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暁の勇者、宵闇に堕ちる。  作者: 篁 香槻
間章一章 光の見えない追憶

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戻らない日々

 「ここはずっと真っ暗だ……。」

思わず声に出ていた。城のバルコニーからオラトリオは遠くの空を見つめる。あの頃のように晴れたり曇ったり、雨や雪が降ることもなければ、朝も夜もない。この終焉の谷は、ずっと仄暗い。それに空気もずっと滞留しているらしく、寒さも暑さも感じない。この場所の全ては、停まっているという形容が一番しっくりくる。

 魔王の手を取って、目が覚めたら体に現れていた荊棘模様が痛み出し、気を失った。気がつけば、また同じ寝台の上で目が覚めた。夢を見ていた。まだ守護団で自身の力を磨いていたあの頃の思い出の夢。あの時、ソラリアの街で吸った空気の冷たさは肺まで凍るのではないかと思えるほど冷たかった。キリリと体の内側から凍てるような空気を懐かしく思い出すと、どこか心を洗ってくれるような愛しさすら感じる。

 打って変わって、ここの景色は、気を失う前と何も変わらない、大気の温度も匂いも、空の色も何もない。空気自体が死んでしまっているみたいだと、オラトリオはぼんやり思っていた。

「……世界を見てきたお前からしたら、ここは酷く寂しい場所だろうな。」

不意に後ろから声がかかる、低くて落ち着いた声、魔王の声だ。魔王は静かに足音も立てず歩み寄って隣に並んで立ち、同じように遠くの空を見つめて続けた。

「……気持ちは少し落ち着いたか?」

「正直分からない。罪悪感はずっと心の中にある。僕は全部捨てたんだって……。この体の痣を見るたびに思い知らされる。たぶん……何もしなくても、この荊棘の痣が僕をいつか殺すと何となくわかるから、もう自分で死のうとしたりはしないと決めた。僕は、自分で楽な道を、死を……選んじゃいけないんだって……下した決断の分苦しんで、罰されるべきなんだと思う。でも、最後に我儘を言うなら……残された時間で……」

オラトリオはそこで、息を吸い直す。遠くを見たままだったが、確かに魔王に向けて言葉をかけていた。

「少し、あなたの事を知りたくなった。どこか……似てる気がするんだ、僕の幼馴染みに……。」

「そうか……私について話させてくれと言っていたな。まず、先にその荊棘については、私も解決方法を探したいと思っている。今は、私の力に由来するものなのか、別の何かの力なのかすら分からないが……。私はお前を救いたいと思ってしまっている。今まで酷く孤独だった……私は……」

魔王はそう言うと、自身の生い立ちについてオラトリオに語り出した。普通の人間として生まれた事、感情が少しでも振れると漆黒の魔物が生まれ自身では制御できないこと、人の心を読む力も持って生まれてしまったこと、おそらく三十歳頃から体の年齢が進まず不老不死になったこと、自分という存在が人を害すと分かったため、できるだけ遠く、人のいない場所を目指して旅に出たこと。そうして、この終焉の谷に辿り着いたが、孤独や世を嘆く理不尽が魔物を生み続けてしまったこと、勇者の素質を持つ者であれば自分殺せると知ったこと。だけれど、今までにここに来た者たちの心の声を聞くと殺されることを受け入れられなかったと。

「結局、私は、傲慢なんだ……。より好みさえしなければ、今頃、殺されてこの世からいなくなることだってできていた。だけれど、皆勇者の力を持ってここへ来たものの心の中は私を殺して武功を挙げることで満たされていた。野心に塗れていたのだ。使われたくなかった、奴らの都合のいい称号になりたくなかった。私とて、望んで手に入れた力でもない、勝手に授かって勝手に忌避された。私にできる限りのこともやった。こうして、こんな寂しい呪いの地に逃れてきたのに、これ以上の理不尽はあるかと……。」

いつの間にか、オラトリオの視線は変わり映えのない景色から、魔王の方へ向いていた。

「……今まで旅の中で聞いてきたあなたの話とは別人みたいだ。魔王、宵闇の王は諸悪の根源だって聞いてきたから……でも、実際、旅の中で本当に魔王が悪いのかよく分からなくなることも沢山あった……だから、あなたが嘘をついているとも思えない。それに、その目を見ていて思ったんだ……さっきも言ったように、あなたは幼馴染にすごく似てる……。……もう……彼はどこにも居ないんだけど……心が読めているなら……分かっているかもしれないけど……。」

