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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
間章一章 光の見えない追憶

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彷徨う思い

 終焉の谷に続く街道に一軒の宿屋がある。呪われた地の近郊という土地柄、あまり人が寄りつかないため、古びた木造の宿は所々木の朽ちているところもあり、清潔には保たれているが、壁の隙間から風が吹き込み甲高い音を立てていた。

 その受付に、フードを目深に被った三人組の姿がある。老婆が受付に立っているが、三人の他に客もいないようで風の音の他にはあまり音も聞こえない。

「三日間の宿を頼めるか?三人なんだが、一部屋で良い。三人で泊まれる部屋はあるか?」

「はい、ご用意ございます。この廊下の突き当たりのお部屋でございます。」

そう言って老婆は古びて薄暗い木の廊下の突き当たりのドアを指さした。

「おぉ。じゃあ、その部屋を三泊分頼む。これで足りるか?」

そう言って、大柄な男が金貨三枚を受付テーブルの上に差し出した。

「はい、ありがとうございます。今、お釣りをご用意しますね。」

「いや、大丈夫だ。良ければチップとしてとっておいてくれ。」

「どうもありがとうございます。ごゆっくり。」

とゆったり礼を言う老婆に軽く礼をし、その声に送られながら、三人は無言で廊下を歩く。ギイギイと三人の体重がかかった木が輪唱するように順番に唸りを上げる。


 廊下最奥のドアは引くと甲高く軋む音がした。シンプルに四台のベットが等間隔に窓辺に並べられ、手前に大きめのローテーブルと椅子四脚が置かれている。部屋のドアを閉めた後、皆無言で外套を脱ぎ、荷物や武具を置く。衣擦れと金属の音だけが部屋に響く。

 普段は丁寧に荷物を畳んで片付けるワルツがベッドサイドに無造作に荷物を置き、ベッドにもたれかかるようにずるずると座り込んだ。脱いだ外套を引き寄せ、腕の中に抱き込んでそこに顔を埋める。碌に傷の手当てもせず、ところどころ血の流れる体を乱暴に掻き抱き、外套の隙間からは押し殺したような小さなため息が漏れる。フーガはベッドヘッドに乱暴に外套を放った後、半ば倒れ混むような動作でベットに腰をかけ下を向く。ロンドはベッドの上に一旦全ての装備を置き、軽装になった後、腕を組んで窓辺にもたれかかり、部屋の天井を見上げる。三人とも憔悴とも悲壮とも苦悩とも言える表情を浮かべている。全員動きもしないため、風の音だけが甲高い悲鳴のように部屋を満たし、その音が余計に不安を煽った。このままだと、息が詰まるようなこの空気に埋もれて窒息してしまいそうだと、ロンドは長い息を吐く。

 今後について話さなくてはいけない。だが、どう話し始めるのが適切なのか誰にも分からない。城からここへの道中もそうだった。この数日間、オラトリオに何かしてやれることはなかったのか、無理にでも彼を連れて帰るべきだったのでは無いのか、とずっと考えて来た。三者三様で自問し続けていたため、旅に以来、一番会話が少ない道中だったのではと思う。昨日、野営した時に焚き火に照らされたそれぞれの顔はまるで幽霊のようだった。

 まだまだ連携も各々の力も弱くて苦戦は強いられたが、ソラリアに滞在していた頃を思い返してしまう。今は思い出に負けてしまいそうで、あの頃は良かった、などとは思いたくなかったが、必然的に魔王討伐の旅を始める前後のあの頃を思い出してしまう。オラトリオの隣にいた彼も、まだ健在だった……。しばらくの沈黙が降りた後、結局思考がまとまらないことに業を煮やし、ロンドができる限り冷静に簡潔にと口火を切った。

「なぁ、これからどうする?」

「……わかりません……。」

「どうするって……言っても……。」

三人の頭の中に、数日前に見た蔦と黒曜の花に囲まれた漆黒の城が思い浮かぶ。ワルツが少し顔をあげ話す。

「……最近のオラトリオ、笑っていなかったんです。努めて元気なふりはしていましたけど……心に限界が来ていたんだと……。それに、あれから……あの日から、ちゃんと泣けてもいなかったように見えていました……。」

「それはお前も同じだっただろが……。」

「……今は……私のことは、どうでも良いんです。今はオラトリオを……。私、最後に見たオラトリオの表情が頭から離れなくて……。何をどうするのが正解かわからないんです。」

