祝宴と余韻
「今日は俺と街の有志からの奢りだ!!遠慮せず飲み食いしてくれ!!」
マスターは威勢のいい声でそう言い放つと、それぞれが頼んだ酒を酒場の真ん中の五人の席にどんと置いてくれた。オラトリオとバラッドはソラリアの森で取れるらしい果実で作った酒を、ロンドはウイスキーを、フーガとワルツはブランデーをそれぞれ手に取る。一緒に祝いたいと集まった街の皆や、昨日救出した守護団メンバー四人も是非一緒にと祝いの席に来てくれている。
各テーブルには肉の香草焼きを串刺しにして分けやすくしたものを料理を中心に、スープ、酒のつまみになりそうな野菜のフライ、数種類のパンなどが大量に置かれているが、マスターはまだ手を動かしている。厨房から、
「これくらいじゃ足りないだろ!まだまだ作ってやるからな!リクエストがあったら言えよー!!俺も折角だから飲みながら作らせてもらうからよー!!」
と叫んでいる。
「マスター!ありがとな!一仕事終わった後の酒と美味い食事、最高だな!」
ロンドが皆を代表してマスターに礼を返し、それを追うように四人も口々にマスターにお礼の言葉をかける。ロンドは今か今かと早く酒や食事にありつきたそうな様子だ。皆から見ていると待てを食らった大型犬のようで、大柄な体に反して微笑ましい。美味そうな酒を見つめながら、対照的に萎びた表情でバラッドがポロリとこぼす。
「一仕事……な……にしても……半年、守護団で仕事をさせてもらったが、今回は正直きつかった……。魔物の見た目も……もらったダメージも精神的なところ突いてくるの凶悪すぎるだろ……。」
「確かにな。僕もそれなりに長い間、守護団に属して色んな任務についてきたけど、今回の相手は本当に厄介だった……。近接攻撃危ない、葉に関しては触れてもアウト、全体的に燃やしてもだめ……詰みって言葉が頭をよぎったよ……。本当に皆には謝罪の言葉が出そうになるが……もう言わない約束だしな……。」
「えぇ……まぁ……この先も旅に出たらああいった魔物に会う機会もあるのでしょうが……できれば、アレとの再戦は丁重にお断りしたいです……。めちゃくちゃ痛かったですし……。」
「おいおいおいおい!折角の祝いの席なのに、どんよりすんな!!もう倒した奴のことだ!しんどかったことも見ちまったもんも、今日くらいは忘れて楽しもうぜ!フーガの報告書のおかげで、わざわざ思い出して報告書も書かなくていいし!!今回は犠牲者もゼロだろ?最高の結果じゃねぇか!なっ!オラトリオ!!ってことで、折角の飯がさめちまう前に乾杯の音頭、頼むぜ!!」
「はい!確かに、討伐の過程でとても心を削られましたが、街の方や守護団の方を助けることができて、僕も最高の結果になったと思います!皆さんに負担はかけましたが、傷も残らず全快されていますし!!本当に皆さんと一緒に戦えてよかったです!おかげさまの結果です!!」
オラトリオは笑顔で仲間達に言い放ち、一呼吸置いた後、酒場全体を見渡して大きな声で呼びかけた。
「皆さん!!お集まりいただきありがとうございます!!皆さんのご声援やご支援があって魔物の討伐を成し得ました!!遭難されていた皆さんも無事に戻ってきてくださり、心から嬉しく思います!!ありがとうございます!!ソラリアの街がこれからも平和に、さらに発展しますように!!それでは……乾杯!!」
「「「「「「「「「「乾杯ーーーーーー!!!!!!!」」」」」」」」」」
酒場全体からどっと声が湧き上がり、隣の声も聞き取れないほどの喧騒に包まれる。こちらこそありがとうな!ほんとうに助かったよ!などと感謝の声が湧き上がる。その後、居合わせた客達は皆、魔物騒動の解決を喜びあい、早速その場で商談をするものまでいた。森道の使用が再開できるようになった祝い価格で、といった交渉じみた会話も聞こえてくる。さすが流通の街である。
仲間達も各々酒と食事を楽しみながら、ソラリアの街や昨日見たダイヤモンドダストの話など穏やかに楽しんでいる。食事が減ったり酒を飲み終わるとマスターが気を利かせて新しいものを置いてくれるため、皆どんどん飲み食いしていた。
