべきかなとも思っていたんですよ。ここに弱い自分を置き去りにして旅立ってしまう前に、ちゃんと過去とケリをつけたいと欲が出たというのが一番適切でしょうか。今後、アウグスト長官がこのまま静かに引き下がってくださるとも思っていないので、また相対することになるとも思いますし……その場合、売られた喧嘩は買う心づもりでいます。その前に自分の弱さと決別しておかないと、あの方にもずっと勝てないままな気もして……。」
「そうかよ。」
ロンドはそっけなく一言で返事をしたが、その実、表情はワルツの心境の変化に満足げな色を浮かべていたのをオラトリオは見逃さなかった。
「えぇ。」
ワルツも短く返事をするにとどめていたが、ロンドの雰囲気を受けて、むず痒い気持ちになっていると見受けられた。オラトリオは余計なことは言わず。
「よし!じゃあ、行こう!」
と元気よく皆を促すにとどめた。




