(63) 届かない星
「……ヘル。」
ルオは焼け野原に倒れている死霊の少女の名を口からこぼす。
「なぁ~に、悪人に同情してるのよ?」
口から血を吐きながら、荒れた息でヘルは言う。
「どうして、こんなことを?」
「あら? バレちゃった?」
「戦っていくうちに段々と……。」
ルオはしゃがみ、ヘルの傷口を持っていた布でおさえる。
「そんなことして無駄よ。」
「これに理由なんてありませんので。」
「そ。」
ヘルは幾千の命のように輝く星々に、一生届かない手を伸ばした。星々はバルドルのように光り輝く。
「……私は魔獣は悪だと思ってた。」
「その認識で大正解ですけど……。」
「話の流れを遮らないでw」
「すみません。」
「よろしい。」
血で汚れた顔でヘルは笑う。
「両親と穏やかに暮らしていた小国が魔獣に滅ぼされたとき、魔獣を憎いとは思わなかった。」
「え?」
「襲撃した魔獣は三頭の漆黒の犬だったの。名前は知らないけどね。」
「ケルベロス……。」
ルオは絶対に家族とは認めたくない血縁の1人の名を口にする。
「そんな名前なのね、悔しいけどかっこいいわ。」
「さいですか。」
ヘルの伸ばしていた手の指先が消滅していく。
「あの魔獣、ケーちゃんは、」
(けーちゃん……?)
「辛そうだった。」
「……。」
「どうして自分は生まれたのだろう。なんのために生きているんだろうっていう顔をしてた。友好種を殺しているときもだった……。」
「……。」
「もしかしたら、生まれたときから誰かに命令されて、特に疑問もなく命を奪ってきたんだろうな……。でも、ある時その罪の重みを、命を知ってしまって、もう戻れない所まで来てしまっていて、どうしていいのか分からないって、泣いていたのかな……。」
「……それは……」
「ありえないなんて私は絶対に思えない。」
言いかけた言葉が否定された。
「当然、あなたにも言えることよ?」
「俺、も……?」
「あなたの場合は特殊なんだろうけど、魔獣の業を背負ってる……。だけど、毎日必死にもがいて生きている。まるで人間みたいに……。」
「俺は……。」
ルオの目元が熱くなり、ぼやける。
「だったら、だったら! あなただって!」
「私は復讐心を抑えきれなかった。」
「!?」
「あの時、必死に目の前で大事なものを奪ったやつを殺したいほど憎んでいた。でも、彼も、お腹にいた子もそんなことは望まないだろうから必死に抑えていた。……だけど、くそったれ道化師に負けて、最悪最低の復讐鬼になってしまった。」
「あ……。」
「あなたは悪くないって顔をしてるわね。でも、それは違うわ。確かに道化師の被害者ではあるけど、八つ当たりをしていた時は正直心が心地よかった。化け物扱いをしていたエルフどもの国を滅ぼした時、当時の帝国の皇帝を殺してレクテ王国との戦争の発端を生み出して、挙句、教会騎士団を半壊させたりと……。もうやりたい放題だった。あの頃既に復讐なんて一瞬で果たされて、後はもうただ構ってほしいだけだったんだ……。」
「……。」
あまりにも衝撃すぎる歴史の裏の事情に、ルオは開いた口が塞がらなかった。
「過ちに気づいたときはもう遅かった……。あの時の大陸は地獄だった。この大バカ者のせいでね。 以降は必死に贖罪の道に進んだけど、全くの無駄。たった一回の人助けで最悪の罪は消すことは出来ず、むしろ増えるだけ。」
「だから、」
「死にたいって思ったけど、それはもっと重罪。」
またルオの言葉を遮った。
「大罪人として贖罪してきた無駄な道から、数百年、私はもうじき消滅するって分かった。でも、普通に勝手に消滅するのは被害者たちに申し訳ないって思った。」
「ヘル……。」
もう半身が消えている。抑えていた布が地面に落ちる。
「だから……、ありがとう……。この迷宮にあなた達2人が来てくれて……。」
ヘルの眼から大粒の涙があふれる。
「ヘル、さん……。」
メリーもヘルの元に歩み寄る。もう、服はボロボロのボロで捨てるしかないくらいだ。
「メルちゃん……。」
「メリーです。」
「あなたは私と少しだけ似てる……、だから、これから先大きな試練が待ち受けてくる。だけど、絶対に乗り越えてね……。どうか、私のようにはならないでね……。」
「どういう……?」
「キマちゃんも……。」
どうか、………………で……。
その言葉はルオだけにしか聞こえなかった。