そんな中、昨日救出した守護団第四班の四人、アスター、キルシェ、ハーゼル、ノワが礼を言いながら五人のテーブルに飲み物を持ってやってきた。班の中心的な青年、ショートマッシュの赤毛でオラトリオより少し大きな身長のアスターが代表して話し出す。
「皆さん、昨日は本当にありがとうございました!ロンドさんとワルツさんは何度か顔を合わせてますが、お三方は初めましてですよね。まず、僕はアスター、剣士です。彼女はキルシェ、回復役です、その隣の彼がハーゼル、防御担当です。その隣の彼女がノワ、電撃魔法を使います。改めてよろしくお願いいたします!」
「おぉ!お疲れさん!その後、お前らの調子はどうだ?大丈夫か?」
「ロンドさん!お心遣いありがとうございます!僕らは大きな怪我もなかったので元気です!むしろ皆さんの方が大変だったと聞いてますよ!大丈夫ですか?」
その言葉にワルツ、バラッド、フーガの三人がまた何かを思い出したように上を向いたり、眉間に皺を寄せたり、額を押さえたりした後、一斉にやけになって酒を煽った。ロンドは既にワルツが許容量以上の酒を飲んでいることに、過去の記憶と心配が頭に過ったが、まぁいいか面白くなりそうだしと内心ほくそ笑み、放置して、アスターと話しを続けた。
「まぁ、無事だったとは言い難かったがフーガの策のおかげで見事に連携が取れて撃破できたからな!万事問題なしだ!」
「ちなみに、第六班は今、ロンドさんとワルツさんだけになっていると聞いていましたが、増員があったんですか?」
「あぁ、班員は色んな要因から入れ替わり激しいからな……団内では共有されないもんな……。」
そこにキルシェがおずおずと話し出す。長い薄桃色の髪が緩くウェーブがかった小柄な女性だ。
「私、以前団の食堂で四人でお話されているのを盗み聞いてしまってまして……お二人のことはそれとなく知ってしまいました……。お行儀悪くてすみません……。テイルバレイの一件で加入されたオラトリオさんとバラッドさん、ですよね?」
少し申し訳なさそうにおずおずと話す。テイルバレイの生き残りという言い方をしなかったのは彼女なりの配慮だろう。とても礼儀やデリカシーをわきまえているタイプのようだった。オラトリオが相手に気を使わせないよう、元気よく返答する。
「はい!そうです!全然気にしないでください!僕らもそもそも隠すつもりもなかったですし!新入りで頼りないところもありますが、皆さんに追いつけるよう精進しています!」
面長で上背もあり墨色ベリーショート髪の男性、ハーゼルがその言葉に即座に反応した。
「オラトリオくんは勇者の素質持ってるんでしょ?すごくない?結構団の中でも噂されてるよ?今守護団で勇者になるため修行してるって!羨ましいなぁ……俺は守護魔法とフィジカル活かしたタンク中心だからさぁ〜。」
見た目のキリッとした印象よりも気さくなタイプらしく、キルシェとは真逆のタイプだ。言いながらオラトリオと肩を組んでくる。オラトリオは距離感のつめられ方にびっくりしながらも、とんでもないですと謙虚に返している。その様子を横目に酒を飲みながら静観していたバラッドが、自分には話が向かないようにとそっと視線を少し逸らした。そんなバラッドを見て、逃すまいという勢いで金髪のショートヘアの女性、ノワが続ける。
「あとあと!!バラッドさんはすっごい魔法を使うって聞いてます!!バラッドさんも、すごい新人が入ってきたって団の魔法使いの中で噂になってましたよ!炎魔法でしたっけ??実力的には団一番、それ以上じゃないかって!!守護団の前はどこで修行したんです?」
すごい勢いで矛先が向き、自分の顔二つ分くらい下から純粋に好奇心に満ちたノワの目に見つめられ、とても気まずそうにバラッドは言い淀む。
「いや……それは……生まれつきで……修行とかはそんなにしてない……です……。今守護団の稽古してるくらいで……。」
「へぇっ!?すごくないですか??いいなぁ〜何なら私の師匠になってもらいたいです〜。」
バラッドは、酒をぐいっと飲み干して、