「あぁ、そうだな。あの様子……魔王の手を取ったオラトリオのあれは、オラトリオ自身の意思だったように見えた。操られていたとか、何かしらの術にかかっていたようには見えなかった……。オラトリオの意思である以上は、僕もどうしてやるのが良いのか分からない……。」

「実際、魔王と居る選択をしたのはオラトリオの意思だったのかもしれねぇ。だが、宵闇の王が、オラトリオをどう扱うかわからねぇだろ。魔王の真意もわからねぇ。無事だと確証が無ぇ以上、俺は助けに行かない選択肢はないと思っている。」

「私も、そこには同意です。……ですが、たとえば、オラトリオが宵闇の王の側につくことを選んで、平穏無事に過ごせる未来があるのだとしたら……勇者であることをオラトリオが諦めてしまっていたのだとしたら、彼をまた望まぬ勇者の道に引き戻すことになりませんか?……全ては、ただの希望的観測ですが……。」

「僕たちにその気がなくても、少なくとも戻って来たオラトリオは勇者を続けなければ、と思うだろうな……。」

「じゃあ、このまま放っておくか?オラトリオをあの城の中に?で、魔王に堕ちた勇者の汚名を着せられたままのあいつをそのままにするのか?あんなに道中頑張って来たのに?」

「それは……納得できませんが……。」

「俺はごめんだ。オラトリオが無事かどうかも分からないまま放っておくのも、悪者にされるのも寝覚めが悪りぃ。」

「そうだが、オラトリオ抜きで魔王や魔物と対峙することになるぞ……もしくはこの可能性は低いと信じたいが、最悪、オラトリオとも敵対することになるかもしれない……。」

「オラトリオの性格からして、その可能性は低いと信じたいですが、私たちだけでも魔王と戦う覚悟はしていった方が良いでしょうね。」

「あと、それ以前に、城はあの有様だぞ。オラトリオの力無しで、どうあの城にもう一度入る?」

「あの蔦……俺らの力だけで取り払って城内部に戻るのは難しいだろうな。」

「オラトリオの……オラトリオと同じ勇者の力を扱える者か、その力を宿した何かが必要ということになりますね……。」

「……協力者を探すのは難しいだろうな……人の噂が早くて辟易するが、何なら僕たちは今、堕陽(だよう)の者……魔王へ寝返ったの勇者の仲間だと噂が広がり始めていると鷹が情報を拾っている……。素性を明かして現状を説明した上で、素質を持つ者に協力を仰ぐのはまず無理だと考えた方が良いだろう。他の勇者が到達するのを待つのもいつになるか分からない賭けをするようなものだ。だとすると、力を宿した何か、か……そんなに都合よく見つかるのか?僕は聞いたこともない。」

「……言ってはみたものの、私も聞いたことがありません。ロンドは?」

「残念だが、ない……。探す時間も惜しいが、今は最短の手立てや手がかりを一から探すしかねぇのか……。」

「なるべく、僕の諜報時代の情報網も活用してみる。彼らはどんな相手だろうが、商売になるなら協力的だから何かしら力になってくれるだろう。だが、オラトリオが心配だ……。もう一度あの玉座に辿り着くまで、無事でいてくれればいいが……。」

「えぇ……。私も出来る限りのことはします。……私たちの行動が、オラトリオのためになれば良いのですが……。」

「今はなると信じるしかねぇだろ……。最悪、たとえオラトリオのためにならなくても、これが俺らのエゴでもオラトリオを取り戻してぇ気持ちは同じだろうがよ。」

「えぇ。」

「あぁ。」


 そこで会話は途切れた。各々思うところはあったが、道中ずっと誰かのために一生懸命に戦い続けたオラトリオの直向きな姿や、その力に救われ、惹かれた思い出が心を過ぎる。今でもここにバラッドがいてくれたら、未来は違ったのだろうかと皆一様に思ったが、それを口に出すと自分たちの抱えた傷口も開いて抉るような心地がして憚られた。

 たとえ魔王の手に堕ちていようとも、オラトリオのことが大切で、変わりなどいないかけがえの無い仲間であることには変わりない。彼にとって、自分たちのこれからとる行動が救いになるのか分からない。それでも、魔王の元から引き戻し、もう一度どうにかオラトリオの笑顔も取り戻したかった。


 通された部屋に、偶然一つできてしまった空のベッドに自然と皆の視線が集まる。最後にオラトリオが心から笑っていたのはいつだっただろうか。ここに、自分たちのもとに、また還って来てくれるのだろうか……と、今はただ、ないものにばかり薄い希望を寄せることしかできず、それがもどかしかった。

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