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World Heir Online  作者: 案山子慧
第1章 草木も眠る
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最初の別れ

 サファイアの月8日 【スキャッフ村】


 『終わりと始まりの日』と名付けられた日から十日が経った。

 不幸にも【王都カーリオン】から転移されることとなった俺は、王都から見て南西の位置にある【スキャッフ】という村に飛ばされていた。


 スキャッフはせいぜい数十人ほどのNPCの村人が住んでいる小さな村で、主に狩りによって生計を立てている村であった。

 そのため武器屋やスキルショップには《狩人》系が使用する武器やスキルしか置いてなく、俺が購入したものは《気配探知》と《隠密》そして《投擲》と投擲用のダガーぐらいのものである。ぐらい、などと言っているのはWHOではスキルをいくつでも持つことができ、使えば使うほど自動的にスキルレベルが上がっていくので一人で十や二十ものスキルを持つプレイヤーも珍しくないためである。

 掲示板の噂では、もう既に五十以上のスキルを持ちありとあらゆる武器や魔法を使うことが出来るとのたまう輩がいるらしいが、実際そんなにもスキルを持っていたところで使いこなせるわけもなく「器用貧乏」の言葉がお似合いだろう。


 スキャッフには俺以外に四人のプレイヤーが飛ばされていた。


 幸いにもこの中でPKが起きることもなく、それどころか一時的にパーティを組んで共にレベル上げに勤しむこともできたし、そのうちの一人は鍛冶師であったので【銘無し】のメンテも万全であった。

 彼らもソロでプレイしていたので、パーティを組んだ時には動きが多少ぎこちない時もあったがそれもこの十日間でかなり改善されることとなった。

 フィールドにいるとき以外にも一緒に買い物をし、同じテーブルで食事をとり、同じ宿屋に泊り(村には二つしか宿がなかったからとゆう理由もあったが)、ほんの十日間に過ぎないが苦楽を共にし親友と呼べるまでになった。


 そう考えると〈HALL〉によって転移されたプレイヤー達の中でも、俺は幸運に恵まれた部類に入っていたのであろう。




 ただ、彼らには積極的にゲームをクリアしようとする意志は弱かった。




 パーティを組んでレベル上げを行っていたのもゲームクリアのためと言うよりも、PKから我が身を守るために仕方なく行っているとようであった。

 俺個人としてはその程度の意志では悪意を持って襲ってくるPKから我が身を守れるとは到底思えなかったのだが、彼らはあまり村から離れるつもりはないらしくその程度で十分だと思っているようであった。




 俺が彼らと共にいた十日間は素晴らしい物であった。


 もしルリや小町姉ぇ達と別れてしまった後、出会ったのが彼らでなければどうなっていたか想像もしたくない。




 だがゲーム開始から十日たった今、俺は決断することにした。




 ここから旅立つことを。




 ルリを探すために。




 そして、生きて現実に帰るためゲームをクリアすることを。




            ◇             ◇




「そうか……やっぱここから出ていくか」

「…………ああ」

「ま、お前は最初っからここに留まってるつもりは無いって言ってたからな。いつか来るんじゃないかと覚悟はしてたよ」


 俺の目の前に座っている《狩人》のカイトは苦笑しながら俺の話を聞いていた。

 ただ言葉では覚悟していたと言っていたが、その笑いはどこか引き攣っているようにも見えた。彼にとって俺がここから出て行くと言っていたのは半分冗談のようなものだったに違いない。


「……どうしてここから出て行く必要があるんですか? いえ、理由は知っています、友達を探しに行くんですよね。でもどこにいるのか、生きているのかすら解らない人のために命をかけると言うのですか? この安全な場所から飛び出して」


 次に口火を切ったのは《槍使い》のリーンだった。

 彼女も俺の話が信じられない、いや、むしろ他人のためにあっさり自分の命を投げ出すような行為を行おうとしていることが信じられないようであった。


「そうだ。それが命をかけることだとしても俺の意志は変わらない」

「……その人達は私達より大切なのですか」

「んなこと言ってないだろ。安全なところにいると分かっている友人とたった今危険にさらされているかもしれない友人。後者を助けに行きたいと思ってもおかしくはないし、どっちがより大切か何て比べられないさ」