「そんな……大したことはできないです……。」
と目線でワルツに助けを求めている。
「ノワさん、逆にセンスで魔法を使える方は教えるのが難しいんじゃないですか?練習方法を聞くのは同じような実力からスタートした方のほうが経験的には適任だと思いますよ。」
優しくにっこりとワルツに言い含められ、それもそうか……でも……。などとノワは納得しようとしつつも、まだ引き下がれない様子で呟いている。オラトリオとバラッドが焦っているのを見て
「おい!あまりお二人を困らせるなよ……うちのがすみませんね!」
とアスターが釘を刺しつつ、フーガに話しかける。
「フーガさん?……あなたも、守護団の方ですよね?変な聞き方ですみません……。」
守護団としての立ち居振る舞いには貫禄があるため団での活動歴が長そうだが、顔を覚えていないため様子を伺いながらたずねているようだった。
「あぁ、そうだ。そんなに恐縮しなくていい。諜報に属しているから、顔は知られてなくて当たり前だ。むしろ顔を知られていない方が優秀な証だからな。少し自信がついた。」
フーガが至極穏やかかつ少し自慢げに返す。それに安心したアスターが今度は驚きを隠さず話してくる。
「そうだったんですね!でも珍しいですね!諜報の方なのに班に入ることってあるんですね?初めて聞きました。」
「あぁ、今回は特殊な任務だと呼び出されて、彼らに協力するようにと上からの指令があった。六班に正式に入ったのかは指示もなかったからわからないが、僕は今後できれば諜報から抜けて、六班の皆と共に居たいと思っている。」
「そうなんだよ!なっ!本当に今回の討伐はフーガ無くしてありえなかったからな、今後も俺らには必要だって帰ったら団長に皆でかけ合ってみるつもりだ!」
フーガがはにかむような笑顔をみせ、恥ずかかったのか完全に床に視線を落とした。変に殊勝なところがあるフーガにロンド自身も擽ったいような気持ちになり、少し目を逸らした。
その流れで相変わらず騒がしい酒場を見回すと、それなりに皆酒が回っており上機嫌で、オラトリオはハーゼルに肩を組まれたまま、街の人たちと話している。
「勇者の力があるんか!にいちゃんすげーな!」
と言われたオラトリオに、なぜかハーゼルが
「そうでしょ!そうでしょ!」
と自慢げだ。ロンドはお前は昨日知り合ったばかりの別班だろうがと心の中で突っ込む。バラッドはなおも根掘り葉掘り聞こうとするノワに質問攻めに合い、纏わりつかれており、どうにか回避方法を探しているようだった。キルシェがそんなノワを
「やめなって、失礼だよ……」
と止めようとしているが、酒が入って上機嫌なのか、ノワは
「止めないでぇ〜わたしはバラッドさんに聞いてんのぉ〜!!」
と駄々を捏ねている。
そういうと、先程までバラッドを助けていたワルツが見当たらない、どこに行ったのだろうかと探していると、突然フーガから
「うわっ!!」
と驚きの声が上がった。そちらを見ると、地べたに三角座りで座りこんだワルツがフーガの腕をぐいっと引いている。
「あ、始まった……」
と思ったことが意図せず口をついて出ていたが、一旦止めずにその様子を見守ることにした。
「えっ!?ワルツ……?どうし……」
「ふふふ〜ほんとうにふーがはえらいですねぇ〜」
困惑するフーガの言葉を遮って話すワルツは、明らかにいつもの冷静な様子とは状態が違って、態度はふにゃふにゃ、語尾も間延びしている。ワルツはフーガをぐいっと引っ張って自分の方にを引き寄せると、そのまま膝立ちに態勢を変える。
「えらい〜えらい〜だいかつやく〜」
そして、がばっとフーガに抱きつくと背中に手を回し、そのまま子どもをあやす様に、さすったりぽんぽんとしている。オラトリオとバラッドも他で話しながらもその様子に気付きギョッとした顔になっていた。まぁ、意外だろうなぁとロンドは他人事のように見ている。ワルツは平時、基本丁寧な姿勢も崩さなければ、人との距離感も近くない、まさに今とは真逆の行動と言動だ。
「ちょ、ワルツ!?なんか……僕が恥ずかしいからやめ……」