「オラトリオ……ここは、この終焉の谷は、私が人として産まれるよりさらに前の時代に、呪いが渦巻く忌み地となって、ある時から時が止まっている。空気も時間もここだけ動かない。私が元いた街の人が話していた昔話では王族が住んでいて、権力争いの末に没落しその呪いが一帯を包んだと噂されていた。だが、ここに辿り着いて、この地の真実を知ったのだ。……この城は前代の魔王と呼ばれた者の城だったと。権力争いなどではない、ここは、前代の魔王が勇者に倒された地だった。」

オラトリオは魔王がこの話を始めた思惑が分からず困惑している。それを承知していたが、魔王は続けた。

「この城の所蔵に古い手記があった。私の前にこの魔王の力を持ったのはここに住まう王子だったらしい。優しい人だったようだが、魔物を生む力のせいでこの地に住まう民を意図せず皆殺してしまったらしい。自分という存在への贖罪と葛藤が延々と綴られていたよ。自刃を試したが死ねず、自分を殺せるものが来てくれることを待望していた。が、程なくして勇者の力を持っていた者が彼を殺したようだった。……勇者の力を与えられたのは、魔王の親友だった彼の近衛騎士だったそうだ。魔王が死した後の手記には、前代の勇者が手記を書き足していた。魔王に刃を振り下ろした苦しみと、魔王が死んだ時、その力の奔流でこの谷は時を止めたと。まるで谷自体が漆黒の魔物になったようだったと……。以降、本当は優しい王子を化物や魔王と呼ばせたくないから、世には王権争いがあり、その戦で呪いが谷を包んだと嘘を流布するつもりだと書かれていた……。そこに、五百年の時を経て、また私がここへ辿り着いてしまった。……何の因果だろうな……。そこに数百年たってお前がやってきた。」

「それって……。」

「魔王の力と呼ばれる魔物を生み出す力も、それを唯一倒せる勇者の力も、まるで何かに意図して作られているようだと思わないか?どうして、私たちなのだろうな……。何が目的で私達のような者が生まれるのだろうな……。お前が親友を失って苦しむその心も、旅の中で背負ってきた葛藤も、私が抱えるこの孤独や不条理も……どうして私達は、この力に選ばれてしまったのだろうな……。」

「……。」

 そこまで聞くと、オラトリオは静かに声を上げず涙していた。風も光も音もないそこには石造りのバルコニーに涙の落ちる音だけが聞こえる。そこへ容赦無く、オラトリオの体に刻まれた荊棘の痣が痛み出し、オラトリオは息をつめてしゃがみ込んだ。それを察した魔王はオラトリオのそばに屈み、その肩に手を添え、背中をさする。

「オラトリオ、お前と刃を交えた時、お前の見てきたもの、感じてきたものの一端を垣間見た。私は、せめてお前だけでも救いたい。お前を蝕む罪悪感は拭えなくても、この呪いのような荊棘だけでも取り去ってやりたいと思っている。城の中をもう少し調べてみると何か見つかるかもしれない。……それに……」

魔王はそこで言いかけた言葉を咄嗟に飲み込んだ。その後に続く言葉がオラトリオの心の負担や混乱になると思ったからだ。ここまで話してオラトリオを絆しておいて、「どうしようもなければ魔王である自分を殺してくれても良い、そうしたら荊棘は解けるかもしれない。」と告げることは、もう今のオラトリオには酷なのではないかと。

 オラトリオは魔王が何を言おうとしたかまでは察しきれなかったが、魔王が自分を気遣って言葉を飲んだのだと察しがついた。勇者と魔王という歪な関係性が自分たちの間に横たわっている、彼は本当は優しい人だったのだろう。与えられた力と理不尽な役割さえなければ良かったのに……と、一緒に旅をしてきた仲間たちと一緒にいるような錯覚に陥る。背中と肩に感じる手のひらの温度は、彼らと何も変わらないのに、罪悪感に苛まれた心の空白を埋めてくれる存在なりうるのに、どうして彼は宵闇の王なのだろう。

 時が止まった谷の廃城には、どうしてという二人の問いに答えるものもない。ただ、寂寞とした景色が一歩も動けずに在るだけだった。

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