 リーンはそれでも何か言いたげではあったが、それを言葉にする前に別の声が割り込んできた。


「リーン、もう十分だろ。ヤマトの気持ちも察してやれ」

「だな。そもそも、ヤマトは黙って出て行くって選択肢もあったんだぜ。だけどそいつを選ばなかった……その理由ぐらいわかるだろ」


 そう言って俺に加勢してくれたのは《鍛冶師》コルドと《魔法使い》の影丸だった。


「…………」

「俺達を本当に大切に思っていないのなら黙って出て行っただろうさ……まあ本当にどっちも同じぐらい大切かどうかってことは置いといてな」

「……なあ、実は怒ってる?」

「それなりにはな。お前が俺らを見捨てて旅立とうとしてるとは思わないけど、感情的に納得できないものはあるさ」


 おそらくそれがコルドの、いやここに居る皆の本心なのだろう。


 俺はパーティの中で前衛として一人で火力の大半を占めていた。

 さらにはこの村の周辺にポップするモブは、俺との相性が非常に良い代わりここに残ることになる皆とは非常に相性が悪い。

 その俺が居なくなると言うのだから、これまで以上にモブとの戦闘で苦戦するようになるだろう。


 いや、正直に言えば全滅し死亡する恐れもある。




 それが解っていながら、俺は自分の願いのためこの場所を後にしようとしている。


 甘えるな! と言って切り捨てられたらどれ程楽だろうか。


 だが俺にはその言葉をここにいるみんなに言うことなんてできない……違う、そんな言葉を言う資格はない。


 テーブルには只々沈黙だけが流れた。




「なーんてな。冗談、冗談だよ。そんな深刻そうな表情をするなよ」




 この嫌な沈黙を破るようにコルドが茶化した口調で口を開くと同時に、カイトや影丸もそれに追随するかのように口を開いた。


「そうそう。ヤマトがすぐにでも旅立ちたいと思ってたのはバレバレだったしな。むしろレベル上げのためだとか言ってここまで残ってくれたのに感謝したいところだぜ」

「それにここは良いとこだけど誰もやって来ないしなー。お前がこの村の事を外でバンバン宣伝してくれたらもうちょっと賑やかな場所になるだろうし……まあスローターはお断りだがな」


 そりゃいいアイディアだな、だろだろ、できたら女の子が来てほしいよな、とカイト達は俺が去った後の村の桃色の未来を想像しながら馬鹿話を始めた。


 おそらく彼等達もそんな未来が来るとは思っていないだろうが、それでも下手な芝居を続ける。




 ……俺が未練なくここから旅立てるように。


 俺はカイト達から目を逸らして唯一口を噤んでいるリーンを見つめた。

 リーンは強張った表情で俺の目を真っ直ぐ見返していた。

 俺達が見つめ合っているとカイト達の口数も少なくなっていき、遂には誰一人口を開くことなく俺達のやり取りを静観していた。


 そしてリーンはぎこちなく表情を崩した。その表情は笑顔からは程遠い物であるが、笑顔としか表現のしようがない、そんな表情を作った。


「……この村に来てまだ十日しかたっていないのですよね」


「……だけど私にはもっと長い時間居たように思います」


「……私は貴方の事は殆ど何も知らないでしょう」


「……ただ、その中で一つだけ解ったことがあります」


「……貴方ならどんな試練や苦難が待ち受けていようとそれを乗り越えるでしょう」


「……だからさよならとは言いません」




「また、会いましょう」



 ……その言葉に対する俺の返事はただ一言だった。




「ああ、また会おう」




               ◇           ◇




 それからはバカ騒ぎの連続だった。


 俺達は一晩中食って、飲んで、騒いで、語り合った。


 カイトは酔っ払うと泣き上戸になって俺に絡んできたり、影丸が余興で魔法を連発して危うくコルドが氷漬けになりそうになり、リーンは先ほどまでのしおらしい雰囲気はどこへやら、親の仇のようにテーブルに乗っている料理を片っ端から片付ける。


 俺も絡んできたカイトを酔い潰したり、コルドと共に逆襲として影丸をこんがり焼いて、リーンに負けじと皿をうず高く積んでいった。


 そして、一人また一人とゼンマイが切れた人形のように動かなくなっていき、起きているのは俺と影丸だけとなった。


「悪ぃな、主賓はお前だってのにホストの方が早々に潰れちまって。俺が最後まで付き合うから勘弁してくれ」

「……野郎と飲んで何が楽しいんだよ」

「けっ、その割にゃあグラスを空けるのが早くねぇか」


 そう文句を言いつつも影丸は俺のグラスにお代わりを注いでくれた。

 俺はグラスの淵ギリギリまで注がれた液体を一気に飲み干した。


「……うめぇな。つまみの味が濃いかと思ったけど、こいつと一緒に飲めばそうでもなかったな」

「40度近くあるやつを一気飲みするようなやつに味なんてわかるかよ。つーかそもそも違いが判るのか?」

「馬鹿親父に仕込まれたからな、ドイツのビールからポーランドスピリタスまで網羅してんぜ」

「そりゃすげえ。どんだけ馬鹿なんだヤマトの親父は」の

「影丸の想像以上だとおもうぜ」

「お前を見てりゃそのぐらいわかるさ…………なあ、本当に行くのか」

「行く。その決心は変わらない」


 影丸の探るような質問に対し、間髪入れず答える。


 撃てば響くように帰ってきたその答えを聞いて影丸と俺の視線が交差した。

 そこから数秒、互いに睨みあう。


 その緊張も長くは続かず、俺と影丸どちらかともなく笑い出し一発触発の空気は完全に霧散した。


「そうか。それなら餞別でもくれてやりゃなきゃな」


 そう言って影丸は目の前のテーブルに二本の小瓶をオブジェクト化した。


 それは一本が栄養ドリンクほどの大きさで、透明なガラスの中にオレンジ色の液体が入っている小瓶だった。

 色を見る限りあまり美味しそうなものではなく、毒薬と言われても納得しそうな如何にもヤバそうな液体であった。


「なるほど、町にいて気に入らない奴がいた時はこいつをこっそり飲み物にでも仕込んどきゃあ良いんだな。効果抜群、一撃必殺ってとこか」

「アホ、こんな色してるが一応ポーションだよ。状態異常に罹り難くなり、もし罹ったとしても自然治癒力を高めてくれるから状態異常から回復しやすくなる。しかも一度飲んだら効果は十二時間継続する」

「マジかよ。本当に貰ってもいいのか。『D』ランク以上のアイテムだろ」

「正しくは『C』だがな。いいさ、俺が持っていても使いこなせないだろうし。たまたまドロップしたアイテムだからそこまで惜しくもないからさ、受け取ってくれ」

「……この借りは何時か三倍返しでさせてもらうぜ」

「……別にいいし、期待もしてねぇがな」




 そう言って笑いながら俺と影丸はグラスを呷り、スキャッフ村最後の夜は更けていった。


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