「じゃあ、みんないっしょだったらいいですね〜」
そう言って一度フーガを解放し、
「おらとりお〜ばらっど〜」
っと言いながら半ば強引に二人の手を引いてくる、無碍に振り払うわけにもいかない二人はなすがままになっている。可哀想ではあるが面白いので、相変わらずロンドは放置を決め込んでいる。
「ちょっとロンドさん!止めなくていいんですか?ってかワルツさん酒弱いんですね……。」
アスターは気遣わしげな顔をしていたが、内心は少し面白がっているのが声色に滲み出ていた。
「あぁ、弱点の一つでな……。酒を飲む時は気をつけるとかもう飲まないとか言ってたが、まぁ、やな予感はしてたな……。」
「じゃあ止めてあげてくださいよ。」
アスターは面食らっているが、ハーゼルは
「俺も混ぜてくれないんですか?」
と楽しそうだ。そんなハーゼルにワルツが
「はーぜるはちがう!」
とピシャリと言い切っているが、ハーゼルはそれすらも楽しんでいるようだった。見せものになってるな……と少し気まずくなり、巻き込まれる前にロンドがバーカウンターの方に逃げようとしたところ、がしっと腕を掴まれ引き止められる。
「ろんど、いかないで……」
昔、出会った時のような、捨てられたような悲しい顔をするな、その顔に弱いんだよとロンドは内心、悪態をつくが、しょうがなく大人しく連行されてやることにした。皆を一所に集めたと思えば、ワルツはぐっと皆を抱きしめるために精一杯腕を回し、呟く。
「ほんとうに、みんなよくがんばりました〜ほんとうにえらいです〜わたしはみんなたいせつです〜これからもずっといっしょです〜」
ワルツにぎゅうと抱きしめられ、皆は困惑していたが、ロンドはワルツに自分以外の信じられる者ができたことに安心していた。酒に酔っていても、防衛本能のようなものは働いていてワルツは気を許したものにしかこの状態にならない。ハーゼルが拒否されたのもそのためだ。
……しかし、にしても恥ずかしい。四人は、早く落ちてくれないかなと幸せそうににこにこと普段見せない満面の笑顔のワルツを見つめていた。周囲からは兄ちゃんたち仲良いな!や、いいぞもっとやれ!という酔っぱらいの好奇心に満ちた笑い声が響いている。
そうして、楽しい時間は夜更けまで続いた。ワルツは最早通常の思考回路ではなかったが、酒場に響く笑い声と平和な時間、そばにいる仲間の存在に自分たちの守りきれたものを、ワルツの腕の中で改めて各々噛み締めていた。
翌日、マスターに礼を言い、酒場を後にした。マスターはまた来いよ、いつでも歓迎だ!と言って送り出してくれた。
復路は往路とは違ってよく晴れており、ロンドは寒いとも言わず、にぎやかな仲間達のやり取りを聞きながら上機嫌に歩いている。街の滞在中に、この寒さに慣れたのもあるかもしれない。
代わりにワルツは皆に揶揄われ、ひたすらに、すみません、すみませんと縮こまっていた。ワルツは酔った後の記憶はあるが行動を制御できなくなる状態らしく、自分の行動を振り返りひどくげっそりしていた。
オラトリオは気を使って慰めていたが、バラッド、フーガは「恥かしかったな。」「意外と甘えたいタイプなのか。」などとワルツを揶揄っている。今までのバラッドの態度にしては意外な行動にも思えたが、そのぐらい今回の任務でそれぞれへの信頼が上がった証拠だろう。
来た頃よりも人通りも馬車の行き来も多く、より賑やかになった街の中、積雪も落ち着き、残った雪も踏みしめられて歩きやすくなった道には、沢山の足跡や車輪の跡がついている。その上に、五人も新しく足跡を刻みながら歩いていく。来たときに通った街の入り口の門を通り抜ける。オラトリオが振り返って一言。
「すごく、賑やかな街、ですよね。また来られたら良いなぁ。」
と呟く、仲間達も振り返り、揃って同意し、看板や街の中を見て、名残惜しそうに過ごした日々を思い浮かべる。旅に出たら、ここに戻ってこられるかは分からない。しばらく物悲しい気持ちに浸ったが、やがて、五人はソラリアの街に背を向け、王都の方へ歩き出す。
こうして、ソラリアの街での任務は幕を閉じた。




